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第5話

 林には行かずに、道を歩いて神社の境内へ入ると、女の子は僕を追うように林から飛び出して来て、可愛らしく微笑んだ。


 肩までの長さの髪が風に吹かれて、ふわりふわりと揺れている。そして白い服は洋服ではなく、着物だった。着物も帯も、足袋も真っ白だ。


「こんにちは! お兄ちゃんは、どこから来たの?」


「結構遠いところから。仕事で来たんだよ」


「ふうん。さっき一緒にいた怖そうな人も、お仕事? あの人は、前にも来たことがあるよ」


「あぁ、御澄宮司のことかな。え? 怖そうに見えた?」


 御澄宮司は顔が整っていて、髪や瞳の色素が薄い。それに神職らしくいつも微笑んでいるので、どちらかというと、優しげに見えると思う。以前、街の中を一緒に歩いた時は、女性たちの熱い視線を集めていた。


 この子は幼いので、背が高い御澄宮司のことが、怖そうに見えたのだろうか。


「うん。あの人は怖い人。でもお兄ちゃんは、優しい人」


「あはは、ありがとう。僕は蒼汰っていうんだけど、キミの名前は?」


「私はねぇ、紅凛あかりっていうの」


「紅凛ちゃんか。可愛い名前だね。紅凛ちゃんは、何年生?」


「二年生!」


 紅凛は、右手の人差し指と中指でVサインを作り、僕の方へ突き出した。


 ——元気で可愛らしい子だな。


「そっか。紅凛ちゃんは、この神社の子……じゃないよね。この神社の人は全員、亡くなったって聞いたし……」


「私の家は、ここじゃないよ」


「そうだよね。じゃあ、ここで何をしているの? 僕のことを見ていたような気はしたけど……」


「お兄ちゃ……蒼汰くんが、ずっと苦しそうにしてたから、見てたの。う〜ん、う〜ん、って言ってたでしょ? ここまで聞こえたよ」


「あぁ……うん、そうなんだよね。ちょっと体調が悪くて、吐きそうだったんだよ。唸っているのを見られてたのか。恥ずかしいなぁ」


「もしかして、井戸の水に近付いたの?」


「え……?」


 村の人たちにも、井戸水の赤い色は視えているが、なぜ紅凛は僕の体調不良の原因が、井戸水だと思ったのだろうか。井戸は村長の家の裏にある。林の中にいた紅凛からは、見えなかったはずだ。おそらく僕たちの話し声も、聞こえていなかったと思う。


「……なんで、井戸水に近付いたから体調が悪くなった、と思ったの?」


「蒼汰くんはに好かれやすいから。あの怖そうな人は大丈夫だけど、蒼汰くんは危ないの。早くおうちに帰った方がいいよ?」


「もしかして……紅凛ちゃんも霊感があるの? みんなが視えていないものが、視えてる?」


 紅凛は何も言わずに頷いた。


「蒼汰くんも、視えるんだよね?」


「うん。僕も子供の頃から視えてるよ。でも、よく分かったね。僕と御澄宮司も霊感があるってこと」


「視たら分かるよ。蒼汰くんに憑いてるも、視えてる」


 紅凛が僕の顔の辺りを指さす。井戸水の穢れが、まだ纏わりついているのだろう。


 僕は左手で自分を扇いだ。左手には御澄宮司からもらった、呪具の数珠をつけているので、残っている穢れを祓えるかも知れない、と思ったからだ。


 わぁ、と紅凛が声を上げた。


「それ、なあに? 紫色の……ブレスレット? 光ってる」


「あぁ、数珠だよ。これは呪具っていうもので、霊力を溜めておくことができるんだ。僕はそんなに霊力が強いわけじゃないから、これに助けてもらってるんだよ」


「力を、何に使うの?」


「う〜ん。守ってもらったり、御澄宮司みたいな霊媒師さんたちの仕事を、少しだけ手伝ったりはできるかな。一応、霊を祓うこともできるみたいだけど、まだやったことはないよ」


「祓う……。幽霊を、消しちゃうってこと……?」


 紅凛は視線を下に落とした。小学二年生には、刺激が強かったのだろうか。


「できるみたいだけどっ! 本当に僕はやったことはないんだよ。できるって聞いただけだから」


 焦って言うと、紅凛は顔を上げた。


「でも、あの怖い人は、幽霊を消すのがお仕事なんでしょう? ポケットに、怖いお札がたくさん入ってるもん」


 今日の御澄宮司は、ライトグレーのジャケットを着ている。神職の装束なら『お札』という言葉が出てきても、不思議ではないけれど——。


「なんでお札がポケットに入ってる、って分かったの? 御澄宮司は、ポケットから一度も出してないと思うけど……」


「出してなくても分かるよ。ポケットの周りに紫色の、もわもわしたものが視えるもん」


「そういえばさっきも、僕に赤いものが憑いてるのが視える、って言っていたよね。そっかぁ、紅凛ちゃんは僕よりも、霊気や霊力がよく視えているのかもね。『霊力』と一口に言っても、使える力は人によって違うんだって」


「蒼汰くんは、取り憑かれやすい力だよね」


「う〜ん。それを力と言っていいのかは、分からないんだけど……。たしかに御澄宮司にも、憑依体質だって言われたなぁ。まぁ、なんの役にも立たない力だよね、はは……」


「そんなことないよ!」


 紅凛が声を大きくした。


「蒼汰くんは、助けてっていう声を、聞いてあげられるでしょう? でも、あの怖い人はいくら強くても、みんなの声が聞こえないんだよ。だから何も悪いことをしてない幽霊を、消しちゃうの」


「聞こえない……? でも御澄宮司は、僕より遥に強い霊力を持っているわけだし——」


「前に来た時にね、あの人に話しかけていた女の人がいたんだけど、全然気付いていないみたいだった。消えそうなくらい、うっすらとしか視えてなかったけど、私はちゃんと視えたのに。蒼汰くんも、あの女の人のことが視えると思うし、きっと声も聞こえるよ。もっとみんなの声を聞いてあげて。そして、助けてあげて」


 紅凛は僕の目を、じっと見つめる。


「助けてあげてって……どういうこと?」


 そう訊いた時、男性の話し声が聞こえた。数人いるようだ。

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