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10-01

「なぁ小坂ー」

 四限、体育の時間。

 第二体育館でバレーのチーム戦の最中。交代待ちで体育館の壁際に座り込んでいた和都は、見上げた体育館の天井の骨組みに挟まっている、バレーボールが気になった。

「なんだぁ? 相模」

 隣りで試合を観戦している小坂が、こちらを見ずに返す。

「天井の、あーなってるボールって、どうするの?」

「あ?」

 和都がすっと指を差したので、小坂もつられてそちらを見た。綺麗な格子状に組み上げられた鉄骨の隙間に、白いボールが挟まっている。

「あぁ、なんだ知らねーの? ボールぶつけて落とすんだよ」

「……届くの?」

「俺は無理。でも先輩が落としてるの見たことあるぞ」

「へー」

 待ち時間の他愛無い雑談。

 と、そこへホイッスルが鳴って、ちょうど目の前のコートで行われていた試合が終わった。

「おい、ちびっこども。交代だぞ」

「うるせーよ」

 汗だくでコートから戻ってきた春日に呼ばれ、小坂が返事をしながら立ち上がる。小坂と同じチームの和都も続いて立ち上がった。

 体育館の半分を使って、長方形に大きく描かれたコートライン。その真ん中にバレーボール用ネットが張られている。和都も小坂も左側のコートに入って、それぞれ位置についた。

「じゃー、はじめ!」

 ホイッスルが鳴り、相手側のサーブで始まる。大きくネットを越えてコートの後方へ勢いよく飛んできたボールを、後ろの方にいた和都が握り込んだ両手で受けて、綺麗に上空へ返した。

「相模ナイス!」

「オーライ、こっち!」

 ボールは前方にいるクラスメイト達が繋いで、相手コートに打ち込み、こちらの得点に繋がる。

 和都は運動自体はわりと得意なほうなので、体育の授業は好きだ。思った通りに身体が動くし、動いている間は、何も考えなくていい。本を読んでいる時みたいに、一つのことに没頭できる。

 ただ、今年の体育の授業は、あまり集中できなかった。教科担当の堂島がコートの外側からジィッと冷たい視線で見てくるので、それがどうしても気になる。

 ──やっぱ、やりにくいなぁ。

 今だって、緋色の視線が焼けつくようにぴったりと、動く自分を追い回している気がした。四月当初はその視線のあまりの冷たさに倒れていたが、チカラが増した今はジリジリと肌に刺さる程度で、大きく影響を受けることはない。

 だからこそ、油断していた。

 突然、頭上から冷たい大きな槍のようなものが降ってきて、自分の身体全体を射抜いたような感覚に襲われる。

 ──えっ。

 身動きが取れない。

 視界の上、頭上。多分、天井の辺り。

 そこから白くて丸い何かがぐるりと動いて、こちらに向かって落ちてくる。

 あれはなんだ?

 ──あっ。

 青白い丸い塊に、目、鼻、口のような黒い点。

 人間の顔、だ。

〔カズト、危ない!〕

 認識した時にはハクの声が響いて、真上を半透明の白い影が横切った。

 すると、ふっと身体が軽くなる。が、同時に眼前にはボールがあって。

「相模!」

 誰かの呼び声と同時に、バチン、と鈍い音。

 顔面に衝撃が走って、稲妻のような光が視界を廻り、後方に身体が吹き飛んだ。

「大丈夫か?!」

 ちょうど鼻から目の周りに、じんじんと痺れるような痛みを感じる。

「……いったぁ」

 尻もちをついたような体勢から、両手で顔を押さえつつ上体を前屈みにすると、鼻奥からドロリと何かが流れ出てくる感覚。

「うわ、やばっ」

 鼻血がぼたぼたと流れてきて、体操服に赤いシミを作っていった。

「和都、大丈夫か」

 コートの後方で座り込んだままクラスメイトに囲まれていると、春日が駆け寄ってタオルを差し出すので、それを鼻に当てる。

 すると少し遅れてやってきた堂島が、和都の顔を覗き込んできた。

「あらら、相模くん鼻血? 他に痛いところは?」

 そう言う堂島の身体が、異様に近い。

「……は、鼻血だけなんで。大丈夫です」

 和都はそう言いながら、思わず身体ごと顔を背ける。

 それでも近寄ろうとするのに気付いた春日が、すかさず間に割って入った。

「保健室、連れていくので」

 ジロリと睨みつけるように言うと、堂島はあっさり身体を離す。

「……うん、じゃあお願いするよ」

 堂島はニコニコと笑ったまま、いつものことのようにそう答えた。

「鼻押さえて。立てるか?」

「うん、なんとか」

 春日に掴まりながら、和都はゆっくり立ち上がる。そして下を向いたまま春日に付き添ってもらって、第二体育館を出た。

 体育館と本校舎を繋ぐ渡り廊下を、ゆっくりとした足取りで歩く。

「ごめんね、ユースケ」

「いいよ」

 少しぼんやりした頭でいつものように言ってから、和都はふっと仁科に言われた言葉を思い出した。

「……あぁ、間違えた」

「ん?」

「こういう時は『ありがとう』って言えって言われたんだった」

 助けてもらった時に言う言葉は、謝罪ではダメだ。

 眼鏡の人に何度も注意されたことが頭を過ぎる。

「ありがとうね、ユースケ」

「……うん」

 そう答えて、春日が小さく笑った。

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