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05-01

「おはよーございます。先生、今日って放課後に手伝うことないですよね?」

 朝、いつものように観察簿を持ってきた和都の第一声がそれで、仁科はポカンとしつつも差し出された観察簿を座ったまま受け取った。

「おはよ。うん、今日はないよ。明日はアンケートの集計やるけど」

「……そうだった」

 アンケート集計と聞いて和都が分かりやすくうなだれる。先日、散々ホチキスで留めていたプリントは健康に関する意識調査アンケートだったのだが、その回収期限が明日だった。

「今日、なんかあるの?」

 そう言いながら、仁科はコーヒーカップを持って椅子から立ち上がり、薬品類の入る棚の並びにある、流しのほうへ向かう。

「はい、今日は第二体育館の整備点検でバスケ部は部活ないらしくて。なので、小坂のおばーちゃんに話を聞きに行くんです」

「あぁ、例の神社探しか。気を付けて行っといで」

 仁科は流しのそばに置かれた小さなコーヒーメーカーからカップにコーヒーを注ぐと、そのまま和都におもむろに近づいてくる。

 それから優しく頭を撫でると、少しだけ屈んで、和都の額に唇で触れた。

 ──……だんだん、慣れてきちゃってるのがなぁ。

 ほぼ日課となった、霊力チカラを分けてもらうための行為。どうなのだろうか、と思っていたのだが、されることにもすっかり慣れた上に、向こうも当たり前の習慣のようになっているらしい。

 思わず、若干呆れ気味にじっと仁科を見上げてしまった。

「なに?」

 視線に気付いて、仁科が首を傾げる。

「いや、普通にするなーと思って」

「雰囲気とか作ったほうがいい?」

「そんなこと言ってません!」

 相変わらず、何を考えているのか分からない。

 和都はわかりやすくため息をつく。

「……ったく。じゃーね!」

 そう言って保健室を後にした。





 放課後になると、いつものように四人で下校する。普段なら和都の家のある方へ向かう道に繋がる十字路で別れてしまうのだが、塾がある春日のみ駅へ向かい、そこから特に予定がないという菅原も一緒に、小坂が普段使っている通学ルートへ足を向けた。

 小坂の家は、狛杜こまもり高校の最寄駅である『狛杜公園前』駅より一つ隣の『狛山こまやま』駅の向こう側にある。ちょうど高校からも見える小高い山『狛山』の麓あたりだ。

 線路沿いの道をひたすら山の方へ向かって進み、途中、駅の向こう側へまわると、狛山の方へ登っていく大きな道路を含んだ交差点が目に入る。その交差点の近くにアーケードを備えた商店街があり、入り口付近にある昔懐かしい雰囲気のお店が、小坂の祖母が営んでいる『小坂商店』だ。

 小坂はお店の前に押してきた自転車を駐めると、出入り口の引き戸をカラカラと開ける。

「ばーちゃん、ただいまー」

 来店を知らせるチャイム音に気付いて、奥から紺のエプロンをつけた白髪の小さなお婆さんが出てきた。

「あらあら。おかえりなさい、トモくん」

 そう言いながら、やってきた三人の高校生を出迎えたお婆さんは、少しだけ腰が曲がっていて、ニッコリ笑うシワの多い顔が、どことなく小坂に似ている。

「あ、ご無沙汰でーす」

 菅原がいつものように、お婆さんに声を掛ける。

 小坂自身の自宅はここからもう少し奥まったとこにあるのだが、お店の方が学校に近いので、部活のない日などは菅原としょっちゅう入り浸っているらしい。

「菅原くんも久しぶりねぇ。……あら、そっちの子は?」

 一番後ろに立っていた、見慣れない和都に気付いて声をかけた。

「あ、えと。初めまして、相模和都と言います」

「まぁまぁご丁寧に。小坂キヌエと申します」

 和都が頭を下げたのを見て、キヌエも両手を揃えて頭を下げる。

 ──おれより、小さい……!

