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「なんか食ってこーぜ」
部活の終わった菅原・小坂と一緒の帰り道。
空腹のため、通学路の途中にあるコンビニでホットスナックやおにぎりを買ったものの、同じように部活終わりの男子高校生達がいっぱいで、コンビニ周りのベンチは空いていない。
「相模の家の近くに、公園なかったっけ?」
「あるけど、遠回りにならない?」
「いいよいいよ」
そう言って、いつもは別れる十字路を三人で同じ方向に進み、和都の家の近くにある公園に着いた。
遅い時間なのもあってか、帰宅するらしい人が通る程度で殆ど人はおらず、三人はベンチに座ってそれぞれ買ったものを食べ始める。
「なかなか広い公園だなぁ」
すべり台にブランコ、ジャングルジムの他、多種多様な遊具があり、見える範囲だけでも随分な広さだ。
「学校終わりとか休みの日とか、結構たくさん人いるよ。小中学生が多いかな」
「へぇ。こんだけ色々ありゃ人気もありそうだよな」
「あ、バスケのゴールあんじゃん!」
一人先に食べ終わった小坂が、大喜びで愛用のボールを抱え、公園の少し奥のほうへ駆けていく。出入り口から離れたところに、バスケットのゴールが一つだけ設置されていたのを目敏く見つけたらしい。
空が橙色から紺色に変わりそうな時間だと言うのに、小坂はゴール目掛けてシュート練習などを始めた。
「部活の後なのに、飽きないやつだなぁ」
「うちの近所だとゴール立ててる公園、ねーんだよ」
何度か投げているうちに、ボールがゴールリングに跳ね返されて飛んでいく。ちょうどそれを、ゴールの近くまで荷物と一緒に移動してきた和都が捕まえた。
「お、食い終わった?」
「うん」
「よし、じゃーこい、相模!」
「ええ。……しょうがないなぁ」
和都はそう言いながら、両手で持っていたボールを片手でつき始め、ドリブルしながら小坂の方へ向かって走っていく。
小坂がボールに向かって手を伸ばすのを、身体を捻って躱し、そのままゴール下まで駆けていくと、軽やかにジャンプしてボールをゴールリングの上に乗せるように放り、綺麗に得点した。
「くっそ!」
小坂は悔しそうに言いつつ、どこか嬉しそうに笑って、跳ねていったボールを捕まえる。次は小坂が得点のためにゴールに向かって走り出した。
「もーらい!」
和都は腰を極端に低く落としながら、小坂の脇をすり抜けるようにしてボールを拐っていく。
「げっ」
そのままスリーポイントラインまで戻った和都は、その場でゴール目掛けてボールを投げる。ボールは綺麗な放物線を描き、リングに吸い込まれていった。
「よし、入ったぁ」
「マジでお前なんなんだよ! バスケ部入れよコノヤロウ!」
「そんなこと言われてもなぁ」
和都にブチ切れながら、小坂がボールを追いかけていく。
そこへようやく食べ終わった菅原が、捕まえたボールを相模に向かって投げた。
「じゃあ、次は二対一!」
「なんで現役バスケ部が二人なんだよ」
「うるせぇ、ハイパー帰宅部!」
「そーだそーだ、陸上部泣かせ!」
「……なんだそれ」
ぎゃあぎゃあ言い合いながら、今度は三人でボールの取り合いを始める。
気付けば橙色の夕焼けも終わり、公園をぐるりと囲むように立っている街灯が皓々と眩しい。
三人ともすっかり汗だくになり、その場に座って肩で息をしながら笑っている、その時だった。
「和都!」
公園の外から、女性の叫ぶような呼び声が聞こえてくる。
ハッとしてそちらに視線を向けると、公園の入り口に仕事帰りのようなスーツ姿の女性が立っていた。
「……あ、母さん」
「何してるの! 早く家に入りなさい!」
女性の甲高い大声に、先ほどまで一緒に笑っていたはずの和都の顔から、すぅっと火が消えたように感情が見えなくなる。
笑っているけれど無表情に近い、まるで意思のない人形のようだ。
「……ごめん、帰るね」
それだけ言うと、鞄を置いてあったベンチに走って向かう。
「おー、じゃあな」
小坂が声を掛けたが、和都は振り向くこともなく、母親のほうへ行ってしまった。
「早くしなさい!」
「……はい」
和都と母親が、街灯の向こうの薄闇に溶けるように去っていく。
公園に残された菅原と小坂は、二人が居なくなった先を見つめたまま、しばらく間をおいて。
「……あれが、相模母かぁ」
「初めて見た」
「ガン無視されたな」
自分の子どもが友人と一緒にいるのなら、普通こちらにも声を掛けるものではないだろうか。それどころかこちらを全く見向きもせず、まるで和都しか見えていないようだった。
「……相模の女嫌いって、原因アレかな?」
「思った」
「春日も知ってんのかなぁ」
「そりゃ知ってるでしょ」
母親を見た瞬間の和都の表情が、一瞬怯えているように見えたのが気になる。
「アイツの周り、本当に敵ばっかなんだな」
「……だから、春日が頑張っちゃうんだろ」
束縛する両親に、信用のできない教師、言い寄って来る先輩に後輩。もしかしたら同級生にだっているかもしれない。
春日が常に気を配っている理由が分かった気がする。
「……よし、帰るか」
「おぅ」
そう言って、二人は夕闇に沈む公園を後にした。