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第六話 邂逅、そして理解

  ◇◇


薄い絹布が天蓋から垂れ下がる気品溢れる寝床。そこに横たわるは貴い生まれの女性。更にその傍に白い鎧に赤い外套が生える騎士。

そして尻が光り続ける不審者。僕の存在が場の雰囲気にとんでもない不協和音をもたらしている。


「……騎士団長様。角度合ってますか?」


「大丈夫です。そのままゆっくり後ろに下がって……その紋章が光るのはどうにか止められないんですか」


「止められるかどうかすら分からないんですよこれ。逆にその方法知りませんか……?」


結局“解呪”をこの場ですることになってしまった。本人に無断で。なんで誰も“ちょっと待った”って言ってくれないんだ。


おまけに場所が場所。僕の背中には眼なんて付いていないし位置の調整が非常に難しい。

なのでこうやって立ち会っている騎士団長に誘導してもらうしかない。


「教会の記録を遡ればそれらしい情報が見つかるかもしれませんがっあっ待ってくださいズレてますもう二歩右に!何もない方のお尻がくっついてしまいます無礼ですよ!」


「無礼はもう今更じゃないですか…?」


こんな風に右だ左だもう一歩前だと誘導されるのは小さい頃に村のお祭りでやらせてもらった西瓜割り以来だ。こんな気持ちが盛り下がる西瓜割りがあるか。


「そのまま、そのまま中腰で後ろに下がって……転ばない様に!そこで尻餅ついたら無礼どころではすみませんよ!」


「分かってます恐ろしいこと言わないでッ」


「“浄化”が終わればリーリアっ、様の顔から召喚陣が消えますからそうなったらすぐに離してくださいね!さっきも言いましたけど」


「それも分かってますけどっこっちからは分からないですよその瞬間!しっかり見て教えてくださいねすぐ!」


「あと少し、あとちょっとだけ後ろでッ」


「う……あら…アカバネ様…?」


「しまってッ!すぐしまってッ!!戻って!!」


騎士団長の焦った声よりも前に、背後から鈴が微風に揺られるような弱弱しい声が聞こえてきたその瞬間僕は弾かれるようにベッドから離れ、そんな僕を隠すように騎士団長が目を覚ました御令嬢の視界を遮るようにベッドの頭元に素早く身体を移す。


この隙に自分は素早く自分の“身支度”を整える。


「まぁ…アカバネ様?見舞いに来てくださったのですか…嬉しい……あら、もう一人何方かいらっしゃるのですか?」


「あぁ、ええ、まぁ、はい。お嬢様の……そうですね、呪いを解く、専門家と言いますか」


歯切れの悪い申し送りを行う騎士団長の背後で、漸く人前に出られる格好になった僕はおずおずと御令嬢の視界へとお邪魔する。


「んん……お初にお目にかかります……ラゴン村のリート…リート・ラゴンと申します」


陶器のような肌に映える、御令嬢の碧い眼が僕の顔を捉える。人を疑うことを知らなさそうなそんな綺麗な眼で見られると何だか色々辛くなってくる。


「まぁ……お若い先生ですのね……ごめんなさい…ご挨拶も碌にできなくて」


「いえいえいえそんな…あと、あー、お医者という訳ではなくて……」


同じように歯切れの悪い申し送りを行う僕に、御令嬢は不思議そうな視線を向ける。

確かにいきなり病気してる自分の家に現れた他人が特に医者じゃなかったら誰なんだ。


「……ああ、そうでしたわね。これは手に負えない“呪い”だと、お医者様には言われていたのでした……解呪師の方ですのね」


「えー、まぁ、そういった所です……」


「お嬢様、体調の方は……」


「大丈夫……と言いたいところですけど、あまりよろしくはありませんわね……先程も、天に召される夢を見ました。強く眩い光が私を覆って……あれは天上へと私を導いてくれる光だったのでしょうか」


