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第4話 推しキャラと二人っきりとか、『極限状態』です

「きぃえええええぇぇ~!」

「ブホォゥ!」


 突撃してくるイノシシの魔物、ジャイアントボアを、アポカリプスによる殺意MAXの背負い投げで地面に叩きつける……というより、地面にめり込ませる。

 これで、今日倒した魔物は30体ぐらいだろうか。

 おかげで、私の周りは魔物博覧会(下半身だけ)みたいになっているが、まあ、害はないと思う。


(やっぱり、アポカリプスと柔道って相性がいいなぁ)


 柔道は基本的に、組む、相手の体制を崩す、投げるという、3アクションが必要になる。

 アポカリプスで、相手を吸い寄せるて手に吸着させると、なんと、組むと相手の体制を崩すの2アクションが完了してしまうのだ。


 しかも、吸着させるということは、相手がアポカリプスに触れるということになる。

 すると、アポカリプスのもうひとつの特性、触れた相手の重力操作が発動する。


 つまり相手からすれば、抵抗もできずに私の手に吸い寄せられ、体重マイナスの状態で振り回されたあげくに、寸前に超重力をかけられながら地面に激突、気がつけば顔から埋められる……まさに、理不尽極まれりだ。


 ここで正義の勇者なら、なんて恐ろしい力だ……と、戸惑うところだろうが、あいにく私は、そこまで人間できてないので、大変気分が良い。

 脳内で天使の私が、それは魔王の力なのよ! 不謹慎だわ! と叫んでいるが、そんなことは知ったことではない。


 今の私は、大変、大変気分が良いのだ。


「まあ、こんなものかしらね。あとは、咄嗟に出せるぐらいに練習のみよ」


 パンパンと、師匠キャラがよくやるように手を叩くアオイさん(結局この呼び名で落ち着いた)。


「ほら、5分休憩したら、別の魔法を試すわよ。アポカリプスを使える魔力があるんだから、何かしらの魔法は使えるでしょ」


 さすが、誰かの良い気分は一瞬で吹き飛ばす事に定評がある悪役令嬢。

 ちなみに今、アオイさんは執事服を着ている。

 今のアオイさんは、私の個人的な客であり、執事としても身の回りの世話をしてもらっている、ということになっている。

 最初はメイドになるつもりだったらしいが、私が全力で阻止した。


 理由は簡単。メイド服を着た『自分』がそばにいるなど、羞恥プレイ通り越して拷問だからだ。


「あの……せめて30分とかになりませんか? MP的な何かを使いすぎたのか、頭クラクラなんですが……」

「安心なさい。RPGじゃないヤミヒカの世界に、MPなんて概念はないわ」

「あ、じゃあこのクラクラはちょっと疲れただけ……」

「無理に魔法を使い続けると、廃人になるだけよ」

「それ、疲労とかいうレベルじゃないですよね! ねぇ!」


 ……さすが、世界を滅ぼす系の悪役令嬢。

 私の想像を超える容赦の無さだった。


「恨むなら、裸見られたぐらいで儀式を破壊して、『レムリア・ルーゼンシュタイン』を、惨めなアポカリプスしか撃てなくした自分の行為を恨みなさい」


 そう言いながら、ゲームでも何度も披露していた、あきれ果てたときの表情を披露してくれるアオイさん。

 今日は悪略令嬢の欲張りセットだ。


「……まさか、こんなことになってるなんてね。魔王崇拝側トップのロナードも、ただのストーカーになってるし……本当、誰かさんの羞恥心で、世界の危機ね」


 それを言われると、何も言い返せないが……ぐぬぬ。

 一応、乙女の尊厳に関わるので、ここは抵抗してみよう。


「……じゃあアオイさんは、自分の裸を他の誰かに見られても平気なんですか?」


「自分から見せるつもりはないけれど、理由があるなら平気よ。見られて恥じる体ではないしね、その体」


 くっ、イケメン形お嬢さまキャラの定型句を……!