 久しぶりに下を向いて話した気がして、和都は密かに感動していた。学校では学年内で一位二位を争う低身長のため、基本上を向いて話しているからだ。

 だが、こんなことで感動している場合ではない。気を取り直すように和都は小さく咳払いをした。

「あの、昔この辺りにあった神社のことで、お話を伺いたくて来ました」

「えぇ、えぇ、トモくんから聞いてますよ。こっちにどうぞ」

「はい、お邪魔します」

 人当たりの良さそうな顔で笑う和都に、二人のやりとりを黙って見ていた小坂と菅原が小さく引いていた。

「相模お前、ちゃんと猫かぶれるんだな」

「いやー、そらぁみんな騙されるわなぁ」

「どういう反応だよ……」

 和都本人としては丁寧に挨拶しただけのつもりだが、周りにはそうは見えないらしいので少々不服である。

 小坂商店は、昔ながらの駄菓子屋がそのまま日用品なども扱う商店になった形で、外から見える部分はお店になっており、奥はそのまま居住スペースになっていた。

 キヌエがおいで、と手招きする方へついていく。お店と居住スペースの間に会計する場所があり、そこは少し広いコの字形の、昔の家でいう土間のようになっていて、三人はそこに座って話を聞くことにした。

「この辺りの神社は、ほとんどすぐそこの『狛山』の中にあったそうですよ」

 のんびりとした調子でキヌエが話し始める。

「昔はもう少し山の範囲が広くて。でもほら、そこに電車を通したでしょう? その時に少し削ったんで、今くらいに。最初はそんなに高くない山だし、全部なくそうか、みたいな話もあったらしくて」

「平らにしようとしてたんですか?」

「そうそう。最初はそうだったみたい。だからその時に山の中にあった神様を、よそに移動なさったんだって曾祖父ひいおじいさんが言ってましたねぇ」

 元々はこの地域一帯を綺麗に整地して、新興住宅地にする計画があったそうだ。しかしその計画は途中で頓挫し、狛山の麓を少し削って、線路を通すだけで終わったらしい。

 確か、図書室で郷土史を調べた時には、山を削って線路を通した話はあったが、住宅地の計画が無くなったという記載はなかった。

 和都は話を聞きながら、持ってきていたノートにキヌエの話を書き留めていく。

「そっか、それでこの辺りってお寺に比べて神社が少ないんだなぁ」

「あぁ、言われてみれば、確かにそうかも」

 高校の周辺には、大小いくつかのお寺が存在しているのは知っていたし、図書館で調べた時もお寺に関する記述が多く、神社に関しての情報が少なかった。

 線路を通す前は、山側に神社、その反対側にお寺という感じで、今ほど極端な差はなかったのかもしれない。

「山から移動させた神社はいくつだったんでしょうか?」

「確か二つだったかしら。山の反対側のほうにもう一つあるんだけど、そちらを移動させる前に住宅地の計画が白紙になっちゃったから、そこはまだそのまま」

「じゃあ、山には最初三つの神社があったんですね」

「あ、ううん。四つ」

 そう言ってキヌエが、シワシワの手を広げて出して、親指だけ折って見せた。

「四つ?」

「山には元々四つあって、そのうち一つは電車を通す計画より、ずっと前に移動されてるそうよ」

「……そうなんですね」

 和都はメモを書き終えると、鞄の中からゴソゴソと小さく折り畳まれた紙を取り出した。

 それを丁寧に広げていくと、大学ノートを八枚ほど並べたような大きさになり、そこにはモノクロの地図が描かれている。

「これ、この周辺の地図なんですけど……」

「そんなの持ってきてたのか」

「うん。わかりやすいかと思って」

 座っていた上がり框の上に地図を広げ、三人は立った状態で覗き込んだ。

 狛山は背が低いわりに範囲の広い山で、道路も線路近くに二本と山頂を通過する道の合計三本が、山の向こう側まで続いている。小坂商店を含む商店街は、その三本に分かれる広い交差点の手前にあった。

