神社の裏にある林を抜けると、古い平家が目に入った。
「随分と大きな家がありますね。他の家と大きさが全然違う」
「あれは村長の家で、今回の依頼主になります。村長はこの村の地主で、周りの田畑も全部、あの家の土地なんだそうですよ」
「へぇ、すごいな。隣の家まで随分と距離がありますよね。そこまで続く田畑が、全部村長さんが持っている土地ってことですか」
「そうですよ。都会だったら大金持ちですよね」
御澄宮司は意味ありげに、ふふっ、と笑う。
あなたは大きな神社と山を持っているじゃないですか、と思ったが、言わなかった。一日で三万円という高額なバイト代を考えると、御澄宮司が貰う除霊代は、一体いくらなのだろう、と考えてしまう。やはり特殊な仕事は、報酬が高額になるようだ。
——僕もどうせなら、もっと霊力が高かったら良かったのに。
ただこの世のものではないものが視えたり、気配を感じたりするだけでは、何の役にも立たない。呪具の力を借りると、霊媒師の真似事くらいは出来るようだが、仕事にするほどの力ではないと思う。
——そういえば御澄宮司が、僕のことを憑依体質だって言っていたな。霊の意識を読む力に長けている、みたいなことを言っていた気がするけど……御澄宮司はできないのかな。僕より遥かに霊力が高いのに?
考えごとをしている内に、村長の家のすぐ近くにたどり着いていた。家の前にはいつの間にか、男性が三人立っている。
御澄宮司が軽く会釈をすると、男性たちも会釈を返した。
「お待ちしておりました、御澄宮司。早く戻ってきてくださいと、連絡をしようと思っていたところだったんです」
小柄な白髪の老人が、迷子になった子供のように不安げな顔つきで言う。
「すみません、少し準備が必要だったもので。一ノ瀬さん、こちらの方が村長の金子さんです」
御澄宮司が手の平を上にして、指先を白髪の老人に向ける。
「後ろにいらっしゃるのが、息子の
短髪黒髪で体格の良い、五十代くらいの男性が、村長の息子のようだ。
「そして、神社の管理をされている
グレーの作業着を着た気弱そうな男性が、神社の管理者らしい。三十二歳の御澄宮司と比べると、年齢は四十代半ばくらいだろうか。
「管理……ですか? 神職の方ではなくて?」
思わず訊いてしまった。神社の大きさが違うので、比べても仕方がないのだけれど、御澄宮司の神社へ行った時は、たくさんの人の気配を感じたのに、先ほど見た神社は全くと言っていいほど、人の気配を感じなかったからだ。
御澄宮司は僕の目を見ながら頷いた。
「あの神社には、神職はいません……今は」
今は、という言葉を使ったことを不思議に思っていると、白榮は何かを恐れるかのように、背中を丸めて話し始めた。
「前は、私の兄が神主をしていたんですけど、一ヶ月前に亡くなってしまったんですよ。それも、兄だけではなくて、お義姉さんと高校生の甥も一緒に。畑で採れた野菜を持って行った時に、私が居間で倒れている三人を見つけました。三人共、目を見開いて、恐怖で引き攣ったような顔をしていて……。とにかく、普通じゃなかったんです。死因も分からないと言われましたし。三人とも死因が分からないなんて、そんなことがありますか? それに、亡くなったのは兄たちだけじゃありません。この半年間で、十六人も亡くなっているんです。年齢も性別のバラバラで、やはり死因は不明ということでした。そして兄たちと同じように、恐ろしいものを見たような顔をしていたんです」
「それはたしかに、異常ですよね。病気とも思えないし。御澄宮司が村の中を見てまわっても、その……」
悪霊の気配はしなかったんですか。と訊いて良いのか、どうなのかが分からなかったので、御澄宮司の目を見つめた。
人間は、自分が理解できないことは、知ろうとせずに拒絶する生き物だ。霊感がない人に心霊的なことを話すと、怪訝そうな顔をされたり、バカにされてしまうこともある。子供の頃は、自分にしか視えていないことが理解できていなかったので、普通の目には視えないもののことを話してしまうことも多かった。そのせいで嫌がらせをされたこともある。
僕だけではなく、霊感が強い人間は、同じようなつらい経験をしている人が多いそうだ。
『霊感がない人間には、心霊的なことは話さない』
というのが、暗黙のルールのようになっている。
「あぁ。悪霊や物の怪の気配は、感じませんでしたよ」
僕の心配をよそに、御澄宮司はあっけらかんとしている。
——普通に、言うんだ……。
すると御澄宮司はニコリと微笑んだ。やはり彼は、僕の心を読めるのかも知れない。
「まぁ、そんな感じで困っているんです。怪異は起こっているのに、悪霊や物の怪らしき気配を感じない。でも確実に『何か』がいるはずなんですよ。村の人たちの死に様を聞くと、人間の仕業だとは思えませんし、十六人もの人が、偶然、同じ死に方をするのは不自然ですから」
「僕も、そう思います。でも、なんで気配を感じられないんでしょうね」
「私がその『何か』の気配を感じられないのは、おそらく相手が、私から逃げているからだと思うんですよ。相当賢いのか、強い力を持っているのか……。本当に、厄介ですよね。ははは」
「は、はは……」
——やっぱり、来るんじゃなかった……。
なぜそんな恐ろしいものを、わざわざ捜さないといけないのだろうか。多少霊力がある、程度の僕では、どうせ何もできないのだ。それどころか、巻き込まれて死ぬかも知れない。相手はもう十六人も殺しているのだから、僕なんか、簡単に殺されてしまうだろう。
——もし殺されたら、御澄宮司を恨んでやる。
眉根に力を入れて御澄宮司を見ると、彼はまたニコリと微笑んだ。