「お嬢様!そのようなことを仰らないでください!」


「そうですよ!その光多分そんないいものじゃないですよ!」


嘘は付けないが、その光は天上からかけ離れた所から出てるものだという真実も伝えづらい。


「……さっきから何をしているのだ。早く解呪に移れぬのか」


薄布の向こうから焦れた空気を纏ったしわがれ声が聞こえてくる。八方塞がりだ。もう正直に説明するしかない────


「………う……う」


「…お嬢様?」


「…ん、ぐっ、あか、あかっバネ様……」


───様子がおかしい。白い頬にあった赤みがみるみるうちに引いてゆく。白い肌がますますその白さを強める。血の気が失せてゆく。


「……がっ、ぐ」


「お嬢様!?リーリア!!」


────口の端に泡が浮かぶ。御令嬢は自身の身体を忙しなく、まるで体の中を這いまわる“何か”を押さえつけようとしているかのように腹や胸の上で手を頻りに動かし続ける。


「ちょ、ちょっと?どうしましたか!?」


「うっ、うぅんんあっっが……あ!!」


「アカバネ騎士団長!?どうした!これはお嬢様の声か!?」


ベッドの周りに吊られた薄布が勢いよく突風に煽られたかのように大きく揺れる。後ろを振り返ると血相を変えた神父様が中へと飛び込んでくるのが見えた。


「リーリア!しっかり気を───」


隣から切羽詰まった騎士団長の声が聞こえると同時に、ばり、ばり、と質の悪い布を引き裂くような不快さを感じさせる音が耳に入ってくる。慌てて音の方、御令嬢が横たわるベッドの方へ向き直る。そこには────


「……ああ?近いっちゃ近いが……違うな。送る場所はここじゃなかったか」


頬に浮かんだ円形の、蔦が絡んだ格子を思わせる召喚陣の真ん中から、鋸のような歯を覗かせる口────奇妙にも口だけが御令嬢の頬に浮かび上がり、何か訳の分からないことを口走っていた。


「────イムズッ!ネザルッ!武器を抜け!!」


未だに大きく揺れる薄布の向こうで金属が勢いよく擦れる音が、ほぼ同時に二つ。すぐ隣から一つ。


「…何があった。この声は…貴様は何者だ」


この異常事態においても威厳を失わない、どっしりとした重ささえ感じさせる公爵様の声が覆いの向こうから侵入者に問いを投げかけた。


「へっへへ、俺が誰かって?はっはは」


眼がほぼ開いていない、意識が朦朧としている様子の御令嬢、その頬に浮かぶ尖った歯を持つ口が口角を持ち上げ、御令嬢の頬を引き攣らせる。


「聞いて驚け…恐れ慄け…俺は先代魔王、ルーサレ=ベルデウスの側近が一人!────上級魔族、グリィダ=クラウン!」


長く青い舌を蠢かせ、高らかに名乗りを上げる呪いの主。

上級魔族、グリィダ=クラウン。その名は────


「……誰だ?」


「えっ誰ですか?」


「…知らん名であるな」


「えっ」


「…心当たりが無いぞ」


「おいネザルよぉ。知ってるか?」


「いや……知らん。誰?」


誰も知らなかった。自分が不勉強な訳ではなかったらしい。

「…えっ?」と、頬の口が再び戸惑いの声を小さく漏らす。


「そもそも魔族の方に上級とか下級とかありましたっけ?身分みたいな感じで……?」


「無いです。こいつが勝手に言っているだけでしょう」


がぎり、ぎし、と歯を食いしばる音。頬の口が────グリィダ=クラウンと名乗った口が、先程のたくらせていた舌を仕舞い込み、尖った歯でまるで見えない何かを強く強く咬み潰すように擦り合わせる。

