目を覚ますと、いつもとは違う天井が見えた。布団に寝転がっているようだ。
「気分はどうですか?」
御澄宮司が、寝転がっている僕の顔を覗き込む。
「……神社に、いたはずじゃ……」
「倒れたのは、覚えていますか?」
「はい、何となく……。御澄宮司の声も聞こえていたんですけど、声が出せなくて……」
「酷い顔色でしたからね。おそらく、霊気に当てられたのでしょう。ここは金子さんの家ですから、ゆっくり休んでいても大丈夫ですよ」
今までも、心霊スポットや誰かが不幸な死を遂げたような、よくない場所では、頭痛や吐き気を感じることはあった。しかし、意識を失ったのは初めてだ。
「一ノ瀬さんはさっき、また女の子を視たんですよね?」
「はい、そうです」
「一度目に視た時と、視え方に違いはありましたか? 今回は声も聞こえたみたいなので、何かきっかけがあったのなら、教えていただきたいのですが」
「きっかけかどうかは分からないんですけど、椿の花が落ちたのを視た後に、顔に風が当たって……また、女の子が視えました。前は一瞬だったんですけど、今回は女の子が何かを言ってたので、何を言ってるんだろう、と思いながら視ていたら、声が聞こえたというか……」
「なるほど。声を聞こうと思って集中してしまったんですね。それで余計に、霊気を取り込んでしまったのでしょう」
「あ……。ダメだったんですね」
「まぁ、今は私がいるので対処できますが、普段はやらない方がいいですね。今回みたいに体調を崩すこともありますし、悪いものだと、取り憑かれてしまう可能性が高いですから」
「はい……。気をつけます……」
何とか身体を起こして布団の上に座ると、御澄宮司が、水が入ったペットボトルを手に持たせてくれた。
それにしても、なぜあんなに女の子のことが気になってしまったのだろうか。あの女の子が生きているものではないと、分かっていたのに。
——いつもなら、絶対に集中して視たりしないのに、何をやっていたんだろう。
何の根拠もないけれど、あの赤いフィルターがかかったような空間のせいなのかも知れない、と思った。モスキート音のような高い音以外は、何も聞こえなかったことも気になる。別の空間に入り込んでしまったみたいで、思い出すと少し怖い。
あの空間は一体、何だったのだろうか。それに——。
「あの、気になっていたんですけど……。最初に神社へ行った時も、御澄宮司には、女の子は視えていなかったんですよね? なんで僕だけに視えたんでしょうか……」
「そこに死霊がいたのなら、私も気付いたはずですから、記憶のようなものを、一ノ瀬さんだけが視たのかも知れませんね。私も、その場に残っている記憶を視ることはあります。でも今回は、どうも妨害されているようで、何も視えないんですよ。一ノ瀬さんはおそらく、警戒されていないんだと思います。だから視えたというのと、霊力は私の方が高いですけど、一ノ瀬さんは、身体の中に霊気を取り込んで視ることが出来るので、そういったものがよく視えるのかと」
「取り込む……それって、僕は大丈夫なんですかね……」
「得体の知れない霊気は祓っておいたので、楽になったでしょう?」
御澄宮司は満足げな笑みを浮かべるが、そういう問題ではない。実際に体調が悪くなり倒れたのだから、大丈夫ではない気がする。
「一ノ瀬さんは意識がなくなる前に、かなり震えていましたけど、どんな状態だったんですか?」
「あぁ、あの時は……すごく、寒かったんです。晴れていてそれほど寒くはなかったはずなのに、急に冬の寒空の下にいるように寒くなって、呼吸をするのが苦しくなりました」
「それで倒れたんですね。寒い、ですか……何でしょうね。その女の子が冬の寒い時期に亡くなって、苦しんだ思いが残っていた、とも考えられますけど……。その女の子は、十六人も殺す力があるように視えましたか?」
「いや、う〜ん……」
なんとなく違う気がして考えを巡らせていると、御澄宮司が顔を覗き込んできた。
「どんなことでもいいので、教えてもらえますか? その女の子を視ているのは、一ノ瀬さんだけなので」
「ええと……なんて言ったらいいのか、よく分からないんですけど……でもあの女の子は、違うと思います。女の子からは、嫌な気配とかは感じなかったんですよね。よくない霊と出会した時みたいに、こちらに向かってくるわけでもなかったですし……。女の子はただ歌っていて、終わると椿の方へ歩いて行きました。村の人たちを殺したり、御澄宮司から逃げているのは、もっと——別の、何かのような気がします」
ふぅっ、と御澄宮司が息を吐いた。
「巫女姿の女の子なんてあまり視ないので、何かの手掛かりになるかと思ったんですけど……。一ノ瀬さんが視たものを、私に送ってくれるような能力があったら良かったですね」
「そんな都合がいい能力を持っている人って、います?」
「まぁ聞いたことはないですけど、いるかも知れないじゃないですか。ははっ」
御澄宮司と話をしているうちに、しっかりと目が覚めた。いつまでも寝ているわけにはいかない。
——また誰かが襲われる前に、この村にいる『何か』の正体を突き止めないと。
御澄宮司が言うように、僕がこの世のものではないものの霊気を取り込んで、その意識や記憶を視ることができるのなら、僕が村の中を歩きまわって、その『何か』を捜した方がいいのだろうか。
そして、御澄宮司がいると近寄ってこないのなら、僕が一人で行った方がいい。
——でもそれは、ちょっと怖いな……。
いくら御澄宮司からもらった呪具の数珠があるとは言っても、相手は十六人も殺すような力を持っているのだ。あの井戸の水も、強い呪いのようなものを感じる。とてもじゃないが、僕の手に負えるとは思えない。
——そうだ、紅凛ちゃんに訊けば、何かが分かるかも知れない。
あの子は遠くからでも霊力や、この世のものではないものの霊気が視えているのだ。おそらく、村の異変にも気付いているだろう。
——少し不安はあるけど、御澄宮司とは別行動をとって、紅凛ちゃんに話を訊こう。
ふと視線を感じて、御澄宮司の方へ顔を向けると、彼も僕を見ていた。
「どうかしましたか?」
彼が何かを言いたげな表情をしているような気がして、僕は訊いた。いつから見られていたのだろうか。考え事をしていたので、話しかけられたのに、気付かなかったのかも知れない。
「……いいえ、何でもないですよ」
御澄宮司は優しい声で言い、微笑んだ——。