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第16話

 朝食を終えた頃に、焦った様子の白榮が、金子の家へやって来た。


「金子さん、すぐに来てくれ! 本当に、山が崩れたんだ!」


 白榮は先に一人で、僕が崩れると言った山の様子を、見に行っていたようだ。


「家はどうでしたか?」


 御澄宮司が訊くと、白榮は勢いよく首を横へ振った。


「山が半分ほど崩れて、家は全部、土砂に埋もれていましたよ。屋根も見えません。昨日のうちに避難していなかったら、助からなかったでしょうね」


「……そうですか」


 小さく息を吐いた御澄宮司は、天井を見上げた。唇を硬く結んで、何かを考えているようだ。


「一ノ瀬さん!」白榮の大きな声がして、身体が、びくりと跳ねた。


 玄関の土間部分に目を向けると、白榮は、災害が起こったとは思えないような明るい顔つきで、目を輝かせている。


 ——え、何……?


「一ノ瀬さんが視たことが、当たったってことですよね? すごいですよ、本当にそんな力を持っている人がいるんだ!」


 靴を履いたままで土間から、僕がいる廊下へ上がって来そうな勢いだ。僕は思わず後退りをした。


「白榮さん、今はそんなことを言っている場合じゃないだろう。みんなが困っているんだから、早く行かないと」


 金子は呆れたような顔をしながら、玄関の扉を開ける。


 ——ありがとう、金子さん……!


 本当に、そんなことよりも、被害の状況を確認する方が先だと思う。山が半分崩れて土砂に埋まってしまったのなら、被害に遭った家に住んでいた人たちは、別の場所に移り住むしかないだろう。


 そんなに大変なことが起こっているのに、白榮はやたらと僕の力にこだわる。


 ——なんで白榮は、僕の力に興味を持ったんだろう。霊媒師の御澄宮司には、あまり興味がなさそうなのに。


 心霊的なことに興味があるのなら、多少霊感がある一般人よりも、霊媒師の方が気になるはずだ。


「相変わらずですねぇ、白榮さんは。何を考えているのやら」


 御澄宮司も金子と同様に呆れ顔だ。


 ——僕は、あなたが考えていることも分かりませんけどね……。


 そう思いながら見ていると、御澄宮司がこちらを向いた。


「私たちも行きましょうか。被害の状況を見ておいた方がいいと思うので。そうしたら、相手の力がどの程度か、見当がつくと思うんです」


「はい」


 金子と白榮の後を追うように、僕たちも、土砂崩れが起こった山へ向かった。




 大きな川の土手を歩く。昨日は四メートルほど下にあった水面が、今はすぐ近くにある。


 ——たった一晩で、こんなに水嵩が増すなんて……。すごい豪雨だったもんな。


 川の様子を見ながら歩いていると、先の方に人だかりができているのが見えた。


 その向こうには山がある。けれど、昨日見た時よりも低い。それに、表面の緑は無くなって、茶色い土と岩だけになってしまっている。


「あぁ……結構、派手に崩れたんですね」


 ため息まじりに御澄宮司は言う。


「そうですね。思っていたよりも酷いです……」


「死人が出なかったのは良いことですが……。村に災いを起こしているものは、随分と力が強いようですね」


「人間を殺すよりも、山を崩したりする方が、力がいるってことですか?」


「人間なんて、心臓を止めたり、呼吸ができないようにすれば、すぐに死んでしまいます。でも、山は範囲が広いですからね。それだけ大きな力が必要になる。自然に対して影響を及ぼすなんて……やはり普通の、人や動物の死霊ではそこまでの力はないので、難しいと思います。何か、別の存在でしょう。一ノ瀬さんは、女性の声を聞いただけで、姿は視ていないんですよね?」


「はい、そうです」


「まぁ、姿を人間に似せていることはありますけど……もし、声の主を視ることがあったら、人間とは思わずに、しっかりと細部まで確認しておいてもらえませんか?」


「え? 人間とは、思わずに……?」


「人間に姿を似せていた場合は、人間だと思い込んでしまうと、もう人間にしか視えなくなってしまいます。ですから初めから、異形のものだと思って、視てください。そうすれば、少しは何かの情報が掴めるかも知れません」


「分かり……ました……」


 ——異形のものって何だろう。なんか少し怖いな。そんなものに会う可能性が、あるってことだよな……。


「大丈夫ですよ。私もいますし、呪具の数珠もつけているんですから、取って食われることはありませんよ」


 御澄宮司は、にこりと微笑むが、全く信用できない。


「本当に、大丈夫なんですよね……?」


「大丈夫ですよ。——そうだ。不安にならないように、これからは週末だけでも私の神社へ来て、力の使い方を学びませんか? 人ならざるものに怯えることはなくなりますし、一ノ瀬さんの力は珍しいので、大歓迎ですよ」


「い、いいえ。結構です……」


 話をしているうちに、人だかりができている場所に着いた。


「家がなくなってしまった」

「これじゃあ荷物を引っ張り出すこともできないな」

「命が助かったんだから、良いと思わないと」

「どこに住めば良いんだろう」


 金子と白榮の他に、十数人が集まっている。彼らは、土砂に埋もれてしまった家に住んでいた人たちのようだ。


 五軒あったはずの家は、今は一軒も見当たらない。屋根の一部すら見えない状態だ。


 山は大きく崩れたといっても、今も、マンションの十階よりも高いように見える。またいつ崩れるか分からないような状態なので、土砂を退かせて家の中のものを取りに行くことはできない。


 ——命は助かっても、この人たちはこれから、どうやって生活していくんだろう。


 避難をする時に、通帳や大切なものの一部は持って逃げただろう。しかし住む場所も、大切な思い出も、土砂に埋まってしまった。もう取り戻すことはできないだろう。


 助けることができたという思いはなく、沈んだ気持ちのままで、その場を後にした——。


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