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11-02

──//──



 和都はすべり台だと思われる、そのわりに上へのぼる階段がなく滑る部分だけがいくつもある大きな遊具の影に隠れて、スマホを操作する。

 仁科宛にいつものようにチャットアプリでメッセージを送ってみたのだが、メッセージ自体は届くものの、文字がおかしくなっているようで、向こうには読めていないらしい。

 ただ、写真はちゃんと届いて見えているようだ。

《そこどこ? どこいんの?》

《わかんない》

 仁科から届いた戸惑うような返信にそう返したが、多分これも向こうには読めていないのだろう。

 顔を上げて、辺りを見回す。

 不気味な色合いの空は変わらず、薄暗さも同じまま。けれど、太陽はちゃんと高い位置に出ているようで、辺りの薄暗さのせいか、丸くて白い輪郭が空に浮かんでいるのが分かる。

 公園の遊具に似たものは、見渡す範囲の広い空間のあちこちにバラバラといくつも点在していた。それらはどれも、心が不安になるようなバランスで存在していて、以前美術の本で見た、シュルレアリスムの絵画の中に迷い込んでしまったようだ。

「どうしよう……」

 遊具の影にしゃがみ込んだまま、和都はうなだれる。

 どう考えても、学校の階段で川野に追いかけられた時と同じ状況だ。

 違う空間だからハクもいない。そして、学校の外だから頼みの綱の先生も近くにいない。

 ここから出られないのではないか、という不安が渦を巻いてくる。

「かくれんぼですかー?」

 身を潜めている遊具の向こう側から声がした。

 ふっと頭上から影が落ちてきて、ハッとして思わず上を見る。

「みつけましたよ、相模くん」

 川野の顔が、自身の背丈よりも明らかに大きいはずの遊具の、その上からこちらを覗き込んでいた。

 瞳は爛々らんらんと緋く光り、そして楽しそうに歪んでいる。

「……っ!」

 色々なバランスがおかしい。覗き込んだ頭は自分の身体よりも明らかに大きい。人ではないのは確かだが、人としての許容範囲を超えたサイズだ。チグハグという言葉が似合う。

 今度は覗き込む顔の横から、異様に長い腕がまるで蛇のようにこちらに向かって伸びてきた。先端の手は、成人男性のそれのままなのがより気持ち悪い。

「うわっ!」

 自分を捕まえようとするその手を躱し、和都はまた不気味な公園の中を走り出す。

 果てしなく広がる敷地内で、どこに向かっていいかも分からない。

 けれど、捕まるわけにはいかないので、和都はただひたすらに走った。



──//──



《繧上°繧薙↑縺》

 再び文字化けしたメッセージが届いたスマホをみつめ、仁科は考えた。

 電波は繋がる。しかしこれでは肝心のやりとりが出来ない。

 自分のスマホでは無理だったが、他のスマホから連絡してみたら、電話だけでも繋がらないだろうか。そういう話を昔、聞いたことがある。

 夕暮れには早い時間。自分以外に和都と連絡が取れそうな人物を思い浮かべ、仁科は慌てて保健室を出た。

 第二体育館の方を見ると、まだバスケ部が使っているようだ。急いで体育館へ駆けより、出入り口のドアを開ける。

 床板をキュッキュッとシューズが擦る音と、大声で交わされる掛け声、ボールが床を跳ねる音が一気に外へ飛び出してきた。

 中では試合のようなことはしておらず、体操服やジャージ姿の生徒たちが、各々で練習する時間らしい。

「おや、仁科先生。どうされました?」

 出入り口ドアの近くには、ちょうどバスケ部顧問の小嶋先生が生徒たちを見守るように立っていて、覗き込んできた仁科に声を掛けてくれた。

「すみません、急用で。ええっと、二年の菅原と小坂を借りたいんですが」

「ええ、構いませんよ」

 小嶋は快く返すと、すぐに体育館の奥に向かって大きな声で二人の名前を呼び掛ける。呼ばれた二人は気付いてすぐにやってきた。

「仁科先生が何か手伝って欲しいらしいから、行ってきなさい」

「はいっ」

 二人は小嶋に返事をすると、すぐに体育館の外へ出てきてくれる。

「仁科先生、どうしたんですか?」