どうも、悔しさという名前の付いた苦虫を食い潰した様子だ。


「………いいや、いいさ。確かに“前回”は出遅れた。だから名前も正直…残らなかったのかもなァ……」


歯軋りを止めた口が、ふぅ、と息を吐きだしぼそりぼそりと何かを呟く。


「だが“今回”は違う。今回はまだどっちもどこも誰も見つけてねぇ……俺が一番乗りになるんだ……へへ…」


「何をブツブツと…リーリアの身体から早く出て行け!!」


「焦んなよ。そう言われなくてもそうしてやる」


最初の調子を取り戻した奇怪な口がにやにやと笑い、べろりと長く青い舌をべろりと伸ばし───呼吸の荒い御令嬢の頬の肉を持ち上げるように舐め上げる。


「貴様ッ────」


「てめぇらが新しい魔王様への手土産だ。人間の貴族に……どうせ教会の奴らも一緒なんだろ?丁度いい」


「なっ、おい!ぬぅ、貴様……」


まずい。とにかく、今一番危険なのは────


「……娘さんは!?あの人が無理矢理出てきたら体力とか、不味いんじゃないですか!?」


「…勇者様。不味いのは間違いないです。ですが、同時に好機でもあります」


焦った僕の声に対して、脅威に対して剣を構えて肩を震わせる騎士団長────ではなく先程入ってきた神父様が答える。目の前の脅威に気取られないよう小声で。


「あの魔族…呪い主がお嬢様の身体を通して出てくることはもはや避けられません。お嬢様の体力に、魔力は大きく削られ衰弱しその身に死が迫るでしょう」


先程の話の通りだ。呪われた人を強制的に生贄にして自分を召喚させる呪い。今はその最終段階にある。こんな急激に進むものなのか。


「ですが、記録によると、この手順で召喚された本人を間を置かず討伐できれば、その削られた体力に魔力は呪われた者の元に戻るのです」


「えっそうなんですか!?」


「実例も残っております……しかし」


不気味に蠢き、格子が解けるように形を変えてゆく頬の召喚陣。それを見ながら神父様は顔をしかめながら話を続ける。


「即座に倒せねばお嬢様は持たぬでしょう。……精魂尽きた後に力を取り戻せても、手遅れです」


「そんな……!」


「相手は…無名ですが呪いやその魔術陣の精度を見るに、確かに自分のことを上級というだけのことはある実力者のようです。恐らくアカバネ騎士団長でも梃子摺る」


すぐに倒せないと意味が無いのに、それが難しい。それは、かなり不味い。


「…何か僕にできることはありませんか」


剣は多少嗜んだ程度で、素人に産毛が生えた程度だ。そもそも今剣持ってないけど。短剣くらいならあったが…それは預けた鞄の中。

でも何もしないわけにはいかない。僕は僕の全力を尽くさないと。目の前の人が死んでしまう。


「…こうした呪い主が直接出てきた場合にも、勇者の紋章は有効でした」


「え、紋章が?」


「召喚陣から飛び出た呪い主の魔族を勇者の紋章を押し当てた所、一瞬の接触でその力は弱まり、そのまま押し当てる続けると煙を発し、たちどころに消え失せ呪いが解かれたとの記述が残っています……ですが、その動きを封じて取り押さえるまでどれ程の時間を要するか……」


「……でも、紋章が有効なんですね?」


「確かにそうですが……今はそんな二度の手間をかける余裕が…」


「それなら────」



  ◇◇



自分の身体を一時的に魔力に換え転送する、“先代”の時に染み込んだあの感覚。細かい粒になった自分に間抜けな宿主の体内を蹂躙させ駆け巡らせる得も言われぬ快感。それを今再び味わっている。ああ、やっぱり最高だ。

こんなことを生まれ持ってできる才能を持っているのに倫理だの正義だのに邪魔をさせてやらない同族の気が知れない。そんな腰抜けどもの気持ちなんて分かりたくもない。


自分の特質なのか、“呪い先”で実体化しようとするとどうも先に口だけ現れる。それはそれで向こうの慌てふためく様子が音だけで楽しめて中々良い。……今回は少し、少しだけ苛立ったが。

そういえば口だけなのだから視界が確保できないのは当然として、音だけは聞こえるのは何故だ?………まぁ、どうでもいい。こんなことを考えるのは時間の無駄。今を楽しめればそれでいい。


……余計なことを考えていたら、先程の苛立ちがぶり返してきた。誰も知らない?ご存じないだ?クソ共が、どうせ全員歴史の知識が浅い短命種だろう。虫けら共め。


今度こそ!てめぇらの百年も持たない脳味噌に俺という上級魔族、尊く恐ろしい強大な存在を刻み付けてやる。二度と忘れないようにな!


