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06-03



 山の向こう側へ降りるように車を走らせると、二人は学校のある地域から少し離れた場所で見つけたファミレスへ、少し遅めのお昼を兼ねて入った。

「なかなか収穫あったな」

「そうですね。残されてた祠は鬼が出てくるところって、ハクも思い出したみたいだし」

「そしてその祠の上に、木が倒れてきていた、と」

「堂島先生たちに憑いてる鬼は、やっぱりあの祠から出てきたのかな……」

 家族連れの賑わうファミレスの一角。窓際の座席に仁科と和都は向かい合うように座って、それぞれ注文したメニューに箸をつけながら神社跡地でのことを振り返っていた。

「たぶんなぁ。とりあえず正確な場所も分かったから、役所で問い合わせすれば所有者も分かるし、そこから色々調べられるだろ。ただ今日は役所も開いてないから、平日に行かねーとな」

「へー、そうやって調べるんだ」

「土地がある限り、管理者や所有者はいるからね。そっちは平日になんとかするとして、場所も確定したから神社の由来とかの詳細も調べられるはずだ」

「そうですね。地域の伝承とかから調べていけば見つかりそう」

「これ食ったら市立図書館のほうに行こうか。そっちのが資料揃ってるでしょ」

 そう言って仁科が窓の外を指差す。そちらを見ると、少し遠くの、ビルが立ち並ぶ隙間に大きな焦茶色の四角い建物が見えた。

「あれ?」

「うん。行ったことない?」

「ないない。てか、こっち側も初めて来たし」

「……そう」

 和都が少し照れたように言うので、流石の仁科も驚く。

 あまり出掛けないのだろうというのは感じていたが、電車でも数駅しか離れていないこちら側に来たことがないというのも不思議な話だ。ただ本人は、あまり気にしていないらしい。

「改めて探したりしたけど、学校の図書室だと地域の伝承とか神社関係の本、あんま無かったんだよねぇ」

「まぁ、本当は川野に聞いた方が早いんだろうけどね。でも、向こうに付け込まれたくないし」

「うん……」

 そう返しつつも、和都はなぜかまた神妙な顔でタッチパネル式のメニューを開いて眺めていた。そのまま少し迷った末に、大きなパフェを注文する。ちなみに唐揚げやコロッケなどの揚げ物の盛り合わせに、小鉢が二つもついた日替わり定食大盛り一人前をきれいに食べ終わった直後だ。

「……よく食うね、お前」

「育ち盛りなんで。先生も食べる?」

「アラサーはお腹いっぱいですよ」

「そのうち先生も追い越すからね」

「期待しないで待ってるよ」

 何やら得意げな和都の言葉に苦笑し、自分の分を食べ終えた仁科は食後のコーヒーを取りに、ドリンクバーへ向かう。

 土曜の昼時。順番待ちと混雑を抜けて、騒がしいドリンクバーから席に戻ると、和都が追加注文していたパフェがちょうど運ばれてきたところだった。

「……保健室に来るときはだいたい具合悪くしてるから、元気に食べてるの見るのはちょっと新鮮」

「そうですか?」

 コーヒーに口をつけながら和都と反対側の席に腰を下ろす。

 ゼリーやアイス、生クリームをカラフルに重ね、てっぺんにはフルーツとチョコレートソースのかかったソフトクリームが盛り付けられたパフェは、和都の顔が隠れるくらいに大きなサイズだった。

 それを嬉しそうに頬張る和都を見ていると、昔の記憶に似たような光景があった気がして、どうしても面差しの似ている人と重ねてしまう。

 とはいえ、感傷に浸っている場合ではないので、仁科は振り切るように話題を変える。

「……あー。そういや、神社で泣きだしたの驚いたけど、どんな記憶が見えたの?」

「うーん、見たことない景色とか、すごく悲しい気持ちとか……。なんかいっぺんに頭の中でグルグルしてきて、よく分かんなくて」

「バクの記憶だって言ってたな。見えたものを一個ずつ記録して整理したら、なにかヒントになるかもね」

 金色の瞳は何かを伝えようとしていた。

 あの場所で何が起きて、どうして狛犬を辞めたのか。

 仁科はどうしてもそれが引っかかる。

「……そっか、なるほど。見えたらメモしてみるよ」

「あ。メモしたら俺にも送って」

 仁科に当たり前のように言われて、和都はそういえば、と思い出す。

「いいけど、おれ、先生の連絡先知らないよ?」

「そうだった……」

 仁科は自分のスマホを取り出して、チャットアプリのユーザー情報を表示して見せた。和都はそれを見ると、自分もスマホを取り出して操作し、手慣れた様子で登録する。すぐに仁科のスマホが振動し、和都からチャットアプリにメッセージスタンプが届いた。

 アプリに届いた『よろしく』という猫のイラスト付きスタンプを見ていたら、ちょうど和都もパフェを食べ終わったようだったので、仁科はスマホをポケットに仕舞って立ち上がる。

