落ち着いてみると、座った鳥坂の肩くらい頭があり、彼の掌にすっぽり収まりそうな大きさだ。服は黒色でそこから伸びでた足は細くて白い。少し大きめな人形のように感じだった。
「お前、歳は?」
反応するか見ていると、先ほどと同じように裾で文字を消し、九という数字を書いた。
「九歳って小学校何年生だ?」
四とマリアは書いた。
「学校へは行ってるのか?」
その質問には首を縦に振って答えてきた。鳥坂は後頭部で手を組んで、簡易の枕代わりにすると、石の壁に全身を預けるように体をずらした。
「お前、学校で虐められるだろ」
空中を見つめながら何も考えずに質問をした。マリアからは、何も反応が返って来ないところをみると、図星だろうと思った。
ふと横目に赤い光が走ったように見えた。
鳥坂はすぐさま立ち上がり、服を掴んでいたマリアも一緒に外へ出た。パトカーが音を消してエントランスの横に丁度、付けた所だった。
ヘッドライトが強烈なスポットライトの役割をして鳥坂らを照らし、思わず腕で顔を覆った。
ライトの影になって二つの黒い影が車から降りてきた。下りてきたのは、以前交番にいた中年の警官と細身の警官だった。
「君か」
中年警官が上げた第一声だった。
「まさか」
「はあ、そのまさかです」
脇にいるマリアに警官が目をやると、感心したように声をあげた。
「また……何で。どうやって?」
「聞いたら、電話帳で調べて、一件一件見回ったみたいで」
「兄ちゃん、何か懐かれる覚えでも?」
「いや、俺こそ知りたい」
中年警官が、細い相方に何か言うと、一旦車の中へと戻って行く。太い警官は肩に掛かっている無線に向かって、現場に到着したなどしきりに報告のようなものをしていた。
直ぐに細い警官が戻って来たが、顔が冴えない。嫌な予感がした鳥坂は警官が言葉を出す前に先手を打った。
「じゃあ、後はお願いします」
マリアが掴んでいる手を引き離そうとしながら、警官に引き渡そうとしていると、
「ああ、兄ちゃん、名前は何ていったかな?」
「鳥坂(とりさか)涼(りょう)太(た)です」
警官がメモを取り始めた。それを見た彼はいい気がしない。
「このマンションに住んでるのかな?」
「ええ」
「何号室?」
「五〇三号室」
「携帯でいいから、電話番号いいかな?」
「何で」
尋問さながらの質問に鳥坂は突っかかった。だがそんな事も慣れている警官は、意に返さず続けた。
「いいから。いいから。答えてくれるだけで」
いかにもという威圧的な態度に腹が立った鳥坂だったが、これ以上目を付けられるのは避けたい。仕方なく自分の連絡先を伝えた。
「鳥坂さん。厄介なことにシスターたちが今夜、本部に出張で留守なそうなんですよ」
先方の事情とこの状況に何の関係があるのか。鳥坂の顔は、訝しげになっていた。
「そうですか。とにかく、この子を早く連れて行って下さい」
マリアが痛がらないように、彼は力を加減しながらまだ小さな手と戦っている。
「ですね。さあマリアちゃん……行こうか」
彼女は掴んだまま、鳥坂の後ろに隠れた。お尻を押される形で彼が前に押され、バランスを崩しそうになる。
「おい離せ。押すな!」
太い警官が中腰になって、左右に動きながら手を伸ばしている。
鳥坂の腰にしがみつくマリアが動くたびに体が揺れ、バランスがとりにくい。
すると細い警官が後ろに回り込み、マリアを軽々と持ちあげた。太い警官に夢中で、気付かなかったのだろう。しかしマリアが服を掴んでいるために鳥坂の服が捲り上がり、地肌が露わになった。
「離せ」
どうしても服を離さない。
「困ったな」
抱きかかえた警官はそのまま引き離そうと引っ張るが、その度にシャツが嫌な音を立てていた。
「鳥坂さん。申し訳ないが一晩、この子を引き取る事は可能ですか?」
「はあ?」
「どうもこうも、あなたから離れない。今日はシスターがいないから迎えはないし」
鳥坂は開いた口が塞がらなかった。巷では幼女に対する悪戯や犯罪が増えている。にもかかわらず、よく知りもしない彼に一晩預かってくれと、市民を守る仕事をしている警官が提案してきたのだ。
「俺、ロリコンだから悪戯しますよ」
悪態をつき、出された提案を粉砕させようとした。
「本当にロリコンな人間が、そんなことは言わないよ。この職業、色んな人間に関わるが、鳥坂さんはそんな人じゃないと思ってのお願いです。それにえらくこの子も懐いていることだし」
すでに警官が、この騒ぎから手を引こうとしているのが手に取るように分かった。そもそも二人の警官からは、面倒ことを押し付けたい空気が出ている。
確かに子供には興味はなかった。鳥坂の好みは胸の大きい、くびれた腰を持つ大人の女だ。
鳥坂が反論しようとすると、警官が無線から流れてくる内容に何か答え始めた。
「今から向かいます」
「え?」
「じゃあすみませんが。その子を頼みます。明日、迎えに来るよう園には連絡を入れておくので」
マリアを捕らえていた警官もいつの間にかパトカーの傍に立っていて、中年警官が乗り込むと走り去ってしまった。
「マジかよ……」
有り得ない事態に頭が追いつかずただ突っ立っているしかなかった。鳥坂は携帯を取り出して一番頼れる人物に連絡を取り始めた。