「うーん、どうしたものかな」
魔法学校の校舎から出ながら考える。
こう言ってはなんだが、やることがない。
担任の先生から、「クラスへの紹介は、始業式のあとのホームルームで行います。それまでは、校内を自由に見て回ってください。もしやることがなかったら、自習室で勉強していてください」と言われたので、聖地巡礼でもしたいところだが、校内をうろうろするのはさすがに気が引ける。
「だけどなぁ……」
生徒たちの声が聞こえてくる校舎を見る。
始業式開始前である今の時間は、校内の施設は開いていない。
そうなると自習室に行くしかないし、先生も暗にそこに行けと言っている感じだったが、せっかくの自由時間に勉強とか絶対にやりたくない。
「レムリア様~! 魔法学校へようこそ!」
丁度いいところにロナードが来たので、とりあえず、アオイさんから日課とされてしまった、魔法の練習を済ませてしまおう。
それに偶然とはいえ、ヴラムにやったアポカリプス腹パンは、いろいろと勉強になったので、復習しておきたかったのだ。
「さあ、僕と一緒に楽しい学校生活を……ぶふっ!」
このように、左手のアポカリプスで相手を吸い寄せ、無防備の相手を右手のアポカリプスの突きを打つ。
さらに右肘で追撃しつつ、左手で引き手を取って背負い投げだ。
「……おぐぅ!」
いつもの轟音と共に、地面に『埋められる』ロナード。
「キョ、キョウモ、アリガトウゴザイマフ……」
相変わらず、この状態で話すこのタフさ、さすが防御に定評のある聖騎士ロナードだ。
それはそれとして、今のコンビネーションは良かったのではないか。
やってて良かった色んな格闘技、柔道はお父さんに、他のは格闘技に詳しいお母さんに感謝しなくては。
「さて、日課の魔法の練習も終わったし、ぶらぶら歩こうかな」
そんなことを考えながら歩きだそうとすると……
「会長がまたいなくなったぞ!」
「始業式の挨拶があるのに……えぇい! とにかく捜せ!」
遠くから、話の内容からロナードを探している生徒の声がする。
しまった……ここは学校で、ロナードは忘れがちだけど生徒会長。
あまりの気持ち悪……変わっているせいで忘れがちだが、まだ学生なのに騎士団でも活躍している超エリートという、まさに乙女ゲームの王子ポジション。
そんな国の英雄レベルの人間が地面に埋まっていたら、それは事件でしかない。
「……うん。今すぐ逃げよう。とりあえず、人目の付かないところに……ひっ!?」
今、袖を引かれた!
このままでは、編入初日から捕まるという伝説を作ってしまう!
『ヤミヒカ』も、開始と同時に悪役令嬢がお縄になってて草みたいレビューがついてしまう!
「違うんです! ロナードが勝手に付きまとってきたんです! それにあれは、私とロナードのコミュニケーションみたいなもので……あれ?」
袖を引かれた方に顔を向け、光の速さで言い訳をかますが、そこには誰もいない。
でも、袖を引っ張られた感覚があったし、なんなら今も感じる。
そう思って袖を見ると……
「……」
袖に何かがつかまっている。
細長く、模様が入った鱗で覆われた体。
尖った頭に、鋭くもどこか愛嬌がある赤い目。
……トカゲだ。いやもう、びっくりするぐらいトカゲだ。
ただ、デフォルメされている上に子猫ぐらいのサイズで、なんというか、ゆるキャラっぽい。
(……あれ? なんか、どっかで見たことがあるような……)
「……ボ!」
鳴き声と思われる声をあげながらと、また袖を引っ張ってくる。
「……もしかして、付いてこいってこと?」
「ボボー!」
どうやらそうらしい。
「やることもないし、とりあえず、行ってみようかな」
そして、自分の手から降り、そのデフォルトした見た目とは違い、やたらリアルに動くデフォルメトカゲちゃんに付いて行く。
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「ここは……たしか、ロナードと女勇者ちゃんが初めて出会った庭園よね」
デフォルメトカゲちゃんに案内され、辿りついた場所は魔法学校の庭園だった。
本来なら中央のテラスで、食事を楽しんだりできる場所なのだが、今は誰もいないのでかなり寂しい。
「ボボー!」
「あっ、ちょっと待って!」
デフォルメトカゲちゃんが、庭園の花壇を超えて奥の樹林へと走っていく。
「もう……こんなところに連れてきて、なんなの……?」
たどり着いた場所は、庭園の隅にある大きな木の下。
立派な木だなと思っていると、上から何かが落ちてくる。
「これって……リンゴ?」
この木ってリンゴだったのかと思い、見上げると……
「……」
木の上の女の子と目が合う。
(……どうしよう。めっちゃ見られてる)
枝とかで隠れて容姿までは分からないが、おそらく魔法学校の生徒だ。
とりあえず今分かることは、目線をそらすタイミングを失っており、かといって何話していいか分からないので、すっごく気まずい。
「……力に自信ありますか?」
「え? えっと、まあ、それなりに」
反射的に答えてみたが、変な質問だな。
あれ、ていうかこの声、どこかで聞いたような……
「では、よろしくお願いします」
「え、よろしくって何を……えっ!?」
その子は、いきなり私に向かって飛び降りてきた。
「わわっ……と!」
なんとか受けとめるが、さすがに立ってはいられず地面に倒れ込む。
(いきなり飛び降りてくるなんて……うう、お尻痛……くない?)