 ならば、一度こういうことを言うキャラにやってみたかったことをしてやろうではないか。


「そうですか……じゃあ、私がこういうことをしてもいいですよね!」


 胸元を大きく開き、自分の……『レムリア・ルーゼンシュタイン』をガン見する。


「ちょっ、何やってるのよ!」


「見られていいというから、見てるだけです! 着替えのときとか、お風呂のときとか、可能な限り見ないようにしてきましたけど、これからはガン見しますから!」


 推しの体に触れるべからずの精神でこの体と接してきたけど、もはやその必要はない。

 見てもいいという言質も取ったので、欲望を解放するときがきたのだ!

 今こそ解き放て乙女のリビドー!

 見せてもらおうか、推しの体とやらを!

 触らせてもらおうか、究極の肢体を!


「………………うわ、すっご」

「……マジックアロー」


 奇跡の感触を堪能した瞬間、私の顔のすぐ横を魔法っぽい何かが掠め、後ろの岩を粉砕する。

 いやもう、魔法というより『殺意そのもの』だ。


「……あ あの、アオイさん?」

「……そうね。いきなり魔法を使えって言われても戸惑うわよね。仕方ないから、私がコツを教えてあげるわ」


 推しの授業とか最高です! となるところだが、今回はそうはいかない。

 だって顔が怖いもの。

 この人、この世全てを滅ぼしてやるみたいな、魔王の顔してるもの。


「魔法の基本はね。やりたいことをイメージすること。それを体内に宿る魔力が、実現しようとしてくれるわけ。例えば……」

「あ、あの……アオイさん? もしかして、すっごく怒ってます?」


「……今すぐこいつをこの世から消したいというイメージを魔力に伝えて放てば、攻撃魔法になるのよ!」


 全力でアポカリプスを展開し、自分を吸わせる事で高速移動。

 同時に私のすぐ横を、マジックアローが掠める。

 判断が一瞬遅れていたら、確実に体を『持っていかれていた』だろう。


「避けるなお馬鹿!」

「避けますよ! 死にたくない!」


 必死過ぎて語彙力低下で、必要最低限の言葉しか出てこない。


「な、なんですか! 見ていいって言ったじゃないですか! 嘘つき! 嘘つきー!」


「誰が嘘つきよ! 貴女のは見るじゃなくて視姦っていうのよ、この変態!」


 そう言いながら、マジックアローを、自身の周辺に大量に展開する。

 1つ……2つ……5つ……え、ちょっと、殺意のバーゲンセールすぎませんか?

 なんか、10個近以上の光が見えるんですけど?


「……せいぜい頑張って避けることね。大丈夫。早く動きたいと思いながら魔力を展開すれば、勝手にクイックの魔法が発動する。クイックとアポカリプスの併用で超高速移動すれば、全弾避けられるでしょう」

「いや、私まだ、そのクイックとかいう魔法使えないですから! せめて使えるようになったあとにしてください!」

「ああ、言い忘れていたけど、魔法って正しくイメージできても、本人の適性がなかったら使えないのよ。貴女がクイックの適正がなかったら……まあ、なんとかなるでしょ」

「なりません、なるわけありません、超無理です! 希望的観測は、絶対あとで後悔しますから!」

「問答無用!」

「いやぁぁああ~~!」


 文字通り、殺意の雨をかいくぐるように高速移動する。

 だが、さすがゲームと似た世界。

 お約束通り、ピンチを前に私は覚醒し、無意識にクイックの魔法を発動させて全弾回避という展開に……って、なるわけない!


 忘れてはいけない。ここは、ゲームだろうと現実は非常だっていうことを私に叩き込んだ世界であるということを!


「こ、こなくそぉ~~!」


 なんとか数発は回避するが、自由に三次元機動する光に、徐々に追い込まれていく。


(ほ、本当に無理! もうこれ、アニメで見たオールレンジ攻撃ってやつだよね!)


 そして、目の前に迫る大量の光。


「あ、これ終わった……」


 なんとなく呟く。

 私の人生ここまでか……神様、お願いですから、PCのハードディスクを……


「いやいや、ここで終わられたら困るんですよね」


 どこかで聞いたような声が響いてくる。

 最近の走馬灯はボイスのみか、映像ぐらいはサービスしてほしいと思っていたら、視界に黒いものがちらつく。


(蝙蝠……?)


