金子の家の前に着くと、斜め前にいる御澄宮司が振り向いた。
「私は気になる場所があるので、確認をしに行ってこようと思うのですが、一ノ瀬さんはどうしますか?」
「あ……じゃあ僕は、この辺りを見てまわろうと思います」
今はあまり御澄宮司の近くにいたくない。
——御澄宮司がどこかへ行くのなら、紅凛ちゃんに話を訊きに行こう。
「そうですか。では、また後で」
御澄宮司は微笑んでから、神社とは反対の方向へ歩いて行く。その様子を、携帯電話の画面を見るふりをしながら見送った。
隣の家は随分と離れた場所にある。その前を御澄宮司が通り過ぎた辺りで僕は、ふぅっ、と息を吐いた。
「向こうへ行ってくれて良かった。紅凛ちゃんは……神社に行ったら会えそうな気がするな。本当は行きたくないけど、仕方ないか」
僕は神社へ向かった。
初めて行った時も、二度目も、神社の境内でおかしなものを視ている。赤いフィルターがかかった古い映像のようなものと、巫女姿の幼い女の子だ。
別の空間に閉じ込められたような嫌な感覚は、思い出すと背筋が寒くなる。
——何かに集中しないようにすれば、大丈夫だよな……?
神社の境内に入ると、湿気を含んだ冷たい空気が纏わりついてきた。地面は雨のせいで泥濘んでいる。スニーカーに雨水が染み込んできそうな気がして、つま先だけで、そっと歩いた。
「紅凛ちゃーん」
境内の真ん中で立ち止まって名前を呼ぶ。
なぜ神社で紅凛に会えると思ったのか、自分でもよく分からない。たしかに一度目は神社で会った。でも二度目は金子の家だ。それでも神社に来たら、紅凛に会えるような気がした。
「紅凛ちゃん、いないの?」
しん、とした神社の建物へ向かって話しかける。
「……そんなに都合良くはいかないか。でも、もう少し待ってみよう」
どうせ他にすることはないのだ。僕は建物へ向かって歩き、賽銭箱の前にある階段に腰を下ろした。
前方に椿の木が一瞬目に入ったが、すぐに目を逸らす。境内でおかしなものを視たのは、二回とも椿が関係していたような気がした。今は、気になるものは視界に入れない方がいい。
「今頃、会社のみんなは何をしてるんだろう。普通に仕事をしていた方がマシだったよな。なんで来ちゃったかなぁ。はぁ……もう帰りたい……」
空を見上げて呟いた後、すぐに、一人で何を言っているのだろう、と思った。精神的に少し疲れてきたのかも知れない。
ぱしゃん、と水たまりを踏んだような音がした。
「蒼汰くん!」
明るい声が聞こえてそちらを向くと、右側の建物の端から、紅凛が覗いている。
「あ。本当に会えた……」
「蒼汰くん、何してるの?」
紅凛は楽しそうに、ニコニコとしながら歩いて来る。
「神社に来れば紅凛ちゃんに会えるかな、と思って来たら、本当に会えたんだよ。いつもここで遊んでるの?」
「えっ? あぁ、うん。そうだよ」
なんだか紅凛が焦っているように見える。
——あ、そうか。バレたらマズイんだよな。
「大丈夫だよ。紅凛ちゃんがここで遊んでいることは、誰にも言わないから」
「うん……ありがとう」
少し首を傾けて微笑んだ紅凛は、僕の横へ来て階段に座った。
「今日は、紅凛ちゃんに訊きたいことがあって来たんだ。あのさ……紅凛ちゃんは御澄宮司のこと、あまり好きじゃないよね? それはどうしてなのかな、と思って……。霊力が冷たい感じがする、みたいなことは言っていたけど、それだけ?」
「……何か、あったの? あの人と」
紅凛は視線を一度逸せてから、また僕の目を見た。
「何か、ってほどでもないんだけど……」
どう言おうかと考えていると、紅凛が人差し指で僕の手を、つん、と触った。
膝の上で組んだ自分の手を見ると、力が入っているのか、爪が手に食い込んでいる。
「あ……」
「あの人に、何かされたの?」
「ううん、そうじゃないんだけど……。僕は、紅凛ちゃんが御澄宮司のことを怖いって言う理由が、実はよく分かってなかったんだ。でも今日の朝、それが初めて分かった気がしたんだよ……。最初から、なんでこの仕事に誘われたのかなって、不思議に思っていたんだけど、この村に来てから、ずっと御澄宮司に見られているような気がして……なんか、怖くなったんだよね」
何度も瞳の奥を覗くように、じっと見られていた。あの行動には、どういった意味があるのだろうか。
「気がするだけなの? あの人、
そう言われて、ぞわりと全身の肌が粟立った。
「え? 紅凛ちゃんは知っていたの?」
「うん。私は蒼汰くんとお話がしたくて、隠れて見ていたから。蒼汰くんがよそを向いている時も、あの人は蒼汰くんのことを見ていたの。だから、蒼汰くんが何かされるんじゃないかなと思って、心配だったんだ」
「そう……なん、だ……」
——僕が気付いてない時も、見られていた? なんで……。
「私のことは、何か言ってた?」
「いや、紅凛ちゃんと出会ったことは、御澄宮司にも言ってないから……」
「そうなんだ。でもあの人は、私と蒼汰くんが一緒にいたことに気付いてるみたいだよ。昨日もここへ来て、私のことを捜してたもん」
「えっ。なんで、紅凛ちゃんのことを……。それって本当に、紅凛ちゃんのことを捜してたのかな。神社でも亡くなっている人がいるから、何かを確認しに来たとか……」
「ううん。私が神社の前の方に来たらあの人も来るし、裏に逃げたらまたついて来たりしてたの。私の力を追いかけて来てたんだと思うよ」
「力って、霊力のこと?」
「うん、そう」
「それって、御澄宮司は霊力を辿ることができるってこと?」
「私も分かるけど——蒼汰くんは、分からないの?」
「いやいや、普通は分からないよ、そんなこと。すごい近くに来れば、なんとなく感じるけど……。あぁ、そうか。御澄宮司や紅凛ちゃんは僕より霊力が強いから、僕よりも感じる範囲が広いのか」
「たぶんね。私はここに座っていたら、蒼汰くんたちが乗ってきた車の近くに力を持った人が来れば、分かるよ」
「そうなの⁉︎ 結構離れてるのに、すごいね。じゃあ今も、僕がここにいることが分かっていて、来てくれたのか」
「うん。声も聞こえたけどね。だから、あの怖い人も、私と蒼汰くんが一緒にいるのが分かるから、来るんだよ。私たちは二回会ってるけど、二回とも来たでしょう? なんで私を捜すのかは、よく分からないけどね」
「でも、僕と紅凛ちゃんが会っているのを知っているなら、なんで僕に何も言ってこないんだろう。それなのに紅凛ちゃんを捜すとか……うーん、考えても分かりそうにないな……」
——僕には知られずに、紅凛ちゃんと話がしたいとか? でもそれだと余計に、何の為なのか分からないよ。