今度こそ!俺が一番乗りになる!確かに感じるんだ、新たな魔王の鼓動を!確かに聞こえるんだ、荒れた地で育まれ歪んだ魂が黒く燃え盛る音が!


今度こそ!俺は徹底的にこの生まれ持った力で暴れ回るんだ!もうこそこそ隠れねぇ!


「…グリィダ=クラウン伝説のぉぉぉ幕開けだぁぁッ!!」


思いっきり、今までひっそりと生きてこなきゃいけなかった鬱憤を活力に換えて、ギリギリまで引き絞られた弓矢の如く召喚陣から飛び出す───


「────アッツ、熱あぁぁ!!!?」

「あ痛ぁっ!!」


そして、思いっきり何か、柔らかく、熱い物にぶつかった。



  ◇◇



「────アッツ、熱あぁぁ!!!?」

「あ痛ぁっ!!」


脚にはちゃんと力を入れて踏ん張っていたつもりだったけど、思った以上の速度で突っ込まれて弾かれてしまい赤い絨毯の上に顔から着地し情けない恰好で滑り───終いにはでんぐり返って視界が床から天井へと思いっきり跳ね上がる。床に叩きつけられるように仰向けになってしまったが何とか薄布の向こうまでには行かなかった。けど顔が熱い。


「え、なに、はぁ!?」


力の限り…僕の尻に正面衝突────尻と“正面”衝突というのもおかしな話だが、とにかく衝突は衝突だ────をした側頭部に山羊の様な角を生やし、黒と赤の派手な縞模様の袖や裾が膨らんだ衣服を身に纏った人物は、何が起こったか分からない様子で煙の出る額を両手で抑え、身体を震わせる。


逆さの視界に捉えられた彼は、混乱しながらも必死に状況を立て直さんと脚に力を入れ踏ん張り立ち上がろうとしているが、杖無しでは歩けないお爺さんのように足の動きが非常に覚束ない。立ち上がれない。その事実が更に彼を混乱の渦に叩き込んでいる様子。


「効いてる!弱ってる!もう一回行くぞ!!」


「勇者殿立って!立って!中腰!」


「ぬぁぁよし!もういっちょ行きます!」


そうだ!すぐに次に移らないと!

農作業で鍛えた腹筋と背筋を頼りに身体を跳ね上げ、再び呪い主を“出待ち”した時の体勢をとる。畑に植わった背の低い作物の世話をする時によくとる慣れた体勢。

気合十分なことを示す為に左尻を自らスパァンと叩く。我ながら割といい音が響く。


「眩しッなんだてめぇ……勇者!?なんでいっなんでケツ!?」


それは僕も知りたい。知ってたら教えて欲しい。知らないだろうけど。


「おらッもう一発だ!!」

「立て!勇者殿の尻に接吻しろッ!!」


「え!?おい…やめ、やめろ!!やめろ!!」


僕をここまで、文字通り引っ張ってきた二人の声と暴れる何かを引き摺る音が背後から聞こえる。自称だが魔王の側近だったという魔族の人を人間二人で抑え込めているということはやはり紋章の効果は覿面のようだ。

接吻はさせなくていいと思う。されたくない。


「ああ!?淑女のお顔は舐めれて野郎のお尻は嫌ってかぁ!?差別主義者め!!」

「貴様のような奴がいるから何の罪もない魔族も肩身が狭いのだ!!好き嫌いはいけませんと母親に教わらなかったかァ!!」


「ああ"あ″ひゃめろ!!」


ああっ多分舌引っ張られてる。え?本気で舐めさせようとしてる?


