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第十三話 勇者の手記・悔恨と懺悔

◆山羊の月:二十×日・訂正・二十六日



自分の考えの甘さ、旅の連れ合いを作るということの責任の重さを軽く見ていたことを悔いていたら日付が変わってしまった。

結局成り行きで教会に宿をお借りしたのだから、どうせ悔いるなら懺悔室を使わせてもらおうかと一瞬頭をよぎったが、懺悔の内容からして誰が入っているのか丸分かりである。匿名性もへったくれも無い。


それに懺悔の相手が私を此処で迎え入れてくれた神父様ならともかく、此処の修道女だというスコルアーチさんだったら凄まじく気まずい。


私は勇者の仲間というものについて認識が甘かった。


金銭や物、そうした報酬についてはモアレ公爵へ話をつけられる。

だが、名誉はどうだろうか。


各々の定義にも拠るだろうが、スコルアーチさんは直接魔王と相対し討つ機会を得る、それを勇者の仲間になる最大の動機、神に報いる誉れとしているようだった。


彼女が信ずる神。その敵を討ち倒し、教えに準ずる。

それを成し遂げよと、神から紋章という証を賜わった。それを誇りにしている。

非常に信心深く、信仰に凄まじい熱を持っている。


何か過去に、例えば、雷に撃たれかけたが偶然にも周りの木が避雷針となり助かっただとか、紋章以外に神の存在を我が身に刻みつけられる出来事でもあったのだろうか。



そんな彼女に、“魔王とは戦えないかもしれないけれど旅の道連れとなって欲しい”と駄目元でも言うべきなのだろうか?あの有望に見えるプレァザスタの勇者、ムーン・ブレイブを差し置いて。


実は、私自身が魔王と切った張ったをする可能性は低い。


そのことをあの騒動の後、スコルアーチさんに伝えると大層驚かれた。

理由は、単に各地に勇者が犇めいている今回はその分先を越される可能性は高いから、というだけではない。



例の晩餐会の際、最後にモアレ公爵へ私が放った言葉。


『私が、魔王を討つのですか』


今更になって、その事実がわが身に課せられた使命になることを認識した私に公爵は答えた。


『ああ、貴殿が“討ち倒したことになる”のだよ。如何様にでもな』



教会に認められた勇者の特権。

各国各地に根を張る教会から身分を保証され、しがらみ無く魔王に対抗する為の調査は何人にも妨げられない、らしい。


まだその段階まで辿り着けていないからその特権が如何に優れたものなのかという実感は無いが、一国の主がこの小男を“魔王探し”に有効な手として扱っている辺りからさぞ強力なものなのだろう。