「なんかあったの?」

「あーお前ら、相模の連絡先わかるよな?」

「そりゃあ、はい」

「ちょっとスマホ持って、保健室まで来てくんない?」

 仁科の言葉に、菅原と小坂はどういうことだ、と一瞬だけ顔を見合わせたが、すぐに体育館の中にある着替え用のロッカーからスマホを持ってついて来てくれた。

「部活中に悪いな。相模のやつ、家に帰ったはずなのに、迷子らしくて。俺からの電話だと繋がらないから、アイツに掛けてみて欲しいんだ」

 簡単に説明しながら保健室まで移動すると、珍しく焦ったような顔の仁科に、小坂が眉間にシワを寄せる。

「迷子?」

「うん。写真は届くんだけど、どこだか分かるか?」

 仁科はそう言って自分のスマホの画面を二人に見せた。

 画面では、相変わらず文字化けの羅列が続き、その合間に不可思議な写真が挟まっている状態。

「……先生、相模と連絡先交換してたんすね」

 しばらく黙って画面を見ていた菅原がそう言った。

「んあー、色々あってな。あとで説明する」

 説明すると本当に長いので、今はとりあえずそう言うしかない。

「文字化け……なんだろ?」

 小坂は仁科のスマホを手に取り、画面を遡りながら、メッセージと写真を見る。

《蟾晞?縺ォ霑ス縺?°縺代i繧後※繧》

《鬯シ縺ォ縺ェ縺」縺ヲ繧》

 いくら暇を持て余しているからといって、わざわざこんなメッセージを作って送るようなタイプじゃないことは、小坂でも知っている。

 これはどうやら本当に、奇妙な状況にあるようだ。

「とりあえず、オレから掛けてみますね」

 菅原がそう言って、自分のスマホで和都宛に電話を掛けてみる。

 だがやはり、通常の呼び出し音の後、ギィーー、ゴォーー、キィーン、と離れていても聞こえるような、甲高くも耳障りな雑音と共に切れてしまった。

「うっわ、耳いってぇ。……え、なに? なんなの?」

 スマホを見つめて菅原がぼやく。

「菅原のもダメか」

「ダメでしたね」

 その間にも、仁科のスマホには文字化けのメッセージと写真が届く。

《縺薙%縺ゥ縺薙°蛻?°繧薙↑縺?シ》

 新しく届いた写真を見て、小坂が「あっ」と声を上げた。

「この遊具さ、学校の裏の公園にあるヤツに似てない?」

 そう言いながら、菅原に仁科のスマホを渡す。菅原もどれどれと写真を覗き込み、拡大しながらうんうん頷いた。

「ああ、外周する時に通るとこ、えー『狛杜公園』だっけ。確かにあった! でも、なんかサイズおかしくないか?」

「届いてる写真、全部変だぞ。でもその遊具、この辺だったらそこくらいじゃね?」

 そう言いながら、小坂が自分のスマホで和都に掛ける。

 キィーン、と高音がして、ザザ、ザザ、と砂を擦るような雑音。しばらくすると、他二人と明らかに違うノイズが聞こえてくる。

〈あ、あれ……。こさか……?〉

 ザーーザーーと途切れない砂嵐のような音に混ざって、和都の声が聞こえた。

「あ、繋がった!」

「マジか!」

「悪い、貸して」

 そう言う仁科に、小坂はすぐスマホを渡す。

「相模お前、今どこだ。ハクがこっちに来たぞ」

〈あ、やっぱ……。川野に……てて〉

 雑音にかき消されるように声が途切れ、ところどころが聞き取れない。

 仁科は眉間にシワを寄せながら、聞こえる単語をなんとか拾う。

「ん? 川野がいるのか?」

〈きた……。に……なきゃ、ごめ……!〉

 ブツ、と断ち切るような雑音と共に通話が切れてしまった。

「きれた……」

 スマホからは、通話終了を告げるツー、ツー、という小さな機械音が二回した後は何も聞こえない。

 漏れ聞こえた限り、何かよくない状況なのは分かる。仁科からスマホを受け取りながら、さすがの小坂も声が大きくなった。

「先生、相模なんて?!」

「川野に追っかけられてるっぽいな……」

「はぁ?! どういう状況だよ……」

「その、似た遊具がある公園に行ってみるか。案内してくれる?」

「はい!」

 仁科は走るのに邪魔な白衣を脱ぐと、二人と一緒に外へ出た。

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