「よし、じゃあ図書館行ってみるか」

「うんっ」

 空になったパフェグラスに使っていたスプーンを入れると、二人は席を後にした。





 昼食をとったファミレスから車で五分ほどの距離にある、大きな焦茶色の建物は、県内でも有数の蔵書量を誇る市立図書館だ。数年ほど前に建て替えられたばかりで、外観も内装も新しく、とても綺麗である。

 入り口付近は天井高く吹き抜け、開放的な空間になっており、子ども向けの本が置いてある箇所は、親子連れで賑わっていた。

「おっきいねぇ」

「この辺りじゃここが一番大きいはずだよ」

 仁科の言葉を聞きながら、館内を進んでいくと、遥か遠い天井に届きそうな、うず高くそびえる本棚の列が視界に入り、和都は目を輝かせる。

 館内地図を見ると、郷土資料などを置いてある『二類 歴史・伝記・地理』のエリアは一つ上の階と書かれており、そのまま案内図近くの階段へ足を向けた。

 幅の広い階段の壁面にも所狭しと本棚が設けられ、児童書や小説などが並んでいる。

「すごい! ここに住みたい」

 楽しそうに周囲をキョロキョロ見回しながら、和都が興奮した声を上げた。

「そういやお前、結構本読むんだっけ」

「うん。何でも読むけど、冒険する系ならわりとなんでも好きかな」

 途中、知っている作家名の書かれた小説コーナーが目に入り、和都は吸い寄せられるように立ち止まる。

「あ、学校の図書室にないやつ……」

「こら、目当てはそっちじゃ無いでしょ」

「……はぁい」

 図書館は本好きには堪らない、誘惑しかない場所だ。呆れた顔の仁科にたしなめられて、和都はしぶしぶ階段を登る。

 二階に上がってすぐのところに、『郷土資料』と書かれたプレートの付いた棚があったのでそちらへ向かった。棚の中を覗くと、地域の伝承や史跡のまとめといった本がずらりと並び、その本の殆どの背表紙に『貸出禁止』『館内のみ』などのシールが貼られている。

 あまりの数の多さに、和都も頭を掻いた。

「……ここから、探していくのかぁ」

「まぁ場所は分かってるから、地域絞って見ていきゃなんとかなるよ。多分」

「う、うん……」

 和都は地域の伝承などの本を、仁科は神社関係にまつわる本を、それぞれ手分けして探す。一通り棚を見て回り、気になったものを取り出すと、本棚近くの閲覧用テーブルに積んでいった。

 二人は閲覧スペース用の椅子に隣り合って座ると、それぞれ気になる本を捲っていく。和都がふと隣に視線を向けると、仁科が『神社明細帳』と書かれた分厚い本の文字を熱心に目で追っていた。

「先生が見てるの、なに?」

「これ?『神社明細帳』って言って、どこにどんな神社があってどんな神様を祀ってて、神職や氏子が誰だったか、が書いてある本だよ。本物はめちゃくちゃ古い貴重なものなんだけど、その内容を資料として書き起こした本だね」

 確かに本そのものは新しいが、表紙には実際の本が作成されたと思われる年号が書かれている。随分古い年代のもののようだ。

「へー……。神社ってそんなにちゃんと記録されてるっていうか、管理されてるんですね」

「明治あたりに『神仏判然令』って言って、神社とお寺をしっかり区別しようってのがあったんだよ。そん時に神社は国が管理するから、各地にこういうリストを作らせたんだ。今は国の管理とかじゃないけどね」

「あ、日本史の教科書で見たかも。じゃあその頃にまだ神社があったら、載ってるってこと?」

「そーいうこと」

 再び仁科の視線が分厚い本へ向けられる。

 普段のヘラヘラした雰囲気からはとても予想していなかった話が出てきたので、和都は戸惑いながら当たり前の質問をした。

「……先生、保健室の先生だよね?」

「え、うん」

「なんか詳しくないですか? あ、親戚が神社やってるから、とか?」

 和都が思いついた理由を見つけて納得しようとすると、仁科の顔がふっと暗くなる。そして眼鏡の奥の目に小さな険しさを見せながら、少しだけ間を置いて口を開いた。

「……昔、ちょっと納得いかないことがあってね。色々と神社関係は調べたことがあるんだよ」

「そう、なんだ……」

 怒りと悲しみが静かに混ざり合ったような低い声。いつもとは違う、学校では見たことのない表情に、和都はそれ以上何も言えなくなってしまい口をつぐんだ。

 困惑した和都に気付いたのか、仁科はすぐに普段の、どこか飄々とした顔になる。

「さ、俺は神社そのものの所在とかについて調べるから、お前は伝承とかそういうのを調べてみてよ。意外に個人が作った本とかに面白いこと書いてあるかもよ」

「……うん、わかった」

 そう答えると、和都は情報を得られなかった本を戻しに席を立った。

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