あくまで、モアレ公爵が自分に期待しているのは“魔王を見つけること”である。


隠れ潜んでいる魔王を見つけ、動向を監視できればそこに向かって国からひっそりと討伐部隊を送る。と告げられている。

『連絡に間違いが無いよう、慎重さを忘れるな』との言葉と共に。


要するに自分は勇者のという立場を貰っているが、実質の所は斥候に近い。

勇者の特権を生かし、一国の兵士では立場上向かえないような様々な場所へ潜り込み、各国を巡り、魔王の影を探すのだ。


そうして隠れ潜む魔王を見つけたら、モアレ公国へ文を飛ばす。文字通り。

旅に出る前公爵様から小さな筒を二つ受け取った。赤い蓋と青い蓋付きのものを一つづつ。

中を覗いてみると、見たこともない奇妙な紋様がびっしりと刻み込まれている奇怪な物。

なんとか理解できたのは描かれた紋様はそれぞれ対になっているようであった。


モアレ公爵が言うには『この筒には転移の魔術陣が中に刻まれている。魔王を発見した際には赤い物に情報を記した紙を丸めて入れよ』とのこと。


転移魔術。噂程度にしか耳にしない高位の魔術。それを行使できるような品は金貨で取引されるのが当たり前。


恐ろしい。

一回こっきりしか使えないという硝子の様な質感をしているこれを間違って割らないよう気を付けねばならない。


ちなみに指でも間違って突っ込んだらどうなるのかと尋ねたところ、『吾輩は人体を収集する趣味は無い。控えるように』と告げられた。


恐ろしい。

筆をそんな事故で上手く握れなくなるのは避けねばならない。


逆に青い物は何なのかというと、こちらは“受信用”らしい。


『逆に、裏で各地に放った公国の者が魔王を発見した際にはそれに連絡が入る。それを受け取ったら貴殿は送られた紙に記された地へ向かうように。そうしなければ貴殿が、“勇者が魔王を屠った”という証明が難しくなる。教会と世を納得させるのが少々面倒になるのだ』


『逆に言えば、教会と世が認めさえすれば別に魔王を直接打ち破るのは貴殿でなくとも良いのだよ。ならばより確実な手段を取ろうではないか』



自分の中には、誰に言われた訳でもないが、“魔王を倒せるのは勇者だけ”という認識があった。


【魔王が現れる時、その身体に天から選ばれし証である“紋章”を刻まれた勇者が現れる】誰もが知っているこの伝承。

これに嘘偽りは無かった。


ただ、魔王を打ち倒すのは勇者でなくともよい、らしい。少なくともモアレ公爵が言うには。

表立って記していないだけでそうした勇者もいたのだとか。


『確かに魔王に対して勇者は天敵である。“浄化”の力等がいい例だ。その勇者が腕の立つ者であれば魔王に対して脅威となり得るだろう……ただ、貴殿はそういった訳ではない。そうであろう?』


無理難題を押し付ける気は無い、私は教会が保証する勇者の特権を使って魔王の居所を突き止めるべく尽力し、そして、魔王を上手く打ち滅ぼせた際にはしっかりその功績を受け止めることが私の役割だと。


私自身が手を下したか否かに関わらず。



そうしないと体面的に不味いのだということはよく分かる。

皆が信じている教義に選ばれた人物以外が倒したとなると、混乱を招き、不信が発生する。

それは、教会としても看過し難いだろう。


確かに世の人を害そうとする魔王を倒すならばそれは確実な手段であるし、それはいいのだが、正直なところ納得し兼ねてはいる。

自分がやってもいないことをやり遂げた本人を差し置いて自分の功績にするようなことは気があまりに引ける。



そして、その私以上に気が進まないのが敬虔な修道女であるスコルアーチさんだろう。


彼と違って寝床に困り、スコルアーチさんと神父様の御厚意で教会にて宿をお借りすることになった時、彼女には自分が武に長けていないことを、だからこのような手を使うことを正直に話した。

内容的に、教会の一員である彼女には伏せておくべきであっただろうが、それはできなかった。


神に仕える彼女にとって、私が渡すべき報酬は“自らの手で魔王を討伐する”という名誉なのだろう。

それを、私は恐らく用意できない。ならばそれは前もって伝えておくべきだ。


彼女が信じていた噂についても、生えてきた尾ひれを手足を取り除かせて真実を話させてもらった。


一瞬、もしやこの誇張された伝聞は理想的な勇者の偶像を作り出す為に公爵の指示で流された物なのかとも思ったが、そんな話は聞いていないし、そもそもそんな噂を流したところで実物はこんな有様なのだから返って不信を招くだけだし違うだろう。


実際、スコルアーチさんがそうであったように。


私が認定を受けた勇者であることを確かに認識した彼女は改めて頭を下げて謝罪してきた。

ただ、その赤い瞳には不安と失望の色がかすかに見えた。理由は恐らく前述の通り。


スコルアーチさんが形だけの名誉で納得する人物であればそれはそれで良かったのかもしれないが、少しだけ言葉を交わした身でも分かる。

決して彼女はそれを良しとしない人物。


今の所、私の公爵からの指令を他人には伏せてくれると約束してくれただけでも御の字。



勧誘の件について、公爵になんと申し開きしよう。頭が痛い。



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