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04-04



「じゃあ先生、また明日ね」

「おう、気を付けてな」

 回収したポスターを廃棄して、通学用の鞄を持った和都は保健室を出る。

 バスケ部の使っている第二体育館の方を見ると、後片付けをしているようだった。もう少ししたら着替えて出て来るかもしれない。

 ──昇降口に行っとくか。

 そう考えて、本校舎の保健室とは反対の端にある昇降口に向かった。窓の外は、すっかりオレンジ色に染まっている。

 二年三組の下駄箱の、『相模』と書かれた棚を開けると、通学用の靴の上に、手紙の入っているらしい封筒が二通も置かれていた。

「……またか」

 ため息をついて、二通とも取り出す。どちらも白い無地の封筒で、表に『相模様へ』と書かれているだけで、裏を見ても差出人を示す記載はない。ただ筆跡が違うので、それぞれ違う人間からだというのは分かった。

 ──いつまで続くんだろうな、こういうの。

 中身を取り出して開けば、やはりそこには文字がビッシリ書かれている。和都からすれば狂気にしか見えない美辞麗句と、陶酔した恋い焦がれる様子が並んでいた。

 ──全部、おれのせいなんだよなぁ。

 自分のような異物を知らなければ、きっとまともな人生だっただろう。

 うんざりしつつ二通目を開いて読んでいると、昇降口のドアが開く音がした。顔を上げると、菅原が中に入ってくるところで。

「おまたせー」

「あぁ、おつかれ」

「また来てたの?『姫』の人気は衰えないねぇ」

 和都の持っている封筒と便箋に気付いて、菅原が揶揄からかうようにそう言った。

「……ほーんと、みんなにはおれが何に見えてんだかね」

 菅原の呼び方を指摘する気にもなれず、和都は視線を便箋に戻す。

「とかなんとか言いつつ、ちゃんと全部読むじゃん」

「三年からの呼び出しとかだったら、困るでしょ」

「あー……それは、確かに」

 二通目の手紙も全て読み終えると、和都はそれぞれの手紙をいつも通りにビリビリと破いていった。眉をひそめ、唇を真横一文字に引結んで、黙々と手を動かす。

 普段と少しだけ様子が違うのに気付いた菅原は何も言えず、その様子をただ眺めた。

「おれなんかと付き合ったとして、何の得があるんだろうね」

 バラバラの紙くずになった手紙を、自動販売機の横にあるゴミ箱に捨てながら、和都は呟く。そして、くるりと菅原の方を向いた。

「菅原、おれと一緒にいて何か良かったこととかある?」

 ふと気になって聞いてみる。菅原が珍しく戸惑ったような顔をしていた。

「え? あー……面白い?」

「……なにそれ」

 菅原が絞り出すように思いついて出した言葉に、和都はただ苦笑する。なんとも菅原らしい答えだ。

「でも、そんなもんでさ。おれと一緒にいたところで得なことなんて何もないし、あげられるものも、何もないんだよね」

 見た目だけで空っぽの自分に、手紙を貰うような価値はない。下駄箱に置かれる手紙を見つける度に、それを身につまされて気が沈む。

 和都は『相模』と書かれた下駄箱から靴を取り出し、上履きと置き換える。それから靴に履き替えようとして、あ、と気付いた。

「あれ、小坂は?」

「ん? ああ、自転車取りに行ってるよ」

「そっか」

 和都は学校から家が近いので徒歩通学だが、小坂は一駅隣という微妙な距離というのもあって、自転車で通学している。ちなみに春日も和都同様徒歩で通学しており、菅原は六駅先と少し遠いため電車通学だ。

 昇降口のドアの向こうに視線を向けると、ちょうど駐輪場の方から自転車を押してくる小坂が見える。

「よし、帰ろうぜ」

「うん」

 そう言って和都は、菅原と一緒に昇降口を後にした。





「ただいまー」

 菅原や小坂とコンビニに寄り道していたら、すっかり暗くなっていた。しかしそれでも両親はまだ帰っていないようで、黒い屋根に白い壁の一軒家は真っ暗なままだった。

 ──まぁ、そのほうが都合いいけどね。

 自宅に入り、玄関、リビング、キッチンと順番に家中の明かりを点けていく。さすがに遅い時間なので、奥の部屋の電灯も点けて入った。

 シーズンオフの洋服や、普段使わないものをしまっている物置に近いその部屋の一角。小さなチェストの上に、亡き父の小さな遺影と位牌が置いてあるので、和都はその前に立って手を合わせた。

「今日は図書室で神社のこと調べたよ。全然見つかんなかったけど、今度小坂のおばーちゃんに話聞けることになった。手掛かり、見つかるといいな」

 遺影に映る写真の顔は、記憶の中のその人と変わらず優しく笑っているだけで、何も答えてはくれない。

 ふと、放課後に仁科と話したときのことを思い出した。

「……先生が、視えても逢いたい人に逢えないって言ってて。本当だなぁって思った。父さんのこと、視えたことないもんね」

 よくある死んだ人が夢枕に立つ、ということもない。

 いくら逢いたいと願っても、ただただ記憶の中の父親を反芻するように思い出すだけだ。

「そういうもんなのかな」

 しんみりしていると、どこからともなく白っぽい半透明の、首だけしかない犬のお化け・ハクが現れて、寄り添うように話しかけてくる。

〔……カズト、大丈夫? なんだか寂しい気持ちが流れてきたよ〕

 普段はピンと立っている立派な犬耳が、へにゃりと小さく垂れていた。

 元狛犬のハクと和都は魂が繋がっている関係で、どうしても心の内を共有してしまう。どうやら父親を思い出していた時の気持ちが、ハクに伝わったようだ。

「ハクには分かっちゃうんだったね。……おれは大丈夫だよ」

 しょんぼりしているハクに手を伸ばして撫でようとしたけれど、その手は空中を切るだけで、触れることは出来ない。和都のチカラがまだまだ足りない証拠だ。

「……まだ無理だね」

〔そうだねぇ。まぁ焦らず!〕

「うん」

 和都はハクに笑いかけると、改めて父の遺影と位牌に向かって手を合わせて、

「それじゃー、ご飯食べて寝ます! あ、あとお風呂!」

 そう告げると、奥の部屋の明かりを消し、キッチンに向かう。

 両親は帰宅が遅い分、和都のためなのか冷蔵庫の中にはわりと温めるだけで食べられそうなものが色々と買い置いてある。どれにしようかと悩みながら、ふと放課後のことを思い出して。

 ──……そういえば、先生の逢いたい人って誰なんだろう。

 見たことのない、寂しそうな顔に気を取られて、聞きそびれてしまった。

 けれどきっと、聞かない方がいいのかもしれない。

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