 黒いものが蝙蝠と気づき、巻き添えは可哀そうとなんとか守ろうと手を伸ばすが、伸ばした手も、視界も、徐々に黒く塗りつぶされていく。


「……あれ?」


 そして、黒い色が見えなくなったと思ったら、今度は、色白い肌色が広がる。

 前にも似たような状況になったが、今回は違う。

 だって目の前にあるのは……


「……筋肉?」


 実家の柔道教室で見慣れた、大人の男性の上半身、というか胸筋だ。

 そして、ほぼ同時に下から轟音が響き渡る。

 下を見ると、大量のマジックアローによって抉られた地面、そしてこちらを驚いた顔で見上げるアオイさんがいる。


 ということは……


「え、もしかして、私って空に浮いてる?」

「より正確に言うなら、飛んでいる私に抱き抱えられている、という感じでしょうか」

「ひゃわっ!」


 そう言いながら、急降下で地面に降り立つ。

 どうやらお姫様抱っこをしてもらっていたらしく、顔も良く見えないまま立たせてもらうという紳士コンボをかまされる。


 本来は嬉しいことなのだが、見ず知らずの人にいきなりこんなことされるのは、さすがに女として腹が立つ。


「……一応、異性なんですから、距離感考えてください!」


 というわけで、制裁として腹に軽く正拳を入れる。

 いわゆる、小突くよりは強く、腹パンよりは弱い、威力的にはツッコミのような突き。

 それにしても、ロナードのときは照れから問答無用で投げてしまったが、今回はこの程度で済んでいる……これは、私の成長を示しているといっても過言ではないだろう。


 同じ過ちは繰り返さない、これにはアオイさんも「やるじゃない! さすが私の友達ね! ところで、そろそろふたりだけのときは、友達みたく名前で呼び合わない?」と、デレてくれるはず……


「なっ……おぁぁ……!」


 ……あれ?


 軽い悲鳴と共に吹き飛び、スガァァァァン! という轟音と共に、岩盤に叩きつけられる顔も知らない(たぶん)紳士。


「アポカリプスを直接叩きこんで無重力状態にしつつ、拳でのダメージと衝撃で相手を文字通り吹き飛ばす……威力は投げより下みたいだけど、咄嗟に出せるから便利そうね」

「いや、冷静に分析している場合じゃないですから!」


 だって、ありえないぐらい音したもの!

 なんだったら、岩盤崩れそうだもの!


「大丈夫よ。この世界の衛兵……いわゆる警察は、はっきり言って無能よ。ここは町に近い森とはいえ、モンスターも出る場所。モンスターにやられたってことになって、誰も怪しんだりしないわ」

「恐ろしいこと言わないでください! だ、大丈夫ですか~!」


 高速移動で激突した岩盤に急行する。

 あ、なんかいつもの高速移動より早いような……もしかして、クイックとかいう魔法ができてる?


 そのおかげで、紳士を叩きつけた岩盤に来られたが、私の第一声はこれだ。


「あ、これダメだ……」


 まだ粉塵で良く見えないが、岩盤に巨大すぎる大きな窪みができている。

 これは粉塵が晴れたとき、私が見る光景は、極めて高い確率でB級ホラーの殺害現場見学だ。


(奇跡的に生きていますように……!)


 そう願いながら、おそるおそる岩盤に近づくが……


「魔王の力をしっかりと宿しているようでなによりです。それにしても、随分とお転婆になりましたね」


「え……?」


 後ろから聞こえてくる、さっきも聞いたやたら良い声。

 振り返るとそこには、さっき見た色白い肌色……やたら胸元が開いた貴族的衣装をまとい、艶のある黒髪と赤い目のイケメン。


「お久しぶりです、レムリア嬢。いえ、新たなる魔王、レムリア・ルーゼンシュタイン様」


『ヤミヒカ』の攻略対象キャラのひとり。


 吸血鬼であり、王国の宰相を務める、ヴラム・アルカードがそこに立っていた。

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