「変わった味ですが、とてもおいしいですね。花丸をあげましょう♪」
アオイさんが再現した日本茶(アオイさんのお気に入りらしい)を飲みながら、超イケメンが陽気に話しかけてくる。
さっき私に言った『お転婆』といい、『花丸をあげる』といい、若干行動がうちのおじいちゃんっぽい。
というか、なんでこの人は教えてもいないのに、正しく湯呑が持てるのだろうか。
「改めまして、屋敷へのお招きありがとうございます。あそこではいつ魔物が襲ってくるか分からないですから、助かりましたよ」
――ヴラム・アルカード。
『ヤミヒカ』の攻略対象キャラのひとりで、人間よりはるかに強力な魔力を持つ魔族。
しかも、最大の魔力を持つされる真祖の吸血鬼であり、魔王四帝であった父と共に魔王に仕えていた。
その強さは本物で、勇者と戦ったときは、互角の戦いを繰り広げた末に引き分けたらしい。
魔王が倒されたあとは、混乱する魔族をまとめあげるだけでなく、人類との戦争を避けるために和平交渉を進め、共存の道を成功させた。
その後は、王国の宰相となり、100年以上も国を支え続けている……と、これでもかとキャラ設定がモリモリに盛られている。
その設定はもちろん容姿にも反映されており、銀髪赤目腹筋チラ服長身細マッチョ良い声と、挙げだしたらきりがない。
ひとことで言ってしまうと、いわゆる乙女ゲームの天才腹黒王子キャラ(ロナードはそう見せかけたどSキャラ)で、私のアポカリプス突きで岩盤に叩き込まれたのに傷ひとつ付いておらず、なんなら服に付いた石の破片とかを払ってイケメンスマイルをかますほどだ。
ただ、多くのファンに申し訳ないが、私の推しキャラは別。
付け加えるなら、ゲーム越しというフィルターが無い状態なら、こんな本気の完璧超人とは接点を持ちたくない。
ないのだが……
「それにしても、あの小さかったレムリア嬢がこんなに大きくなって……しかも、新たなる魔王とは思いませんでしたよ」
「え、ええ」
……困ったことにこの人は、私、『レムリア・ルーゼンシュタイン』と顔見知りであり、しかもこちら側なのだ。
「それにしても、随分と落ち着いていますね。以前は魔王に仕えていたとはいえ、今の私はこの国の宰相。魔王復活を企んでいる秘密組織……『テスタメント』のひとりと聞いたら、もっと驚くかと思っていましたよ」
「お、驚いていますわ!」
……危なかった。
そういえば、私とヴラムはまだ、テスタメントの一員としては顔合わせしていない。
ゲームでは、レムリアが魔王を宿したあとに、ロナードがテスタメントの幹部が集め、そこで全員が初めて顔合わせするのだが、ロナードが『ああなってしまった』ので、こんなゲームに無いイベントが発生してしまったようだ。
ちなみにロナードは、今日も私をストーキングして気持ち悪かったので、とりあえず地面に埋めといた。
「まさかヴラム様が、組織の幹部だったなんてー。私、思ってもみませんでしたわー」
とりあえず、ここは私の完璧な演技で誤魔化しておこう。
完璧な臨機応変の行動……これにはアオイさんも私に花丸を……
「…………」
あ、やばい、アオイさんってば、乙女ゲームのキャラにあるまじき顔をしてる。
何がダメだったのか分からないが、このままでは、正座で説教5時間コースだ。
どこかで挽回しないといけないが……
(……ヴラムに対しては、どうしても対応が雑になるんだよな~)
別に、ヴラムが嫌いというわけではない。
むしろ、この人も私の憧れの、信念を持って行動する人なので、好きなタイプだ。
なのだが……
(……この人、『レムリア・ルーゼンシュタイン』を裏切るんだよね)
グッドエンドを見たわけではないので本当の目的は知らないのだが、ヴラムは勇者側につくのだ。
しかも、私を殺すと魔王が覚醒することも気付いており、そのため、唯一魔王に対抗できる勇者ちゃんを陰ながら助け、最後にはレムリアを裏切る。
ゲームでは、人間最強ロナードは魔王側、魔族最強ヴラムは人間側と対になっており、実際このふたりはそれぞれのルートでライバル関係である。
ゲームで見るなら、この関係と設定はワクワクするのだが……今の私からすれば、たまったものではない。
はっきり言って、この人、私のこと利用してるだけで、しかも裏切るんだよなであり、私なんかと話している暇があったら、勇者ちゃんを口説いてグッドエンド迎えてくれでしかない。
「ああ、こういう場では、私に敬語は必要ありませんよ。ロナードが失脚した今、組織のトップはレムリア嬢ですからね」
「えっ、誰かの上の立場とか絶対無……はうっ!」
思いっきり足を踏みながら、私たちにお茶菓子を出す執事モードのレムリアさん。
冷静になって考えると、素が出た私が悪く、口調も含めて『レムリア・ルーゼンシュタイン』になりきれということなのだろうが、さすがにこれは痛い。
「……お嬢様、そんなに驚く振りをなさらなくとも大丈夫です。ロナードのクソMストーカー野郎は当てにならないから、魔王を宿しているこの私がテスタメントを率いてやると、仰っていたじゃないですか」
「えっ、ちょっ、そんなこと言ってな……」
「……言ってましたよね? レムリア・ルーゼンシュタインお嬢様?」
「ええ、言ったわ!」
いろいろとツッコミたいが、とりあえず口調も直しつつ、秒で肯定する。
だってこの人、一瞬だけど、肯定しないと殺すわよ? なんなら死なすわよ? みたいな顔したもの。
(……まずい。アオイさんは、完全に怒っている)