「えーと、小坂商店がここでしょ」

「線路通すついでに山潰すのが始まりだったなら、線路の辺りから移動させるよね、やっぱり」

「となると、神社は線路の近くにあったのかな? もしかしたら線路になってるかも」

 地図上に走る、線路を表す記号の線をなぞりながら、その周辺にあるものを見ていく。基本的には住宅が多いようだが、そうではなさそうな空間もちらほら見受けられた。

「この辺りに空き地っぽいのあるね」

「ここもそれっぽいけど」

 気になる場所を見つけたら、スマホの地図アプリで見ることのできる航空写真と紙の地図を見比べ、実際は何があるのか確認する。

 そうして見ていくと、線路沿いに一箇所、そこから少し離れた山の斜面側に一箇所、気になる場所が見つかった。

 何かがあったらしい痕跡はあるが、アプリの写真では不鮮明で詳細は分からない。和都は神社の跡地候補の場所として、紙の地図の上に赤ペンで丸を付けた。

「とりあえず、二箇所はこの辺、かな」

「あと一箇所かぁ」

「その時に移動したのか、古いものなのかはちょっと分からないんだけど」

 地図と睨み合う三人を、ニコニコしながら見つめるキヌエが口を挟む。

「山の中腹にも神社があったそうですよ」

「あ。そういや、坂道の途中にも変な空き地があって、小学生ん時にたまに遊んでたな」

 キヌエの言葉で思い出したかのように小坂が言うので、地図上で捜索する範囲を線路沿いから山頂の方へと変えた。

「どの辺?」

「山頂に行くほうの道から、ちょい外れたとこだったと思うけど」

 一番大きい、山頂を通過する道路をなぞりながら、周辺に空き地らしい場所がないかと見ていく。

 基本山なので、地図上の山頂周辺は何もない空間が多い。ただ、航空写真を見る限りほぼ植樹された斜面のようだ。

「あ、この辺とか?」

 山頂を通過する道沿いに妙な空間を見つけて、和都が指を差す。ちょうど道路が大きくカーブを描き、膨らんだその先に、少しだけ樹の密度が薄い箇所があった。しかし小坂の反応はいまいちで。

「どこだったかまでは覚えてねーけど、てっぺんまで行く途中だったはずだから、多分その辺じゃねーかなぁ」

 道路に接したそれらしい場所が他にないので、和都は赤いペンでそこに丸を書く。

 さらに山の向こう側まで見てみるが、現存する神社が記されていたので、結局この三箇所だろうという感じになった。

「あの、移動された神社って何て名前だったとかは、聞いてないですか?」

 地図を折り畳んで鞄に仕舞い込みながら、和都がキヌエに尋ねる。和都の本来の目的は『白狛しろこま神社』を見つけることなので、分かるのであれば名前は知りたい。

「あー、名前については聞いてないわねぇ。曾祖父さんなら知ってたかもしれないけど」

「そうですか……。ここには、今はもう何もないんでしょうか?」

「跡地ってわかるようにしてるとは、聞いてますよ」

「なるほど」

 それであれば、現地に行けばその神社が何という名前だったか、くらいは分かりそうだな、とノートにメモする。

「ただ、どれの話かは分からないんだけど、一つだけ小さな祠が残ってるとこがあるらしいの」

「祠?」

「商店街の裏手の、もっと外れのほうに住んでたお爺さんが毎週お世話に行ってたそうよ。でもその人も数年前に亡くなったから、どこにあって今どうなってるかは分からないんだけど」

 キヌエの話によれば、そのお爺さんの家はお店をやっているわけでないうえ、ちょうど違う地区になるエリアに住んでいるため、それ以上の情報はないらしい。

 ハクの記憶では神様がいなくなり、人が来なくなった後も、小さな祠が残っていたそうなので、そこが白狛神社だった可能性は十分あり得る。

「そういや、神社を移動させたって、どこに移動したの?」

「線路を通す時に移動させた神様は、二つとも隣の県の大きい神社に移したって」

「神社に神社を引っ越しとかって、できるもんなの?」

「え? あぁ、どうなんだろう……?」

 小坂に言われ、和都もはたと思い直す。

 確かに、神社は引っ越しをするものなのだろうか? 何もない場所に移動するのはなんとなく想像がつくが、すでにある神社に移すというのは、ピンとこない。今までは考えたこともなかったので、和都はノートに調べることの一つとしてメモしておいた。

「その、引っ越した先の神社は、何という神社か分かりますか?」

「あら、なんて言ったかしらねぇ?」

 キヌエが困ったように首を傾げる。和都もそういうものに大して詳しくはないので、思いつきもしない。すると、

「隣の県で大きい神社ってなると、『安曇あずみ神社』とかかな?」

「あぁ、そうそう『安曇神社』」

 菅原の言葉に、キヌエが思い出した、と嬉しそうに手を叩く。

「『安曇神社』? おれ知らないや。菅原、詳しいね?」

「詳しいわけじゃないよ。デカくて結構有名なのと、うちの初詣、毎年そこに行ってるってだけ」

「あぁ、なるほど」

 和都はそう頷きながら、ノートに『安曇神社』とメモをした。

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