学生時代、特に成績が悪くて、行く所がないという理由でこの仕事をしている訳でもない。
高校卒業後の進路として、安積に大学進学を勧められオープンキャンパスへ行った過去があった。それだけの実力はあった。
オープンキャンパスに行った時、水面に光が反射しキラキラ輝くような空間に、自分がいる姿をどうしても鳥坂には想像できなかったし、見ているだけでその光に目を潰されるかと思った。
太陽の光より暗い部屋の中を一本の蛍光灯が照らすくらいが丁度いい。それが鳥坂の出した答えだった。
気持ちを安積に伝えた時、残念な面持ちではあったが、どこか鳥坂の答えを予測していた風でもあった。
安積に将来のことを聞かれ鳥坂は、仕事を手伝わせて欲しいと頼んだ。
安積のこめかみがピクリと何度か痙攣していたのは、鳥坂の頼みに対し、いい気持ちでなかったのは確かだろう。それでも鳥坂は喰い下がった。
「こうなったのも、少なからず俺の責任だな。こんなつもりじゃなかったんだが……」
安積は諦め、今の鳥坂の生活環境が出来上がった。
殺人、死体遺棄を請け負わない約束に関しては、安積が出した条件でもあったし、鳥坂もそこだけは足を踏み入れたくはなかった。
人の生き死には関わりたくない想いは、各々の持つ思惑とは違ってはいたが、一致していた。
安積は、鳥坂に本当の汚れ仕事をさせてたくはなく、鳥坂が泥に手を染めてしまうと、自分の本当の親以下になると。それだけは許せないんだと、酔った時に零していたのを聞いた。
事務所に金を預けた鳥坂は、回収した金額の倍ほどの報酬を貰らい、家の近くにある公園の脇に車を停めて、ベンチで煙草を吸う事にした。
公園は住宅街の中にあるにもかかわらずかなり広い。防犯対策なのか、外周はフェンスで囲まれ、公園の中が見渡せるようになっている。
広場の中心に大きな木が埋められていて、そこだけが緑の島のようになっていた。
近くには砂場があり、その側には遊具類が設置されている。
鳥坂が座る場所はいつも決まっていて、入口から歩いて初めにあるベンチだ。
出入口は数か所設けられているが、車が停められるほどの車道がある入り口と決まっている。帰りは公園を半周するように車を走らせる。
鳥坂は椅子に仰け反り、空に煙草を向けて咥えていた。
始めの頃は、取り立ての仕事に罪悪感、戸惑いはあった。回収した金額より報酬金額が多かったからだ。
借りた金を返さない人間が悪い。元より怪しい場所から借りるバカが悪いのは重々と理解はしていた。
それでも気持ちがなかなか追いつかなかった。しかし繰り返すうちに、人に踏まれても何も感じない石みたいに鳥坂もなっていった。
仕事の後に立ち寄るこの公園で一息付く時、ふと石になった心が一瞬、水分を含んだように湿り気を持つのだ。
鳥坂は溜息といっしょに肺に吸い込んだ煙を吐きだした。
春の空は色鮮やかに青で覆われて雲一つない。世界中の人間の心が今の空のようであれば、苦しむ人間はいないんじゃないかと、ぼんやりと感傷に浸っていた。
次第に陽気な暖かさで湿った石が乾き、体勢を立て直した時だった。座る鳥坂の前にいつに間に少女が立っていた。
「うわっ!」
年甲斐にもなく声を上げ、思わす足を自分の体に引きつけてしまう。鳥坂が声を上
げたのには訳があった。
普通の子供が立っていたのであれば、ここまで驚かなかっただろう。
目に前に立っていた少女は、黒い長い髪で顔を覆い、簾のようになった髪の隙間から鳥坂を見ていたからだ。
首からは白い板を掛け服は薄汚れ、酸味がかった臭いがする。
鳥坂は、驚きのあまり一旦止まった頭を働かせ、ここは何事もなかったように装って、車に戻ろうと決めた。
こんな陽気な空の下でぽっかり空間に穴が開き、あの世と繋がりができるのか? と恐々と立ち上がった。
「あらマリアちゃん! こんな所にいたのね。探しましたよ」
十メートルほど先から、変わった格好をした女性が鳥坂の方に歩いてくる。
「あらあら。すみません。いつもは皆から離れる事はないんですが。さ、行きましょうね」
グレーのワンピースに頭からベールを被った女性が、幽霊の子供の手を取り、遊具で遊んでいる子供の一団へと戻って行く。
「幽霊かと思った……」
これが鳥坂とマリアの初めての出会いでもあった。