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第12話

 呟いて立ち止まると、御澄宮司も止まって僕を見た。


「もしかして、家の奥にある山ですか?」


「はい、そうです。川から山までの距離とか、形もそっくりです。あと、山の高さがあれくらいだったような……」


「やはりそうですか。他の場所よりも色が少し濃いですもんね」


 そう言われて山をじっと見つめてみると、たしかに山の表面が赤い靄に覆われている。僕は集中しないと視えないが、御澄宮司は何もしなくても普通に視えていたようだ。


 ——そういえば、悪意があるものはよく視えるって言っていたな。


 御澄宮司は金子の方へ顔を向けた。


「となると……。金子さん、あちらに五軒ほど家がありますけど、住んでいらっしゃる方は?」


「あぁ。あそこは全部、人がいますよ。三人と、一人と……全員で十二人ですね」


「なるほど、それは急いだ方がいいですね。この土地に災いを起こしているものは、大雨であの山を崩して、家を五軒とも潰してやろうと思っているようです。雨が降り出す前に、どこかへ避難してもらいたいのですが」


「えぇ⁉︎ そりゃあ大変だ! ちょっと、行ってきますね。白榮さん、一緒に来てくれ」


 金子と白榮は話をしながら、家の方へ歩いて行った。


「いやぁ、雨が降り出す前に見つかって良かったですね」


 御澄宮司は、ふぅっ、と息を吐いた。


「本当に、あの時視た場所があるなんて……。でも、その場所にある記憶みたいなものを視たことはありますけど、この世のものではないものが考えていることが視えたことはないんです。……なんか、ちょっと……」


 落ち着かない気分になり、自分の左腕を、ぎゅっと掴んだ。


 この村に来てから、経験したことがないようなことが、色々と起こっている。血のように赤く染まった水も、禍々しい赤い靄も、視たのは初めてだ。それに神社で、別の空間に取り込まれたような感覚も味わった。


 挙げ句の果てには、この世のものではないものが考えていることが視えるなんて、もう普通じゃない。霊媒師の人たちなら、こういう体験は当たり前なのかも知れないけれど、僕は不安で、気味が悪くて仕方がないのだ。本当は、今すぐにでも逃げ出したい。


「まぁ、今回は特殊な状況ですから。相手の力がかなり強いのと、一ノ瀬さんは不本意でしょうけど、相性が良いんだと思います。波長が合うんでしょうね」


「うれしくないなぁ……」


 項垂れると、御澄宮司が、ふふっと笑った。


「よく考えると、一ノ瀬さんみたいな憑依体質の人は、苦労しますよね。霊気を取り込みやすくて、出て行ってくれないから、影響を受けやすい。視たくないもの程、よく視える。それに今回は、特に相性が良いですから、いつもより相手の記憶を視る力が強くなっている。こういうのを相思相愛と言うんでしょうね」


 楽しそうに笑う御澄宮司を見ていると、ため息が出た。


 ——こっちは全然笑えないよ。あなたが僕をここへ連れてきたせいで、こんなことになっているんですけどね!


 こんな未知の体験はしたくなかった。


「うーん」


 御澄宮司は、金子と白榮が向かった先を見つめた後、僕を見た。


「時間がかかりそうですから、私たちはとりあえず、戻りましょうか」


「そうですね。今はもう、できることはないですし……」


 まだ対応に追われている二人を置いて、僕と御澄宮司は、金子の家へ戻った。




 金子の家へ戻って一息つくと御澄宮司は、どうしても確認しておきたい場所がある、と言ってまた出かけて行った。


 家の中には、僕しかいない。


「なんか一人でいると、眠なってくるなぁ……」


 昨夜は恐ろしい体験をしたせいで、あまり眠れなかったのだ。


 金子はまだ戻って来ていないし、慶次は仕事で不在。金子の家なのに、僕が一人でくつろいでいる状態だ。


「何もすることがないし、少しだけ寝ようかな……。でもみんなは忙しくしてるのに、僕だけ寝るって、どうなんだろう」


 畳の上にごろりと寝転がると、さらに眠気が増した。


「ちょっとだけなら、いいか」


 仰向けになり目を閉じて、ふうっと息を吐く。その時。


 突然、ぽすっと音がした。


「ん、何?」


 畳の上に目をやると、何やら黒い塊が落ちている。寝転がる前は、何もなかったはずだ。


 手に取ると黒い塊は、松ぼっくりだった。


「なんで松ぼっくり?」


 寝転がったままで見ていると、外から「くふふっ」と、可愛らしい笑い声が聞こえた。聞き覚えのある声だと思い、顔をそちらへ向ける。


「紅凛ちゃん」


 庭に、いつの間にか紅凛が立っている。


「びっくりしたぁ?」


「うん、びっくりしたよ。家の中なのに、松ぼっくりが落ちてきたから」


「ふふふっ」


 紅凛は両手で口元を隠して笑っている。


 ——今日も白い着物だ。またサボってるのかな?


「僕がここにいるって、知っていたの?」


「うん、向こうから見てたの」


 紅凛は神社がある方向を指差した。


「それでね、怖い人がどこかへ行ったから、遊びに来たんだ」


「そっか。遊びに来てくれて、嬉しいよ。誰もいないから暇だったんだ」


 紅凛が縁側に足を投げだして座ったので、僕もお菓子が入った器を持って、紅凛の隣へ移動した。


「あの人は怖い人じゃなくて、御澄宮司っていうんだよ?」


「ふうん。難しいから、いいや」


 紅凛は、全く興味がなさそうだ。


「そおかぁ……。まぁ、本人はいないから、いいかな?」


「お菓子、食べてもいい?」と言いながら、紅凛は器から煎餅を取り出す。訊いた意味はあるのだろうか。


「そういえば、紅凛ちゃんに訊きたいことがあったんだけど、他の人には視えないもので、変なものを視たことはない? 紅凛ちゃんは、井戸の赤い靄も視えてるんだよね?」


「赤いのは視えてるよ。でも、蒼汰くんが来る少し前から、真っ赤っかになっちゃった」


「ん? 僕が来る少し前からって……。あの赤い靄は、ずっと前からあるの?」


「そうだけど、なんで?」


「なんで、って……。それって、大人の人に言ったことはある?」


 紅凛は、煎餅が入った口をもごもごさせながら、首を横に振った。


「なんで言うの?」


 ぽかんとした顔をして、紅凛は僕を見ている。


 ——もしかして……。あの赤い水や靄があるのが、当たり前のことだと思っているのかな?


 色が濃くなったことは分かっていても、赤いのが異常なことだということは理解していないようだ。物心ついた時から視ているものは『普通』になってしまうのだろう。


 ——人が死にだしたのは最近だ、って聞いていたけど……。何年も前から、水は穢れていたんだ。それなのに、なんで今頃になって、人を殺し始めたんだろう……?


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