おそらく、アオイさんが許してくれるのは3アウトまで。
今は1アウトだが、3アウトになったら……うん、想像したくもない。
「はっはっはっ。先ほどの魔法特訓といい、おふたりは面白いですね」
人の気も知らないで、陽気に笑うヴラム。
今ならもう一発ボディに入れても、神様は許してくれるんじゃないだろうか。
「ところで、そちらの執事さん。レムリア嬢が魔王の力を見せていますし、私の話を聞いて動じていないということは、貴方もテスタメントの関係者ということでよろしいですか?」
「いえ、私は魔王崇拝者です。組織の一員ではありませんが、お嬢さまからテスタメントについて伺い、お嬢様を補佐する形で、活動の協力をさせていただいております」
深々とお辞儀をするアオイさん。
ちなみに執事の作法は、見ていたら完璧に覚えたらしい。
おのれ天才、素敵だ。
「それはそれは。先程の強力な魔法といい、心強い仲間ですね。ところで、お名前を聞いても?」
「申し遅れました。わたくしは、アオイ・ヒメカワと申します」
「ヒメカワ……聞いたことがない家名ですね」
「私は魔力を持っていますが、貴族ではありません。スラム生まれです」
「スラム……なるほど。この国の宰相として耳の痛い話ですが、あなたのような魔力保持者が生まれても、王国は把握できないでしょうね」
さすがアオイさん。
口から出まかせを言わせても天才だ。
しかも、天才型のヴラムを納得させてるし。
(……なんだか、ちょっと落ち着く空気かも)
内容は物騒ではあるが、なんかお互いの近況報告みたいな和やかさを感じる。
自分から誰かに話すのは苦手だが、こういう空気は嫌いではない。
これもヴラムの陽気な雰囲気のおかげだろう。
だが……
「……一応、釘を刺しておきましょうか」
その空気は、他ならぬヴラムによって遮られる。
「レムリア嬢。テスタメントについて、周りに話さないように。それと、誰が見ているか分からない場所で、魔王の力を使うのも危険です。それが魔王の力と知る年寄りは、私だけではないですからね」
先程とはうってかわって、真剣な目で話しかけてくるヴラム。
「あまり自分の手札を晒したくないのですが……」
そう言いながら、私の前に現れた蝙蝠を出す。
「この蝙蝠は、私の魔力を蝙蝠の形にしたもので、吸血鬼の固有魔法のひとつです。色々と便利なんですよ。分身体として使えるので、視覚の共有はもちろん、この蝙蝠の場所に瞬時に移動できますし、私の魔法を中継して放つこともできる」
レムリア嬢を助けたときは、まさにこの場所移動ですねと話しつつ、にこやかな顔に戻る。
「さて、ここで問題です♪ 私がこの蝙蝠をあの場所に放っていた理由はなんでしょうか?」
「えっと、私を助けるつもりだったんじゃないのかしら?」
「残念ですが違います。あのときは、レムリア嬢が危なかったので、そちらを優先しただけです」
むう。そこは私を助けるつもりだったと言ってくれた方が嬉しいのだが。
「ヒントをあげましょうか。私が直接姿を現すのではなく、目立たない蝙蝠にやらせた方が都合が良いことをしていました」
つまり、蝙蝠を使って、目立たず近づきたかったということだ。
そして蝙蝠は、魔法を撃つことも、移動ポイントとしても、視覚も共有できる。
普通に考えたら、偵察だと思うけど……ん?
気付かれずに近づく……視覚を共有……
「もしかして、のぞ……」
「違いますよ、お嬢様」
秒で否定された。
そして、私をゴミを見る目で見たあとに、ヴラム同様に真剣な目になる。
「……魔王の力を見た私を、暗殺するつもりだったかと」
「正解♪ アオイさんにも花丸をあげましょう」
「……っ!?」
咄嗟に立ち上がり、構えを取る。
「おっと、安心してくださいレムリア嬢。アオイさんのことを知った今、そんなことをする気はありません」
笑いながら言うヴラム。
そしてまた、真剣な目に戻り話を続ける。
「テスタメントは小さな組織です。王国と本気でぶつかったら、あっという間に滅ぼされるでしょう。そうならないように、内通者は確実に始末する、それだけは覚えておいてください」
そう話しながら、気に入ったのかまた日本茶を飲み始める。
「お説教はここまで。では、お茶を楽しみましょうか♪」
「……ごめんなさい、軽率でした」
口調も気にせず、心から謝罪をする。
……対応が雑になるとか言っていた自分を恥じたい。
アオイさんを暗殺しようとしたのも、私の救出を優先したのも、すべて私を心配しての行動だ。
そこまでしてくれた人に対して、私は本当に失礼な態度をとっていた。
「ああ、一応釘を刺すということで強めに注意しましたが、そこまで気にしなくてもいいですよ。今回は、私も落ち度があるので、あまり人を注意できるような立場じゃないですしね」
落ち度? 特にそんなものは無かったような気がするけど……
「……」
さっきから、アオイさんが抗議の目線を送っているところを見ると、どうやらヴラムに落ち度があるのは間違いないようだ。
「色々と後手に回って、半端な行動をしてしまったんですよ。レムリア嬢がアオイさんに襲われていると判断したものの、おふたりの雰囲気から関係が読めず介入が遅れました。なんとなくですが、アオイさんが、本気で貴方を攻撃する気はなかったと分かっていたのにね」
あの状況を知らない人が見たら、アオイさんに襲われているというのはしょうがないだろう。
むしろ、そうとしか見えないだろうし。
でも、アオイさんが本気で攻撃する気がなかった?
