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第十一話 勇者、そして勇者

「訳があって、城下町まで向かう所だったんです。でも、その道がご存じの通り大岩に塞がれていて……」


「そ、そこで、その、魔術を使って……邪魔者を消そうとしまして……」


「そしてその向かい側に僕達がいたんですね……」


「はい……」


…そういうことなら、あの時大声を出して此方の存在を知らせばよかった。日も暮れた頃合いで人気も無かったから誰もいないと思っても仕方がないし……その声が届けば一旦手を止めてくれたのかもしれなかったのに。……何で思いつかなかったんだろう。

差し迫った時は思ったより頭が回らないものなんだな。


「といいますか……岩を壊すような魔術ですか?その…教会の方ですよね?魔物とかを倒すような魔術師のご経験も?」


「あ、あー、いえ、そういうわけではないんですよ!説明しますと、教会にも、邪悪なるものを穿つ神から賜りし聖なる光の槍を撃ち出す魔術がありまして。それは……敬虔に神へ祈りを捧げる者にしか扱えないと言われるものなんです!それをわたしは修練の末扱えるようになったということなのです!それを使ったわけなんですね!」


「そ、そうなんですか。凄いですね」


目線の落ち着かない彼女は若干何故か興奮気味に槍の魔術?について詳細を捲し立てる。教会の方が治癒魔術や…解呪の魔術を扱うのは知っていたけどそういったものがあるというのは知らなかった。

その魔術は今回“邪悪なるもの”ではなくただの大岩をぶち抜いたのだがそれは教義的にいいんだろうか。


……まぁ、あのままだと間違いなく往来の邪魔になるし、見方によれば人間にとっては悪の存在とも言えなくは無い。今回は神様も融通を利かせてくれたということなのだろう。


「……あ」


そういえば、今は何処に向かっているんだ?


僕は今城下町から乗らせてもらった貴族御用達の馬車の中で横たわっている。インク壺との攻防を繰り広げた時に見えた天井は今も同じように僕の視界に広がっていることからそれは明らかだ。


ただ、その時とは違う点が二つ。一つは褐色の肌に人間離れした…美しく赤い双眸を持つ、修道女の衣服を身に纏った同乗者の存在。……まだ先程の魔術について熱弁を振るっている。余程信心深い方なんだろうか。


もう一つは、馬車が微細ながら揺れていること。どうやら御者さんと馬は無事でいてくれたらしく、今も手綱を取り、手綱を取られているようだ。


……いや、冷静に考えれば行先は一つか。


「今は……ライラ村に向かっているんですか?」


「……あっ、はい。馬車の方にもそうお願いして戻ってもらって……ああ、いえ、あなた方からすれば[戻る]はおかしいですね。向かってもらってます。わたしの村まで着けばもっときちんとした環境で休めますから……もうしばらくの辛抱を。本当にごめんなさい……」


先程まで熱弁を振るっていた口は思い出したかのように勢いを失くし、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。


「ああいえ、事故なんですから。それより城下町へ向かう所だったのに引き帰させることになってしまって……」


「何を言うんですか!付き添うのは当たり前です!道理として、放っておいて良いわけがありません!」


ぐい、と赤く瞳孔の開いた眼が僕の顔に近づく。肉食獣を思わせる、その視線を向けられた者に有無を言わせない迫力のある力強い眼。

言ってることは立派だけど、なんだか圧があってちょっと恐い。


「それに……天から選ばれし勇者様の未来の一員としても、このような形で困らせた方を放っておくなどあり得ません」


「はぁそれは…………それは?勇者?」


最近になってしょっちゅう聞くようになった言葉、勇者。その仲間……未来の?

口ぶりからしてこの人はライラ村の人。そして教会に属する修道女。城下町へ向かうという発言。


……頭の中で、ある結論が形を成す。


「……あの、貴女は、もしかして身体に例の紋章を持つ────」


紋章、という言葉が耳に入るか否や、近かった顔が更に距離を縮める。


「えっ!知っているのですか!?まだ村の外の方には話した覚えが無いのに?何故?」


「あっああいや……ちょっとした噂と聞いていたといいますか……」


……貴女のことを国の人間が探り回ってました、とは正直に言わない方がいい気がする。少なくとも今は。


「ほら、最近になって教皇様が魔王が現れたことを宣言なさったでしょう?それと……勇者達の出現も。そんな時に自分は勇者の仲間とかなんとか仰ってたのでそうかなぁと」


「なるほど……フフ、そうなのです。そう隠すことではありませんし……いえ、逆ですね。もっと誰かに、どなたにも広く知ってもらうべきことです。わたしは天に選ばれし、認められた“僧侶”だと!わたしは神の栄光をこの体に賜った者なのだと!」


