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第7話

「祭りの時に子供が歌う……。でも、祝詞や神楽歌とは、全然違いますよね。普通のわらべうたのようでしたが、私はそんな歌は聞いたことがありません。それは、いつから歌われているんですか?」


「さ、さぁ……? 私が子供の頃には、もうありましたから……」


「金子さんがご存知ではないのなら、村のお年寄りに話を聞かせていただきたいのですが。一ノ瀬さんがここで何かを視たということは、村で起こっている異変と、関係があるはずです」


「え……あぁ。分かり……ました。知っているかどうか、訊いてみます」


「いえ、お年寄りがいらっしゃる家を教えてください。私が直接訊いてまわりますから」


「それは、困ります! 外部の人間はほとんど来ない村ですから、皆も驚くでしょうし……」


「では、金子さんが一緒に来てくださったら、問題はないですよね」


「でも……」


 金子は随分と焦っているようだ。歌のことを訊きたいと言っているだけなのに、どうしてそんなに焦るのだろうか。金子は御澄宮司がいくら言っても、首を縦に振らない。拒否し続けている。


 ——おかしい……。何か、隠していることがあるのか?


 そう考えながら御澄宮司に目をやった。穏やかな顔をしているが、金子の目をじっと見つめている。何かを探ろうとしている目だ。おそらく僕と同じように、金子が何かを隠していると考えているのだろう。


「あのっ……!」


 白榮が大きな声で、御澄宮司と金子の話を遮った。


「一ノ瀬さんは、助手なんですよね? さっき様子がおかしかったのは、何だったんですか? どうして、あの歌を知っているんですか?」


 矢継ぎ早に質問をぶつけてくる白榮に驚いていると、御澄宮司が、ちらりと僕を見た後、白榮の方を向いた。


「一ノ瀬さんは、この世のものではないものに好かれやすい体質で、私とは違う力を持っているから、連れてきたんですよ。先程は、その力で何かを視たようです」


「力……。その力で、井戸水を赤くしたり、村の人たちを殺したりした奴の正体も、視たんですか?」


 睨みつけているのかと思うような真剣な表情で、白榮は僕を見ている。怯えた様子の金子とは、全く違う反応だ。


 ——急に、どうしたんだろう。説明した方がいいんだよな?


「僕が見たのは……女の子です。巫女さんの格好をした幼い女の子が、椿の花が描かれた匣を持って、歌っていました。それが、異常な現象が起きていることと関係があるのかどうかは、まだ分からないです……」


 なんとか話せたが、息苦しい。


「どうやったら一ノ瀬さんは、またそういうものを視ることができるんですか? もっと詳しく視ることができたら、犯人が分かるかも知れないですよね? どうすれば視えるんですか?」


 どちらかというと大人しい印象だった白榮が、突っ込んできそうな勢いで捲し立てる。


 ——そんなことを言われても……。


 僕は視たいものが視えるわけではない。たまに何かの記憶のようなものが視えることはあるけれど、あんな風に、赤いフィルターがかかっているように視えたのは初めてだ。


 それに、耳鳴りがする以外は何も聞こえなくて、まるで別の空間に閉じ込められているみたいだった。女の子も霊というよりは、生身の人間がそこにいるようで——。


「教えてください! 一ノ瀬さんなら視えるんでしょう? 協力しますから!」


 声を大きくする白榮から隠すように、御澄宮司が僕の前に立った。


「一ノ瀬さんは力を持っていると言っても、霊媒師ではありませんし、今起こっていることは、そう簡単には解決しません。十六人も死んでいるんです。人智が及ばない、強い力を持ったものの仕業だということは、白榮さんも分かっていますよね?」


「これ以上、死人を出さないためにも、早く解決したいんです! 正体が分かれば、どうにかできるかも知れないじゃないですか!」


「相手が強い力を持っている場合は、それを視る人間にも負担がかかるんです。一日にそう何度もできるものではありません。とりあえず、落ち着いてください」


 御澄宮司が宥めても、白榮が引く様子はない。


 ——僕だって、早く解決して欲しいとは思うけど……。


 自分でも、なぜ視えたのか分からないのだ。まだ頭がぼうっとする感じが残っている。僕は御澄宮司と白榮のやり取りを、ただ見ていた。金子も黙ったままで、白榮と御澄宮司を交互に見ている。


 ——僕がもっと先まで視えていたら、揉めなかったのに。


 そう思った時。突然、肩がぶるりと震えた。なんだか寒い。それに気付くと今度は、全身が震え出した。季節は秋でも太陽が出ていて、寒さは感じていなかったはずだ。


 ——そういえば、最初に神社へ来たときも、途中から寒くなったんだ。


 御澄宮司に観察してみろと言われて、集中して神社や境内を見まわした後に、寒いと感じたような気がする。もしかすると、秋だから寒かったのではなくて、霊障だったのかも知れない。


 両腕で身体を抱きしめるようにしても、震えが止まらない。自分の吐く息も、どんどん冷たくなって行く。


 ——なんか、呼吸をするのが苦しい……。


 寒くて、しっかりと息を吸うことができない。身体の力が抜けて、景色が歪む。


 ふらついた拍子に目の前にある肩を掴むと、御澄宮司が勢いよく振り向いて、眉をひそめた。


「一ノ瀬さん? 顔色が……」


「すみ、ませ……ん……」


 もうダメだと思った瞬間、膝がガクン、となったのが分かった。御澄宮司が僕を抱き留めた後、名前を呼んでいる。返事をしなければ、と思っても、声を出すことはできなかった。


「一ノ瀬さん!」


 僕の名前を叫ぶ御澄宮司の声が段々と遠くなって、意識が途絶えた——。


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