いやもう、完全に殺意のバーゲンセールでしたけど?
「おそらくあの、操作できるマジックアロー……と呼ぶには威力も形状も、そもそも操作できることがおかしいのですが、本気なら、数手でレムリア嬢を追い込んで全弾直撃など、容易いはず」
言われてみれば、たしかにそうだ。
私の行動なんて、アオイさんなら簡単に読む……ん?
これ、私って馬鹿だと思われてる?
「でもそれをしなかったということは、本当に鍛えてくれていたんだと思いますよ。まあ、万が一にでも制御をミスしたらレムリア嬢も無事では済まないと思い、思わず助けちゃいましたけどね」
「……」
アオイさんの抗議の目がなくなっているので、ヴラムの読みは正解のようだ。
さすがアオイさん、優しい!
そもそもあんな滅茶苦茶しないでほしいとか、ヴラムに馬鹿だと思われている可能性とか、色んなものが頭をよぎったが、とりあえずみんなに心の中で感謝する。
「それに、絶対に話すなというわけではありませんよ。仲間を増やすのはとても良いことです。そうですね……テスタメントの思想を理解した同志であり、貴女が誰よりも信頼できると思ったら、話してみるのもいいかもしれませんね」
「それだったら、アオイに話したのは問題無いわ。アオイは魔王崇拝者だし、それに何より、私が最も頼りにしていて、信頼している人だから」
私がアオイさんに話したという設定は、アオイさんの口から出まかせなのだが、ここはアオイさんがテスタメントに相応しい人であるということを伝えておこう。
というか、そんなことしたら本気で許さない。
「……」
「……」
なんだか、急にふたりが黙りだす。
あれ、なんだか空気がおかしい……
「あ、貴女は本当に……!」
小声でつぶやきながら、思いっきり睨んでくるアオイさん。
私は何かまずいことを言ったのだろうか。
私が言ったのは、アオイさんがテスタメントのテスタメントの同志であり、私が最も頼りにしていて、信頼しているということ。
うん、何も間違っていない。
「これはこれは。もしかして、おふたりは、主人と執事を超えた関係でしたか?」
「ち、違います!」
その言葉でようやく理解した。
なるほど、人によっては、『百合的な勘違い』をされる内容だ。
「……」
……まずい、アオイさんの顔が本気だ。
だが、手も足も魔法も出てこないあたり、まだ2アウト。
ここはしっかりと百合的な方面は否定して……いや、ここはちょっと勢いに乗ってみよう。
勢いに乗って、私の願望というか、想いを込めてビシッと言ってしまうのだ!
届け! 私の想い!
「ええ、そうよ! だって、アオイと私は友達だもの!」
「……」
「……」
またしてもふたりがフリーズするが、知ったことではない。
それよりも、ついに言ってやったという高揚感がすごい。
さあ、アオイさん……いや、レムリアさん!
レムリアさんとは、本当に友達になりたいんです! 応えてください、私の想いに!
「……お馬鹿」
……どうやら私の想いは、受取人不在だったようだ。
「お茶菓子の替えを持って参ります」
去っていくアオイさん。
う~ん、どうしよう。とりあえず、早く、早急に、今すぐ死にたい。
「レムリア嬢。会わないうちに、本当に立派になって何よりですが……人誑しはほどほどにしないと、あとで刺されますよ」
人誑しって……今まさに振られたのに、なんてことを言い出すのだこの人は。
もう2、3発ボディに入れても、今なら許される。間違いない。
「さて、そろそろここに来た理由をひとつひとつ片付けていきましょうか。アオイさんのお茶を楽しみながらね」
そう言いながら、何かの書類を取り出す。
レムリア・ルーゼンシュタインの記憶のおかげで、あれがゲームの舞台となる王国士官学校の書類だと分かる。
つまり、いよいよ本格的にゲームが始まるのだ。
グッドエンドを迎えるための戦いを前に、私は……
(……これって、失恋? いや恋じゃないし……とりあえず、1か月ぐらい引き篭もりたい)
ただただ、現実逃避がしたかった。