どうやら、反射的にアポカリプスを発動していたらしい。
さすが重力操作のアポカリプス。
今も、倒れた私の上に、女の子が伸し掛かるなような状態になっているが、まったく重さを感じない。
最初からアポカリプスのことを頭に入れておけば、カッコよくお姫様抱っこでキャッチできたのになぁとか考えていたら、女の子が話しかけてくる。
「急にごめんなさい。こちらも緊急事態でしたので、頼らせていただきました」
「え……」
木の上から飛び降りてきた女の子を見て、驚きのあまり私は動きが止まる……
「リンゴを採るために登ったのはいいですが、思ったより高く降りれなくなっていまして。受けとめていただき、ありがとうございます」
それは、儚さを思わせる雰囲気を漂わせながら、こっちを真っすぐ見つめてくる、空のような青い瞳の美少女だったからではない。
「私は、エミル・ウィンスターといいます。失礼ですが、あなたの名前を聞いてもいいですか?」
なんどもゲームで見た、ヤミヒカのヒロインであり、精霊魔法を操る勇者、エミル・ウィンスターが私の目の前にいるからではない。
「……? 私のスカートを見てますが、どうかしましたか?」
スカートが捲れているという、同性でもちょっとドキッとしてしまうシチュエーションのせいでもない。
「もしかして、スカートの下に何か……何もないですね。どこか変なところでも……」
「いや、『何もない』から変なんですけど~!」
驚きのあまり、敬語とか何も気にせず素で叫んでしまう。
もう、こっちに来て何回目だろうか。
……『肌色』なのだ。
エミルさんの! 下半身が! 圧倒的に肌色なのだ!
「え、何で!? どうしてそうなったの!?」
「どうしてと言われても、これがいつもどおりですが?」
「いやいや、いつもどおりだとしてももっとダメだよ! ていうか、確認のためにスカートさらにたくし上げないで! 今、画面の大半を、なんか光線的な白い光が隠しているから! 乙女ゲームにあるまじき画面になってるから!」
「……乙女ゲーム? なんだか分かりませんが、光で隠せばいいんですね。おいで、ランプ替わり」
そう言いながら手を出すと、そこにはゆるキャラっぽい人魂みたいな光が現れる。
(あれは……光の精霊ウィル・オ・ウィスプだ!)
ゲームでは一応立ち絵があるのだが、他の精霊と一緒で、滅多に出てこないレアキャラ。
そしてこのデザイン……
「ボボボー!」
さっきのデフォルトトカゲちゃんの尻尾や目のあたりに、炎が現れる。
おそらく、契約者のそばに来たから、本来の姿に戻れたのだろう。
(デフォルトトカゲちゃんは、火の精霊サラマンダーだったのか。どおりで、どっかで見たようなデザインなわけだ)
「ピッカーン!」
そして、鳴き声? のようなものを上げ、ウィル・オ・ウィスプは輝きを増し、エミルの圧倒的肌色を光で隠す。
「これで大丈夫ですね」
「いや、そんなことに使っちゃダメ~!」
この世界で精霊魔法は、いわゆるチート能力だ。
精霊がそばにいれば、詠唱なしで、いわゆる最強魔法レベルの攻撃ができる。
ゲーム中でもこのウィル・オ・ウィスプが、山を削るレベルの光線を放っていた。
数あるチート能力の中でも、殺傷能力が高い部類に入る『ヤミヒカ』の精霊魔法……そんな力を、いわゆる、見せられないよ! 的に使うのは、さすがにもったいなさすぎる!
「というか、ランプ替わりって何?」
「私が暮らしている孤児院で、ランプ替わりとして頑張ってくれているので」
「いや、もうちょっとカワイイ、もしくはカッコいい名前つけてあげて!」
ツッコミが忙しい……あれ、ヒロインちゃんって、こんな子だったっけ?
「とにかく、こっちに来て! 今から走れば、屋敷に戻る途中の馬車に追いつけるから!」
たしかアオイさんが、もしものときは拠点として使えるように、馬車には最低限のものが積んであると言っていた。
おそらくその最低限のものには、着替え……というか、下着も含まれているだろう。
「馬車? 構いませんけど、まずは名前を……」
「私の名前はレムリア・ルーゼンシュタイン! 詳しい説明は後でするから! それと、一応確認するけど、そこのトカゲの子は、ランプ替わりちゃんと同じで、あなたの友達でいいのよね!?」
「ああ、マッチですか?」
「名前の由来は、今は聞かない! とにかく、あなたはランプ替わりちゃんとマッチちゃんを抱えながら、私に捕まって!」
「は、はい……」
そう言いながら、頭と肩にランプちゃんたちを乗せつつ、私の袖をつかむ。
今から何が起きるか分からないからか、ちょっと怯えながら上目遣いで見つめられる。
その姿を見て、小動物みたいでカワイイ、愛でたい! という心に支配されかけるが、今は自分の目的を優先。
「ゴメンね、エミルさん!」
「えっ……きゃっ」
強引にエミルさんをお姫様抱っこし、アポカリプスによる高速移動で馬車へと向かう。
エミルさんの、乙女の尊厳を守るために……!