「勇者殿!もう一歩後ろに!────俺が足を抑える!イムズ!そのクソの顔を持ち上げろッ!!」


「はっ!!」


「あ"あ"う"」


猛った騎士団長の怒号。首を思い切り捻られたのだろう空気を絞り出すような呪い主の呻き。


「勇者殿!!そのまま“尻餅”です!飛んで!!」


「は、はいっ!」


お尻から鼻息が掛かる位近い距離に誰かの顔があるのが分かる。この感覚はお昼の宿屋で経験済みだ。

僕は気持ち後ろに跳躍し────


「ひゃめ────」


誰かの顔に、思いっきり全体重を掛けて尻餅をついた。


「んぎぃぃぃやおあっあああああぁぁぁ!!!」


呪い主、グリィダ=クラウンの断絶魔がお尻を伝わって僕の全身に響き渡る。────ブスブスという何かが泡立つような音と、目に染みる煙と共に。

その黒い煙はもうもうと立ちこめ続け、そして────


「う、うぉっ」


その黒い煙が白に色を変えた瞬間、僕の全体重を支え続けていた何かが崩れ落ち、今度は床に尻餅をつく。柔らかい絨毯の上だったおかげで然程痛みは無い。

尻餅をついた床を見ると、そこには先程目に入った派手な衣服の破片だけが床に散らばっており────それもすぐに白い煙になって消えてしまった。


……消えてしまった。跡形もなく。こんな風になってしまうのか。


すぐ傍では、押さえつけていた脚が両方とも消え去ったことを確認するようにもう何も掴んでいない白い金属製の掌を見つめ、片膝を付いたまま深く息を吐く騎士団長。

「俺こんなの初めて見たよ。なぁネザル」「あぁ…“浄化”とは……こういうことなのか」と目の前で起こった衝撃的な出来事を座り込んだまま共有する

二人。

両手指を一本一本丁寧に組み合わせ、祈りの手を作りそこへ目を瞑って玉のような汗が浮かぶ額を寄せる神父様。


「……これは、死んでしまったんでしょうか?」


「…分かりません。元の場所に送還されただけなのかも…先代からの生き残りということを信じるなら、相当にしぶといでしょうから」


思わず口に出た疑問に、騎士団長が姿勢を正しながら立ち上がり答えてくれた。

すぐ横で例の体格の良い二人も急いで立とうとしているが鎧が重いのか少し手間取っていて、祈りの手を解いた神父様が立たせてあげようと腕を引っ張っている。

……あっ自分も仕舞わないと。


「ですが───祓ったことには間違いなさそうです。ご覧ください」


がしゃ、と騎士団長が首を動かし兜の奥の視線をベッドの方にやる。

そこには初めに見た時と同じように細い寝息を立てる御令嬢の姿。ただ、決定的に違う点がある。

頬に健康的な赤みが差し、それを遮る奇妙な紋様が消えている。


ほっ、と肩から力が抜ける。良かった。助けられた。これであの御令嬢は呪いに苦しめられることは無いんだろう。

それにしても────


「……素晴らしい」


背後からしわがれた声が耳に入り、重荷を下ろして軽くなった筈の肩が跳ね上がる。

隣にいる騎士団長も心臓に大きな負担が掛かったようで、ガシャン!と重なり合った装甲同士をぶつけて音を響かせた。


「と、当主様?」


薄布の向こうで座っていたはずの公爵様がいつの間にか内側に立っている。何時からだ?僕がさっきの魔族の人にお尻向けてる時はいなかったと思うんだけど……。


「見事、“浄化”を果たして見せた……間違いなく貴殿は“勇者”である。この眼で確認できた。この国に現れたのだ……勇者が」


公爵様はこちらを見て、目を細める。

……信用を裏切らずに済んだことはとても有難い。有難いのだけど……なんだか、こっちに向けられたその笑顔に何か含むものがある気がする。

言ってしまうと、ちょっと、胡散臭さに近しいものを感じてしまう。


いや、一先ずそれより…


「……やっぱり僕は勇者なんですか…?魔王と共に現れるという?」


「そうでなかったらなんだ」


…そういうことになるよな。…なら、さっきの、あの人が言っていたことは……


『だが“今回”は違う。今回はまだどっちもどこも誰も見つけてねぇ……俺が一番乗りになるんだ……へへ…』


「何処も魔王の話が聞けなかったのは、いないからじゃなくて“隠れている”から……?」


そんな僕の呟きを聞いた公爵様が、笑い皺をより深くする。


「察しが良くて助かるぞ。我が国の勇者よ……」



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