銀色の前髪が帽子から覗く顔が勢いよく僕から離れ、天井を仰ぐ。

治癒魔術を僕の頭にかけ終えた両手を祈るように組み合わせて。

いや、ようにではなくて実際彼女の信じている神に祈りを捧げているんだろう。背の高い立派な体格をしているから少々天井越しの祈りは窮屈そうだ。


「貴方様も是非!覚えていってください!ライラ村の修道女、リリア=スコルアーチ!勇者様に仕える…予定の敬虔な僧侶!リリア=スコルアーチでございます!」


「は、はい」


窓を震わせる街頭演説のような声の張り方はさておき、この人が僕がその勇者の一人であるということには気づいていない様子だ。

僕を助け起こす時に御者さんから聞いたりはしなかったらしい。もしくは聞き流してしまったか。


「そうでしたか。やっぱり……ところで……よいしょ……じゃあその紋章は何処に?よければ見せて頂けたりは……」


治癒魔術も一旦は終わったらしいし、ゆっくりと上体を────彼女の手の動きを警戒しながら起こして隣へ座り直す。


「……ん…その…胸元にあるのです。お気持ちは分かりますし実際に証としてお見せしたくはあるのですが……」


「アッいえいえいえとんでもない!失礼しました!」


「ああっいえ……」


「…………」


「…………」


「…………はは」


「…………へへ」


馬車の中に、車輪が砂利を轢き潰す音だけが響く。


気まずい。


お前は何をしているんだ。リート。自分の紋章が何処に出てるのか忘れたのか。お前だって聞かれたら困るんだから他の人もそうなる可能性を考慮しろよ。


「……あ!そうだ!城下町へ向かわれるところなんでしたよね?」


「ん?ああ……ええ。そうです」


どうにか気まずさを拭い去ろうと話題を引っ張り出す。やらかしたあの気遣いの無い発言からの沈黙に耐えられない。


「やはりあちらには大きな教会もありますから、選ばれた僧侶として顔を出しに?……あ、それにモアレ公爵に謁見されに向かわれるところだったとか?」


「あ、そうですそうです!いや、大きな教会を通じて“認定”をもらうことも目的の一つですが……」


「…ですが?」


「何をいっても、まずはモアレ公国で早速ご活躍なさったという勇者様とお会いしたくて!居ても立っても居られなかったのです」


「……ほ、ほぉ?勇者に?」


スコルアーチさんの顔がパッと明るくなり、口が滑らかに滑り出す。


ここにきて、僕がライラ村に向かっている理由が漸く頭に蘇る。

そうだ。勧誘だ。


本人が乗り気でないなら無理に誘うつもりは無かったが……話を聞かせて貰った限りそういうことはなさそうだ。


とんだ事故を起こしてしまって出会いは良いものとは言えないだろうが、これは………僥倖では?

おまけに城下町へ向かった理由は僕に会いたかったと────


「…………ん?活躍、ですか?モアレ公国で、勇者が?」


「ええ!勇者様が見事公爵令嬢にかけられた呪いを浄化し、更にはその呪い主まで打ち倒したと!耳にしています!」


「ん?……ああー……」


間違いではない。一応。間違いではないけれど……なんだか、違和感があるというか、温度差がある気がする。



「魔王の復活を気取ったある不届きな魔族……先代魔王の時代から生き残りであるという悪名高い側近。そのク、野蛮極まる者が魔王に捧ぐ生贄として高潔な血を求め…貴族の女性を呪いを使い捕らえようと画策した……」


若干話に尾ひれがついている。良くも悪くも例の魔族名高くは無かったし………。


「ですが!そこにさっそうと現れるは体に選ばれし証を刻んだ勇者様!城を訪れたその堂々たる歩みは見る者を魅了する眩ささえあったとか!」


話に激流にも逆らえそうな大分しっかりした尾ひれがついている。屈強な二人に引き摺られていったから正直あんまり自分の脚で歩いてない。眩さは……物理的な話なら間違いではないけれど。


「勇者様は公爵令嬢に癒しの光を放つ紋章をかざすと、卑劣にも姿を隠していた魔族を呪いの印を逆に利用して引き摺り出し!破れかぶれのまま襲い掛かる不届き者の一撃を軽くいなし!一刀のもと斬りふせたッ!!」


