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第19話

 この日は、事件を調べた流れもあって、子供がいる佐藤が何か知っているかもしれないと期待が膨らむ。奥さんから何かしらの話しを聞いている可能性もあるのではと思った。


「雄ちゃんさ、この付近であった事件知ってるかい?」

「事件?」

「御厨(みくりや)って実業家なんだけど」


 普段、個人的な事を話してこない胡蝶に対して目を大きくさせ、驚いている。


「御厨さんの家の事件だよね。覚えてるよ。確か娘さんだけが生き残って、親戚に引き取られたとかで」

「娘さんは犯人を見たのかい?」

「いや、それが分からないらしい。ただ発見された時はただ泣きながら『ごめんなさい』って謝っていたとは聞いたかな。ただかなり凄かったらしいよ」

「凄い?」

「そうそう。旦那さんは、体が吹っ飛んでバラバラ。奥さんは壁に叩きつけられて潰れていたらしい。人がするような所業じゃないって噂されてたよ」


 佐藤は、胡蝶が入れた焼酎に口を付けながら話してくれた。だが会話の中で胡蝶は引っ掛かる部分があった。


「娘ってのは見つかった時、話してたのかい?」


 佐藤は胡蝶の質問意味が素直に受け取れず、少し間が空いた。


「ああ、そうだよ。どうしたんだい? ママ」

「いや。最近ね、この話を聞いて興味を持っただけさ。すまないね。変な話をして」

「いや。いつもママには世話になってるから。珍しいねママ」


 それからはいつものように、佐藤はカウンターで何処を見る訳でもなく、ぼんやりとしながらグラスを傾け、胡蝶はつまみを作り客に出した。

 少なくともマリアは直後、話す事はできていた。よく精神的ショックで話せなくなるとは聞くが、時間差で症状が出ることもあるようだ。


 しかし惨状を聞いた限りでは、事件直後からなりそうなものだ。

 気にならなかった服の染みが、気が付けば大きくなり、目に付き始めたてきたように、マリアが気になって仕方がなくなってきた。それは取り除ける染みであれば、綺麗に汚れを取り除いてやりたい。胡蝶は強く思うようになっていた。




 マンションに戻ると、玄関の前に人が座っていた。

 ショートパンツから瑞々しい脚が惜しげもなく晒され、上の服でズボンが隠されて、穿いていないみたいに見える。

 スマホをいじり、色がまばらになったボブへアで顔は隠れているが、鳥坂はそれが誰だかは想像がついた。


「おいクソ桃」

「あ! やっと帰ってきた。もうどれだけ待たせるのよ。お尻が冷えたじゃない。女の子は冷やしちゃ駄目なんだから」

「うざい。帰れ」


 自分に寄って来た女を思いっきり跳ねのけ、鍵を開けた。だがノブを回す前に、女はもぎ取ってに、先に部屋へ入っていった。


「おい!」

「いいじゃん別に。お風呂貸してねえ」

「待て!」


 捕まえようと手を伸ばすが、ひらりと女は身をかわし、我がもの顔で風呂場へとさっさと入っていく。

 女の名前は桃香。ソープで働く二十二歳。鳥坂が客になった過去ははないし、体の関係を持った訳でもない。


 以前、クラブを手伝った帰り、仕事終わりに客に待ち伏せされて、絡まれていたところを偶然助けただけの仲なのに、それ以降付き纏われている。

 桃香という名も、本当の名前ではなく源氏名で、本名は知らない。だからと言って聞く気ももなかった。

 マンションはオートロックだが、住人が帰って来るのを待ち伏せし、それに従いて入り込んでくる。しかし鍵を持っていないため、こうして玄関前で座り込んで待っているのだ。


 鳥坂はソファに座って、リモコンを手にとってテレビを点けた。丁度昼のワイドショーが映し出される。司会者らしき人間が、神妙な顔と声で事件の説明をしているところだった。内容はどうやら子供が親に殺された事件らしい。

 鳥坂は点けたばかりのテレビを消し、体勢を崩してソファに横になった。五十インチほどある黒い大きな液晶画面に映った鳥坂も、同じ体勢をとっている。まるでブラウン管で生中継されているみたいだ。


 腕で目元を覆いかぶすと、視覚は完全に閉ざされる。聞こえてくる音が、視覚を遮らない時よりも大きく聞こえてくる。

 桃香が浴びるシャワーの音と床に打ちつける水音。たまに音を出して排水溝へと流れて行く。


 ハミングも水音に混ざって聞こえてきた。音に注意を背けるも、マリアが浮かんできて消えてくれない。マリアが自身の子供時代を思い出させる要因にもなっている。

 それまではほとんど思い出さずにきたのに、マリアと関わり始めてから、徐々に形を取り戻してきた。子供の時の記憶は、ほとんどが家庭の壊れた頃のものばかりだった。



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