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22-01

「川野先生が、行方不明?」

 翌日の放課後。

 授業も終わった教室で春日からそんな話を聞かされ、和都はオウム返しに言った。

「ああ。今朝、出勤してこなかったそうだ。連絡もとれないらしい」

 昨日の放課後、川野は小坂と春日がテストの採点ミスを指摘しに行った際、鬼の本性を現して襲ってきたという。だが、春日が安曇神社のお守りを投げつけて返り討ちにすると、顔に大きなヤケドを負ったままいなくなってしまった。

 そしてどうやら本当に、そのまま姿を消してしまったらしい。

 春日と小坂は、採点ミスの件を川野に伝えておくと言ってくれた西原先生に、川野が行方不明であることを聞かされたそうだ。

「川野先生、一人暮らしだったっぽいしなぁ」

「ケガが酷くてどこかに潜んでる、とか?」

「その可能性が高いな。帰りはなるべく、複数人で帰ったほうがいい」

 ケガを負わされ、チカラの弱った鬼は、何をしでかすか分からない。チカラを回復させる目的で、人間を襲う可能性だってあるのだ。

「もしかして、それで今日の委員の作業、なしになったのかな?」

 本来なら昨日の続きで、アンケートの集計結果をグラフにする予定だったのだが、緊急の職員会議が放課後に入ったため、今日はまっすぐ帰るよう、仁科に言われている。

「あ、マジで。じゃあ、とっとと帰ろうぜ」

「部活は?」

「第二体育館の点検でお休みー」

 すでに帰り支度を終えていた菅原がそう言った。それならば、と和都が支度を始めると、小坂が困ったように頭を掻く。

「あー、わりぃ。おれと春日、川野の件で呼び出されてる」

「え、なんで?」

「授業の後、放課後に会う話したって言ったら、そん時にどうだったか聞きたいって言われちゃってさー」

 川野が目撃されたのは、前日の午後の授業が最後だ。いなくなった足取りを探るために、昨日会話をしたと思われる先生や生徒に聞いてまわっているのだろう。

「げー、大丈夫か?」

「まぁ適当に、いつもと変わらなかった、と言っておくつもりだ」

 鬼になって逃げ出した、と話すことは出来ないが、授業の後に採点の件は社会科準備室で聞くと言われた、と正直に答えれば問題はない。

 とりあえず帰り支度をしようと、春日が自席の机から大きな封筒を取り出すと、それを何気なく見ていた和都は、その封筒が妙に気になってしまった。

「……ユースケ、それなに?」

「ん? ああ。……職員室に行くから、ついでに提出する書類だけど?」

 そう言われたものの、なぜかその封筒から目が離せない。

 不思議と、懐かしい匂いがする。

 ──この匂い、なんだっけ?

 嗅いだ記憶はないが、知っている、匂い。

「……和都?」

 言われてハッと我にかえると、自分の手が春日の持つその封筒の端を握っていた。

「あ、ごめん」

「どうかしたか?」

「……いや、なんだろ。わかんない」

 妙に気になったところまでは記憶がある。

 だが春日に近づいていき、封筒を掴んだ覚えがないので、和都はじっと自分の手を見た。

「とりあえず、行ってくる」

「どんくらいかかりそ?」

「わかんね」

「んじゃー、オレと相模は屋上で待ってるわ」

「おう」

 春日と小坂が出ていったのを見送って、菅原が言う。

「よし、上で待ってようぜ」

「うん」

 和都は促されるまま、菅原と一緒に教室を後にした。





「失礼します」

 保健室のドアをノックして入ってきたのは、春日だった。

 職員室で川野についての事情聴取を終えた後、小坂を先に屋上へ向かわせ、春日はその足で保健室に来たらしい。

「おう、どうした? これから職員会議なんだけど」

「知ってます。なので手短に、これを……」

 そう言って春日は仁科に封筒を見せた。

「あ、解読おわったの?」

「はい。借りた本と、一通り現代語に書き直したものが入ってます。それから……」

 そう言いながら、春日は封筒から一枚の紙を取り出して仁科に差し出す。

「こっちには、本の内容を簡単にまとめてあります」

「ありがとね」

 受け取って目を通した仁科は、だんだんと眉をひそめていった。

 その様子に、春日の表情も曇る。

「……そういうことね」

 読み終えた仁科が、深い息をついた。

「色々と、考えてしまいましたが」

「手伝わせて悪かったな」

「いえ……」

 短く答えた春日が、視線を逸らして伏せる。

 往々にして殺人事件の真相は、清々しいことなど滅多にない。

「果たしてこれで、バクが納得するかどうか、だな」

 真相を知った祟り神が、どんな行動をとるのか。

 下手をすれば、約束など反故にして、ハクと共に全てを台無しにする可能性すらある。

「真相としては、それで確定だと思うんですが」

「ん?」

「後半のほうに、読めない部分があって」

 封筒から取り出された本の、付箋の貼られたページをめくると、日本語のような記号のような、特殊な文字の並んだ箇所があった。

 春日には見当もつかなかったが、仁科はこれに見覚えがある。

「……もう一冊の日記のほうに、神獣を使役させるための文字として書かれていたヤツ、みたいだな」

「神獣たちのみが理解できる文字、というわけですか?」

「ああ。その文字独自の読み方があるらしくて、その組み合わせた言葉で命令をしたり、命令のためのお札を作ったりするものらしい」

 仁科が保管している方の日記には、練習と称した使役するための命令文のようなものがいくつか書かれていた。しかし、こちらに書かれている組み合わせは見たことがない。何か特殊な言葉なのだろうか。

「あと、もう一つ聞きたいんですが」

「何?」

 春日から返してもらった本を再び封筒に入れ、仁科は私物用ロッカーの鞄に封筒ごとしまいながら返す。

「バクは、和都が眠っている時にだけ、出てくるんですか?」

「わからん。時々、目が金色になる時があるから、その時は違うのかな、とは思ってるが」

「そうですか……」

 教室を出る前の、和都の様子を思い返してみるが、目が金色に光ったりはしていなかった。一瞬だけだったので見逃したのか、それとも視える人間にしか視えないものなのか。

「まぁ、俺がバクとちゃんと話をしたのは、アイツが寝てる時だったけどね。何かあったの?」

「あ、いえ。こっちに来る前に、あの本が入った封筒をすごく気にしていて。ただ、本人は無意識だったようなんですが」

「……そうか。何か、違うんだろうか」

 仁科が考え込んだのを見て、春日はちらりと時計へ視線を向ける。思ったより話し込んでしまった。

「先生、時間が」

「ああ、行かないと。とりあえず、助かったよ」

 そう言って仁科は春日の肩を叩く。

 保健室を出て、それぞれ向かうべき場所へ行こうか、というその時、突然、ドーン! と外から大きな轟音が響いた。

「なんの音だ?」

 上の方からの音だというは分かったので、外に向いた廊下の窓を開ける。

 すると今度は、ガシャーン! と金属の塊が落ちてきて、コンクリートの地面に鋭い音を立てた。よく見ると、屋上をぐるりと囲う、金網の一部に見える。

「屋上、からか?」

 窓から身を乗り出し、仁科が上階に視線を向けるが、よく分からない。

 春日が『屋上』という言葉にハッとする。

「菅原と、和都がいます!」

「行こう!」

 二人は急いで東階段を駆け上がった。

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