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第11話

 女性の声と共に視えた山を探すために、村の中にある川へ向かう。


 この辺りには、田んぼへ水を引くための用水路や、小川はたくさんあるが、僕が視たような大きな川は、一本しかないそうだ。


 ——はぁ。なんか、憂鬱だな……。


 御澄宮司から川の水が、悪い霊気で穢れていることは聞いていたので、そのことについては、もう体調が悪くなる覚悟はしている。憂鬱なのは、別のことだ。


 昨日、白榮に詰め寄られていた時に倒れたので、何となく顔を合わせたくなかったのだけれど——結局、白榮も一緒に行くことになってしまった。


 僕と御澄宮司が起きた時には、もう白榮が金子の家へ来ていたのだ。そうなると断りづらい。なるべく目を合わせないようにするしかなさそうだ。




 金子の家から十五分ほど歩くと、川にたどり着いた。


「うわぁ……本当に赤いですね」


 井戸水のような、血を連想させる赤とは違い、ロゼワインのような淡い色だ。僕がこれくらいの色合いで視えているのなら、村の人たちには、赤は視えていないだろう。彼らは、異常のない川の水だと思っているはずだ。


 やはり御澄宮司が言っていた通り、夏場のゴミ捨て場のような酷いにおいが漂ってくる。土手の高い場所から見下ろしていても、息苦しくなるような、嫌な気配を感じた。


「この辺りはどうです?」


 御澄宮司に言われて辺りを見まわすと、川の幅は、大人の男性が大きく十歩ほど進んだくらいの距離だ。川のすぐそばには草地があり、かなり離れた場所に低い山がある。


「ここは……違いますね」


 山はもう少し高かったはずだ。それに、川のすぐ近くにあったような気がする。


「そうですか。すぐに見つかるとは思っていないのですが、上流か下流か、どちらへ行くか迷いますね」


「すみません……。もう少し広い範囲で視えたらよかったんですけど、周りの景色が全然分からなくて……」


 そんなに広い村ではなくても、全く見当がつかない場所を探すのは、時間がかかりそうだ。


「いえ、助かっていますよ。本当に何の手掛かりもなくて、困っていたんですから」


 御澄宮司は微笑む。


 ——優しくされると、申し訳ない感じになって来るんだよな……。でも今は、後ろが気になる。


 横に立つ御澄宮司の後ろから、白榮がじっとこちらを見つめているのだ。


 ——なんか、睨まれているような気がするな……。


 そんなに見られても、何も出てこない。


「そうですねぇ……。私が村に何かをするとしたら、上流ですかね。下流では、村に何の影響もないでしょうから」


 そう言って御澄宮司が歩き出した。


 ——何かをするならって、何を?


 僕はそんな恐ろしいことは、考えもしなかったけれど。


 でも御澄宮司の言っていることは、合っているような気もする。この村にいる『何か』は、村の人たちを殺したいのだから。十六人もの人を殺しても終わらない災いの原因は、一体何なのだろうか。


 上流に向かって歩いていると、高い山の上が、黒い雲に覆われているのが見えた。


「御澄宮司……。なんか、天気が悪くなりそうですね。これって、早く見つけないとマズイですよね……」


「えぇ。別に、ただ川が濁流と化して山が崩れるだけならいいのですが、そこに家があった場合は、大変なことになります。何軒もあれば、一気にたくさんの命が奪われることになりますから。せっかく一ノ瀬さんが前もって気付いてくれたのだから、何とか助けたいんですよ。そうでなければ、負けたような気分になりますし……」


「ん? 負けたような……?」


「いえ、何でもありません。気にしないでください」


 前から何となく分かっていたことだけれど、御澄宮司は負けず嫌いなのだろう。


 ——御澄宮司と一緒にいると、神職のイメージが崩れていくんだよな……。


 実家の近くにある神社の神主さんはとても穏やかで、優しげなお爺さんだった。御澄宮司も優しげに見えるが、実は学生の時はやんちゃをしてた、とか、そういうタイプの人のような気がする。きっと、怒ると怖い人だ。


 ——まぁ、宮司じゃなくて、霊媒師が本職だと思っておこう。そうしたら、神職のイメージも崩れないし……。


「あのぉ。川の様子を見に来たんじゃなくて、また一ノ瀬さんが、何かを視たってことですか?」


 後ろから白榮の声がした。


 ——うわっ。やっぱり訊いてきた。


「ええと……。別に大したことじゃないんですけど、雨が降って、山が崩れるような感じのものを視まして。危ないので、その場所を探しているだけですよ」


 あまり言うと、また色々と訊かれそうな気がする。昨夜視たこと全てを教える必要はないので、最低限のことだけを言っておけばいいだろう。


「一ノ瀬さんは、予知もできるってことですか?」


「いえいえ。そうじゃなくて、人ならざるものの記憶とか、考えていることが視えることがあるっていうだけなんです。別に予知とかじゃないんですよ」


 僕は慌てて否定したが、白榮はまだ何かを期待しているような目で、僕を見ている。


「はははっ。もし一ノ瀬さんに予知の力があれば、私はもう霊媒師なんか辞めて、一ノ瀬さんと組んで商売をしますよ。お金持ちに予知の力を売ったら、儲かりそうですよね」


 御澄宮司が言うと、金子も笑った。


「そりゃあそうだ。宝くじを買うのも良いですね。競馬やボートはどうですか?」


「あぁ、それもいいですねぇ」


 御澄宮司と金子は、ありもしない予知の力の話で盛り上がっている。


 ——あ。もしかして、白榮がこれ以上は訊いてこないようにしてくれたのかな。


 白榮は苦笑いを浮かべながら、盛り上がっている二人の話に相槌を打っている。


 ——助かった……。御澄宮司に感謝しないといけないな。


 僕は歩く速度を少し上げて、白榮から離れた。




 川の上流も、ロゼワインのような淡い赤だ。つまり、災いを起こしているものの力はここまで届いている。


 ——やっぱり相手は、相当力が強い奴なんだろうな。


 強い恨みを持った地縛霊でさえ、部屋を出てしまえば、そんなに嫌な気配は感じないのに。


 川と山以外は、田畑しかない景色を眺めながら歩いていると、川の向こう側に古民家が見えてきた。ここから少し離れた場所に、五軒ある。


 そして古民家の奥には、小高い山がある——。


「あれ? あの山って……」


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