鳥坂は、室内をゆっくり見まわした。壁には木製の十字架が掛けられている。それに本棚がある程度で質素な部屋だった。
「私は副責任者でして、園長は司祭なのでがお忙しい方なので、私がここを仕切っている状態です。申し遅れました。私、
御木は警察から保護者が男性だと聞かされていたのだろう。鳥坂から胡蝶へと視線を滑らせた。
「私、胡蝶と申します」
「御木です。この度はありがとうございます」
「あの」
胡蝶は御木(みき)の言葉を遮った。
「マリアちゃんを怒らないでください」
「え?」
「いえ、マリアちゃんを呼んだ時の声が」
鳥坂は先ほどの声は、怒りと言うよりは驚きの声だと受け止めていた。
「申し訳ないですが、やはりいけないことをしたら、ダメだと叱らなければなりません。それも愛情です」
胡蝶は当たり前の事実を告げられ、これ以上口を挟むべきではないと悟ったのか、大人しくなった。
「ところで彼女、お風呂に入ったんですか?」
「ええ、いけなかったでしょうか?」
「いえ、マリアちゃんはお風呂に滅多に入らないもので……入ってもすぐに自分自身も汚すので、久々に彼女本来の姿を見たので驚いたんです」
二人は顔を向け合うと、胡蝶は鳥坂の意思を組み答える。
「彼、鳥坂の家に上がるのなら、風呂に最初の入らないといけないと言ったんですよ。確かに私も驚きました。だって、ね?」
チラッと鳥坂に目配せしてくるので仕方なしに鳥坂も声を出した。
「全く別人になったからな」
「でも、どうしてマリアちゃんは?」
御木は横に首を振りながら話し始めた。
表情から、マリアを想う慈愛からくる苦悶が見え隠れている。鳥坂はこの女性は本当にマリアを心配しているのだろうと、素直に受け止めた。
マリアの事情なんてどうでもいいと思っているのに、どこかホッとしている自分に気づいて、気持ちを打ち消した。
「マリアちゃんがここに来て直ぐ、今のようになったんです。ただ、彼女に起こった不幸が、今の彼女を作ったのではないかと思っております。昔はよく笑って愛くるしい子だったのに……」
「不幸?」
シスターは俯いた顔を上げるとこれ以上はと、強引に話を終わらせた。
御木は、質問する隙を与える気がないらしく、立ち上がり再び頭を下げてくる。
鳥坂たちも、空気が読めない人間ではない。仕方なく、そのままに挨拶を返して部屋を出る流れになった。
御木も二人の後ろに続き、玄関まで見送るようだ。
直線の廊下の先に、マリアが立っていた。だがその姿を見て鳥坂だけでなく胡蝶も驚いた。会った時と状態に汚れ、太陽光を通してなびいて綺麗な髪も黒くなっていたからだ。
「お前っ!」
「マリアちゃん!」
二人は同時に声を上げた。ただ御木からは溜息が聞こえてきた。
「いつものことです。すみません。せっかく綺麗にして頂いたのに」
御木が申し訳なさそうにしているのに対し、マリアは呑気にボードに“今度いつ会える?”と聞いてきた。
胡蝶は表情を直ぐに崩し、マリアの頭を撫でながら答えた。
「そうねえ、私は今度の水曜日が休みだから、その日はどうかしら? 鳥坂、あんたもその日は空けておくんだよ」
「は?」
「鳥坂もその日は空いてるから、三人でお出かけしましょう。あ、でもお風呂に入って綺麗になっていないと駄目よ? 大丈夫?」
マリアは少し困惑した顔になったが、直ぐに首を縦に振った。
「御木さん、今度の水曜日、マリアちゃんを連れ出してもいいですか?」
「ええ。ですがよろしいんですか?」
鳥坂は反論しようとしたが、胡蝶の動きの方が早かった。肘が鳥坂の鳩尾に見事に入ってきた。
「うっ」
「彼もこう返事しているので、大丈夫です」
「では、お願いします。それにしても……この子がこんなに人に懐くのは初めてです。神様のお導きでしょうか」
鳥坂は息を吸い込もうとしてる横で、真摯に御木は十字切っていた。