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第17話

 鳥坂は、室内をゆっくり見まわした。壁には木製の十字架が掛けられている。それに本棚がある程度で質素な部屋だった。


「私は副責任者でして、園長は司祭なのでがお忙しい方なので、私がここを仕切っている状態です。申し遅れました。私、御木淑子みきよしこと申します。鳥坂さんと……」


 御木は警察から保護者が男性だと聞かされていたのだろう。鳥坂から胡蝶へと視線を滑らせた。


「私、胡蝶と申します」

「御木です。この度はありがとうございます」

「あの」


 胡蝶は御木(みき)の言葉を遮った。


「マリアちゃんを怒らないでください」

「え?」

「いえ、マリアちゃんを呼んだ時の声が」


 鳥坂は先ほどの声は、怒りと言うよりは驚きの声だと受け止めていた。


「申し訳ないですが、やはりいけないことをしたら、ダメだと叱らなければなりません。それも愛情です」


 胡蝶は当たり前の事実を告げられ、これ以上口を挟むべきではないと悟ったのか、大人しくなった。


「ところで彼女、お風呂に入ったんですか?」

「ええ、いけなかったでしょうか?」

「いえ、マリアちゃんはお風呂に滅多に入らないもので……入ってもすぐに自分自身も汚すので、久々に彼女本来の姿を見たので驚いたんです」


 二人は顔を向け合うと、胡蝶は鳥坂の意思を組み答える。


「彼、鳥坂の家に上がるのなら、風呂に最初の入らないといけないと言ったんですよ。確かに私も驚きました。だって、ね?」


 チラッと鳥坂に目配せしてくるので仕方なしに鳥坂も声を出した。


「全く別人になったからな」

「でも、どうしてマリアちゃんは?」


 御木は横に首を振りながら話し始めた。

 表情から、マリアを想う慈愛からくる苦悶が見え隠れている。鳥坂はこの女性は本当にマリアを心配しているのだろうと、素直に受け止めた。

 マリアの事情なんてどうでもいいと思っているのに、どこかホッとしている自分に気づいて、気持ちを打ち消した。


「マリアちゃんがここに来て直ぐ、今のようになったんです。ただ、彼女に起こった不幸が、今の彼女を作ったのではないかと思っております。昔はよく笑って愛くるしい子だったのに……」

「不幸?」


 シスターは俯いた顔を上げるとこれ以上はと、強引に話を終わらせた。

 御木は、質問する隙を与える気がないらしく、立ち上がり再び頭を下げてくる。

 鳥坂たちも、空気が読めない人間ではない。仕方なく、そのままに挨拶を返して部屋を出る流れになった。


 御木も二人の後ろに続き、玄関まで見送るようだ。

 直線の廊下の先に、マリアが立っていた。だがその姿を見て鳥坂だけでなく胡蝶も驚いた。会った時と状態に汚れ、太陽光を通してなびいて綺麗な髪も黒くなっていたからだ。


「お前っ!」

「マリアちゃん!」


 二人は同時に声を上げた。ただ御木からは溜息が聞こえてきた。


「いつものことです。すみません。せっかく綺麗にして頂いたのに」


 御木が申し訳なさそうにしているのに対し、マリアは呑気にボードに“今度いつ会える?”と聞いてきた。

 胡蝶は表情を直ぐに崩し、マリアの頭を撫でながら答えた。


「そうねえ、私は今度の水曜日が休みだから、その日はどうかしら? 鳥坂、あんたもその日は空けておくんだよ」

「は?」

「鳥坂もその日は空いてるから、三人でお出かけしましょう。あ、でもお風呂に入って綺麗になっていないと駄目よ? 大丈夫?」


 マリアは少し困惑した顔になったが、直ぐに首を縦に振った。


「御木さん、今度の水曜日、マリアちゃんを連れ出してもいいですか?」

「ええ。ですがよろしいんですか?」


 鳥坂は反論しようとしたが、胡蝶の動きの方が早かった。肘が鳥坂の鳩尾に見事に入ってきた。


「うっ」

「彼もこう返事しているので、大丈夫です」

「では、お願いします。それにしても……この子がこんなに人に懐くのは初めてです。神様のお導きでしょうか」


 鳥坂は息を吸い込もうとしてる横で、真摯に御木は十字切っていた。



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