十分後には電話していた相手の店の前に到着していた。
『
店は駅前にある商店街から横道に反れた路地にあって、派生した筋には飲み屋が連なっていた。華桜もその内の一軒だ。
ドアを引くと上部に付いている大きめの鐘が低い音を出した。店は入って正面にカウンター、左奥と右側にはテーブル席があり、壁にそってソファが添え付けられている。今はカウンターだけ照明が点けられていた。
「
「はいはい。全く夜中に五月蝿い小僧だね」
店の二階は住居に出来るようになっているが、酔い潰れた常連客などを休ませるために使っていた。
階段から下りてきた人物は、階段と店内への仕切りに掛けてある藤の暖簾から姿を現した。
長身でひょろっとしていて、長い髪を後ろで一つに簪で留め、垂らしたおくり毛は首元に色気を演出させている。目は大きいが化粧で本当の大きさが分からない。
「今日は着物か?」
着崩した着物から、肩から幅ギリギリにまで広げられ、平らな胸元を晒している。青い半襟と桜色のとめ袖の襟元が鮮やかだ。
しかし平たい胸元を強調せずに、普通に着こなせばいいだろうと鳥坂は思った。
「あら悪い? 味があっていいんじゃない。ところであんた。いつの間に幽霊のパパになったんだい?」
鳥坂の足を柱に、マリアが胡蝶を覗きこんでいた。
「これが厄介ことの正体だ。マリアって言うんだが、俺から離れない。おまけに家まで押し掛けてきて警察を呼んだんだが、保護者不在やらで連れて帰らず。おまけに懐いて離さないからって一晩預かれって引きあげやがったんだ」
「あらあら。可愛らしいストーカーな訳ね。でもこんな男にするなんて、先が思いやられるわねえ」
「うるせえ。おいマリア。こいつは胡蝶と言って、この店のママだ」
カウンターから鳥坂たちの前まで来ると、マリアに合わせて腰を折った。
「こんばんは」
だがマリアは鳥坂に隠れたまま距離を縮めようとしない。彼は胡蝶とは付き合いは長くなっていたので、マリアが何に怯えているのかピンとこなかった。
「大丈夫だ、こう見えてもいい奴だから」
「こう見えてってどういう意味だい。失礼だね全く」
それで鳥坂はもう一つ付け足した。
「声が低いのはこいつがおっさんだからだ。見てくれはいいんだが。まあ世の中、人の趣味は様々って事だな」
変な色気を振りまいてはいるが、男が好きって訳でもない。いわばノーマルな女装愛好者だ。
「ところで、どうするんだい。この子」
「どうするって……それを相談しにきたんだ」
胡蝶はしゃがんで頬杖を付きながらマリアを観察している。
「この子、汚いし臭うね」
「ああ、風呂には入っていないらしい。入ってもすぐに汚してしまうんだとさ」
「じゃあ風呂に入れないといけないねえ」
胡蝶は何かを考えているのか、そのままの体勢から動かない。
「おい胡蝶」
「しょうがないね。あんたの家へ行くよ」
「え?」
「風呂、入れるんでしょ。あたいの家よりあんた家の方が近いからね。嫌ならあたいは何もしないよ」
鳥坂は頷くしかなかった。
三人は店を出ると、鳥坂の家へと向かった。