もう尾ひれどころが話に手足が生えて跳ね回っている。進化し過ぎだろ。蛙かよ。

剣振ってないよケツ振り回したんだよ。


「……いかがですか?これが、ふぅ……勇者様。わたしがお仕えすべき方────」


「あー………あの、その話は何処の誰から……?」


「ん?いえ、特定のどこかからだとか誰かからということは特に……村の皆様や外から来られたお客様と色々と情報を交換し合いましたから」


「……そうですか」


……何処で話がこんな風になってしまったんだ。確かに折角の勇者譚がケツの紋章がどうのこうのでは吟遊詩人も詠いたがらないだろうけどこれは………。


…いや、もう情報が何処で曲がったのかとかそもそも初めはどんな話として広まっていたのかとかはもういい。

問題はそれをこの人は信じているということ。

そして、真実は勇者はこの目の前にいるちんちくりんということだ。どうしよう。


「そうだ!あなたは……察するに城下町の方から来たんですよね?こんな立派な馬車この辺りでは見ません!」


「あっああ、そうですね」


「やっぱり!では、勇者様を実際に見たことがあるのでは?」


「ん-……ええ……」


「そうですよね!最近一気に名を上げた方ですものね!」


肯定とも否定ともとれる曖昧な返事。それを彼女は迷いなく肯定と取る。


「どんな格好をされていたんですか?不勉強でどんなお姿をしているかまでは知らないんです。でも、一刀のもと不埒者を倒したということはきっと強い方なんでしょうね。来る日に備えて欠かすことなく鍛え続けられたような…もしかしたら若くして剣の師範代を務められる人の様な…早くお会いしたいです」


「…………」


「勇者様と一緒に旅に出て、弱者を付け狙う賊を討ち、魔王の信奉者を張り倒し、魔物を討ち取り、空を支配し恐怖をもたらすドラゴンを叩き落とし………魔王をこの手で屠る。それを現実にできる。世の中を正すために力を振るえる。許される。それが嬉しい。嬉しいんです」


「…まずはライラ村でお仕事をお願いしたいですね!最近中々大きい大牙猪ボアが近くをうろついてて皆不安がっているんです。一緒に討伐して、それを勇者譚の一幕に……」



……スコルアーチさんは、抑えきれない感情を噛み締めるように言葉を静かに紡いでいる。


この修道女さんがどういう気持ちを抱えて勇者に着いていこうとするのか。その全てをついさっき会ったばかりの自分が察することはできない。


だけど、確実なのは並々ならぬ思いを勇者という者に持って期待を寄せていること。ついていけばきっと自分は華々しい……自分を誇れるような活躍をできるだろうと考えていること。


……自分はそれを叶えられるのか。


ちらっと話に出てきた大牙猪ボアのことは知っている。大まかに言うと魔物に認定された体の大きい猪。木こりの手伝いをしに行った時に出くわしたことがある。あの時は────森の中を死ぬ気になって逃げ回り、ギリギリのところで村の猟師さんが仕掛けた落とし穴を見つけられて、牙を振り回して暴れる大牙猪を罠に嵌めることで事なきを得た。おかげで足腰が鍛えられた。


要するに、罠を見つけられてなかったら死んでた。多分。


そんな人間がこの夢見る修道女さんの願いを叶えられるか。おまけに自分の勇者としての事情も踏まえると……。



がたん、と馬車が揺れる。


ぶるるる、と馬が口を鳴らす声。そして、馬車のすぐ横で誰かが土を蹴る音────そして、扉が丁寧に開かれる音。


「君!着いたけどご容体はっ、ああ!お目覚めになりましたか勇者様!」


「…………は?」


「よかった!一時はどうなるかと────」


御者さんが開け放った扉から飛び込んできたのは新鮮な空気、門の傍で揺らめく角灯の光。そして────



《────みんな出てこい!勇者様がお戻りになったぞ!》


「……え?」

「………はぁ?」

「はっ?」


ライラ村に繋がっているだろう門の奥から、日が落ちた時間に相応しくない大きく太い声。それが僕の鼓膜を貫いた。


「………勇者様?…スミスさんの声?…勇者様?」


彼女には声の主に心当たりがあるらしい。が、その大声を張り上げた理由に心当たりは無い様子。

僕にもさっぱり分からない。何故……?


「……何故村の者が、たった今勇者様が来られたことを知っている?ご希望に沿って知らせは出さなかったはずだろう?……いや待て……そのスミスとやらは何処で声を上げている?何処にいる?」


御者さんが扉から後ずさり、辺りを見回す。僕も続いて馬車から飛び出す。


声がした方に顔を向けると目に入ったのは、木の板を張り合わせた羊を閉じ込めておくような素朴な作りの低く連なった柵。中央だけは少し高くなっており蝶番が付いている。きっとあれが村への門代わりなのだろう────その門は空きっぱなしで見張りの一人もいないけれど。


「は?何で誰もいないの?見張りの人は?最近大牙猪ボアがうろついてて危ないって────なに?あの人だかり……」


心底不思議そうに馬車から降りてきたスコルアーチさんの視線の先、不用心に開いた門の先には騒がしい男性に女性に大人に子供に────軽装防具を付けた見張りらしき人の後ろ姿まで見える人だかり。


