「あ、レムリアさんの方は大丈夫ですか!? 魔王の力を宿して、体がおかしなことになってるとか!」
「……え?」
この世界についての私の仮説と、予測される未来を聞き、目の前の、私の良く知る顔の子が、心配そうに見てくる。
誰かを心配する表情……私はこの表情をする人を、何度も、本当に何度も見てきた。
使用人、周りの大人や同世代の子、そして、親……。
そのすべてが、私にこの顔を向けながらこう言うのだ。
『きっといつか、魔法が使えるようになりますよ』と。
優しい言葉は、何度も私を救い……
『貴族の生まれなのに魔法が使えない……本当、魔抜けよね』
――私を絶望させてきた。
魔抜け……魔力を持つ家系に生まれにも関わらず、魔力を持たずに生まれてきた人間。
私の生まれたこの世界は、魔法が使えると使えないで、能力に大きな差がある。
魔法が使える騎士は、魔法の使えない騎士が10人で挑んでも、負けることなどありえない……それぐらい明確な差があるこの世界だからこそ、人はこぞって魔法と、魔法を使うために必要な魔力持ちの人間を求めた。
そして、魔力は遺伝すると分かってからは、王族、貴族などの上流階級がその血を独占した。
魔力を手に入れた上流階級は、絶大な力だけでなく、自分が選ばれた者であると思考えるようになり、周りを見下し始める。
そんな世界で、魔力が無い人間が、しかも上流階級で生まれればどうなるか分かりきっていた。
『お嬢様は、魔力なんて無くても立派なお方です。お嬢さまにお仕えできて、本当に幸せです』
『レムリアは、魔力なんて無くても私たちの大事な子よ。貴女は、私たちの誇りだわ』
幼い頃から、何度も、本当に何度も聞いてきた言葉。
『ようやく、貴族のメイドになれたのに、なんであんな魔抜けに仕えなきゃいけないのよ』
『我慢しなさい。あんなのでも公爵令嬢よ。この家で覚えが良くなれば、魔力持ちの貴族を紹介してもらえる可能が高いんだから』
『そして、妾でもいいから、魔力持ちの子供を産めば、私も貴族の仲間入りってわけね』
もう何が真実か分からない。
『アレは嫁にやりましょう。嫁がせれば、相手方の一族。公爵の娘という立場ではなくなりますわ』
『嫁がせれば、公爵家から魔力無しが生まれたことをうやむやにできるか……では、私たちの力になりそうな豪商に嫁がせるか』
もう何が真実か分からない。
分からないのは怖い。
自分だけが別の世界に居るようで。
分からないのは辛い。
自分だけが別の存在であるかのようで。
だから私は、この世界を……
「おめでとうございます!」
「え……」
目の前の、私の良く知る顔の子が、今度は嬉しそうに私に告げてくる。
分からない。
私には、私が魔法を使えるようになったことを、この子が本当に喜んでいるように見える。
たしかに、私……いや、『レムリア・ルーゼンシュタイン』が魔力を使えるようになったら、喜ぶ人は居るだろう。
本邸に居た時のメイドたちは、魔力持ちに仕えられるようになって喜ぶだろうし、両親も、もっと家の利になる嫁ぎ先を選べるから喜ぶだろう。
だが、目の前のこの子の喜びは、私が知る喜びとは違う。
そして気付くのだ。
「……近すぎ。離れなさい」
「あ、ごめんなさい」
この子は距離感がおかしい。
たしかに、話をしっかりと聞いてもらいたいときに、私もやるときがある。
だが、自分がやるのはいいが、他人にやられるのは嫌だ。
というか、私がこんなに照れているのに、この子には羞恥心というものがないのだろうか?
本当に分からない。
「さ、さすがです! あ、でも魔王の力が無くなったら、レムリアさんはまた魔法が……」
そして、もっと分からなくなる。
この子は、魔王を撃退すれば、私が魔抜けの『レムリア・ルーゼンシュタイン』に戻ることを心配しているように見える。
分からない。
私が魔法を使えた方が得をする、両親やメイドたちがそれを言うなら分かる。
だが、この子にとって、私が魔法を使えようが、魔法を使えなかろうが関係は無いはずだ。
私が魔抜けに戻ろうが、この子は本来の『姫川葵』に戻る、ただそれだけ。
私を心配する理由などない。
分からない。
「……お馬鹿」
「はうっ!」
気が付けば、目の前のこの子を指で強めに弾いていた。
なんでこんなことをしたのか、自分でも明確な答えは無い。
この子を拒絶したかったのだと思うが、何かが違う気がする。
「……頑張りましょうね、レムリア様♪」
そして私は、この子と共に、この世界を救う道を選んだ。
この世界が……この子がバッドエンドにならないように。
これが気まぐれというものなのか、私の中の何かがそうすべきと判断したのか、私には分からない。
ただ、ひとつ分かる事があるとしたら、
(……なんだか、頬が火照っている気がする)
それだけだった。