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第14話

「どうか、しましたか?」


 僕が訊くと御澄宮司は、にこりと微笑んだ。


「いいえ、何も。本当に眠れましたか?」


「本当ですよ。ちゃんと休めましたから、もう大丈夫です」


「それならいいんですけど」


 この村に来てから、御澄宮司は、何度も僕のことをじっと見つめる。どうしてなのだろうか。


 そういえば、僕は気付いていなかったのに、紅凛は僕に赤い靄が纏わりついているのが視えていた。もしかすると、御澄宮司も何かが視えているのかも知れない。


 ——変なものが憑いていたら、嫌だなぁ……。


 他人に何かが憑いている時は気付けるのに、自分に憑いているものの気配は、よく分からないことがあるのだ。


 左腕につけている呪具の数珠を、ぎゅっと握りしめてから、貸してもらっている部屋へ戻った。




 夕飯を食べ終わった頃に、雨が降り始めた——。


 雨が少しずつ強くなって行き、木製の雨戸に雨が打ちつける音がする。風が吹いて雨戸が動くと、ほんの少しの隙間から雨が入ってきて、縁側の床を濡らす。


「結構、酷くなってきましたね。いつまで降るんだろう……」


 強い雨のせいで、滝壺のすぐそばにいるかのように、ごうごうと音がしている。声を大きくしないと、会話ができない状態だ。


「やはり避難をしてもらって正解でしたね。一ノ瀬さんのおかげです。教えてもらえなかったら、一気に十二人も被害者が増えるところでしたよ」


 畳の上に寝転がった御澄宮司は、目を瞑ったままで言う。


 山奥の村は電波が悪く、携帯電話はほぼ使えない状態だ。こんなに雨が降っていては、外へ出ることもできないので、することがない。それだけで充分憂鬱なのだけれど——僕の気分が冴えない理由は他にもある。


「御澄宮司……」


「なんですか?」


「どうして御澄宮司は、僕が言ったことを、すぐに信じてくれたんですか? 自分でも、すごく突拍子もないことを言ったと思っているんです。たしかに雨は降りだしましたけど、今から山が崩れるなんて……。白榮さんが言っていたみたいに、予知みたいですよね。僕だったら、誰かにそんなことを言われても、信じないから……」


「まぁ、私は仕事柄、色んな方に会いますからね。本当に未来へ行ったことがあるのではないか、と思うような占い師もいるんですよ」


「当たるんですか?」


「えぇ。気持ち悪いくらいに。でも予知ではなく、占いだと本人は言っていましたね」


「へぇ。すごいな……」


 僕が呟くと御澄宮司は、くすりと笑った。


「一ノ瀬さんて、自己評価が低いですよね。霊力は飛び抜けて高いわけではないですけど、一ノ瀬さんの『視る力』はとても珍しいものなんですよ? 一ノ瀬さんは、生きている人間と死霊の見分けがつかないことが多いですよね?」


 自分でもどうかしていると思うが、本当のことだ。


「はい……」


「初めて知った時は驚きましたが、おそらく私よりも一ノ瀬さんの方が、死霊の姿がはっきりと視えているんですよ。だから、見分けがつかないんです。それに、前にも言ったことがあるかも知れませんが、普通は、この世のものではないものの霊気が身体に入り込んでいると、意識を乗っ取られてしまうんです。でも、一ノ瀬さんは自分の意識を保ちながら、相手の情報を読み取ることができる。私は一ノ瀬さんの力を信頼しているので、疑ったりなんかしませんよ」


 ——信頼してくれているんだ。


「ありがとう……ござい、ます」


「やはり、不安ですか? 今までにないことが起こると」


「そう……ですね。だって御澄宮司に出会う前は、たまに、この世のものではないものが視えたり、気配を感じたりする、くらいだったんですよ。それに、霊媒体質って言葉は聞いたことがありますけど、憑依体質っていうものがあるのは初めて知りましたし。しかも自分がその憑依体質だなんて……。実際に、亡くなった人が体験したことを視たりして、今は理解していますけど……少し、怖いです。身体の中に入られて、自分ではなくなって……あの赤い靄に、取り込まれてしまいそうで」


「随分と相性が良いようですからねぇ、あの霊気と一ノ瀬さんは。でも、今の状況でこの村を離れるのは危険です。ついて来られる可能性もありますからね。なるべく早く片付けますので、もう少しだけ、我慢してください」


「……はい」


 ——怖がっていても仕方がないんだ。自分にできることをしないと。


 それに、紅凛にも、子供たちの話を聞いてくれと頼まれたのだ。このまま逃げ帰るのは、大人としてどうなのか。


「さて。もう遅いので、そろそろ寝ましょうか」


 そう言いながら御澄宮司は起き上がる。


「そうですね。雨の音がすごいので、眠れるかどうかは分かりませんけど」


「私もそう思っていたところです。ガラス戸がないと、こんなにうるさいんですね」


「御澄宮司の神社も、僕が行ったことがある場所は、ガラス戸はなかったですよね」


「あぁ、表側にはないですね。でも、奥の住居部分にはガラス戸があるんですよ。鍵が掛けられないと、防犯上、良くないですから」


「へぇ、そうなんですね。まぁ、雨戸を開けて、簡単に入って来られるって、ちょっと怖いですもんね」


「そういうことです。あ、今日も襖は開けたままで寝ますか?」


 御澄宮司は微かに微笑んだような感じの、意地悪な笑みを浮かべて言う。


「子供じゃないんですから、大丈夫です!」


 僕が声を大きくして言うと、御澄宮司は、ふふっと笑いながら襖を閉めた。


 ただ襖を閉めただけなのに、急に静かになり、なんとなく部屋の中を見まわした。特におかしな気配は感じない。


 襖の向こう側には御澄宮司がいる。物音も聞こえるので一人きりになった気はしないけれど——大丈夫、と言ったことを少しだけ後悔しながら、布団に潜り込んだ。


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