村の人々は────誰も此方を見ていない。輪のように集まって、その中心に向かって関心を向け黄色い声を上げている。


そうして集まっている人々の顔は門の近くでも分かる位、光に照らされたように輝いて……いや、実際に光に当たっている。

輪の中心に近い人は何か……淡い光に照らされている。




「勇者様!ようこそおいでくださいました!ご挨拶が遅れまして!」「こんなすぐにあの大牙猪を倒して戻られるなんて……」「畑が荒らされないか不安だったんです!この辺たまーに出てくるから…ありがとうございます!」「剣一本でこれを狩ったんですか!?すげぇ!大物ですよこいつ!」「いや……この剣業物だぞ…!」「それが紋章ってやつですか!本当だ光ってる!」「討伐のお礼は本当によろしいんですか?」「触ってみてもいいですか?」「プレァザスタから来られるなんて長旅だったんじゃないですか?どうぞウチの宿に泊まってってください!お代は結構ですんで!」「ありがとうございます!わっちょっとあったかい!」「魔王が現れたって本当なんですか?私不安で……」「ゆうしゃさまなかまはいないの?ひとり?」「だから探しにいらっしゃったって言ってるでしょ失礼なこと言わない!」「すげー!なんかグって力入れたら光るんだ!かっこいい!」「あんたもあんまベタベタすんじゃないよ!」「騒々しくてすいません。お疲れでしょうに」「魔法?魔術?も使えるんですか?興味あって……あたしにも使えるようになるかな?」「良い剣をお持ちですね……!!業物ですよこれは!こんな年になってお目に掛かれるとは!」



「ありがとうございます。討伐の謝礼は結構ですので。勇者として当然のことをしたまでです。件の大牙猪ボアも皆さんで活用して頂ければ…」


「ねぇねぇ!モアレさまのねっ、お姫さまねっ、助けたのってほんと?呪いをキスで解いたってほんと?」


「はは、それは…私じゃないよ。私は別の遠い国から来たんだ。仲間探しの為に。その公爵令嬢をお助けしたのはこの国の勇者だろうね」




「えっアーリアお嬢様に口付けしたんですか勇者様」

「してないですよ婚約者の目の前でやれますかそんなことッ」


多分何かの御伽噺と混ざってる。丁度尋ねているのはそうした話を親に夜な夜なせがんでそうな年頃の女の子だし。


いやそれよりも、その女の子に目線を合わせる為に片膝を地面につけて、遠目からでも分かる立派な剣を腰帯に差したあの若い男性。

後ろに流した金色の頭髪が淡い光を跳ね返して輝いている────自身の手の甲から放たれる、淡い光を。



「“紋章”だ……勇者様の紋章が手にある…あの方が、え、でも」


スコルアーチさんの赤い眼が丸く大きく見開かれ、此方へ向けられる。


「あの人は別の国って、今、いやさっきも、あなたを勇者様って御者さんが…」


…気付いた。気付かれてしまった。


「何を言っているんだね君。一緒に助け起こした時もそう呼びかけただろう。気付いてないのか?向こうにいるのは知らないが……そこにおられるのは教会から認定を受けた、モアレ公国の勇者。リート・ラゴン様だぞ」


「…………ぇ」


小さな、吐息と勘違いするような声が彼女の口の端から漏れた。


理由は……何となく察しが付く。

彼女は少なくとも、モアレ公国の勇者のことを“姫君を襲った悪魔を一刀両断した偉丈夫”だと思っていたんだから。

けど、横にいるその実態は────



「────ごめんねお嬢さん。またお話しするからね……失礼。通してください。暗いから足元には気を付けて……失礼」


人の輪が一人分を切り分けたホールケーキのように割れ、そこから勇者が此方に向かって歩み始める。自己に対する確かな自信を感じさせる足取りで。



「やぁ、こんばんは。君が“紋章の僧侶”。リリア=スコルアーチさんだね?出ていったと聞いたから追いかけようと思っていたんだが……何があったか知らないけれど思わぬ幸運だ。横の……横の包帯の君は?随分と……変わった模様の服だな」


……そういえばインク零してそのままだった。もうバリバリだ。早く着替えたい。


「まぁ人の格好にケチをつけるつもりは無い。人に迷惑を掛けない限りは好きな装いをする権利がある。余計なことを言ったな────さて、僧侶さん。私はプレァザスタの勇者……ムーン・ブレイブ。単刀直入に言おう」


左手の甲に火の様な紋章を宿した勇者は僕からすぐに目線を切り、一歩踏み出し、厚い革の手袋を外し────未だに困惑が消えない様子のスコルアーチさんの手を両手で包むようにがしりと握りこむ。



「自分の仲間になって欲しい。共に魔王を滅ぼそう」




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