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第2話 悪役令嬢と女子高生

「……どうしたもんかなぁ」


 屋敷の部屋で、乙女ゲーム『闇と光が交わる時の中で』に登場する悪役令嬢、レムリア・ルーゼンシュタインが呟く。

 これがゲームなら、ちょっとした日常のシーンなのだが、困ったことに話しているのはただの女子高生である私、『姫野葵』なのだ。


「……はぁ」


 窓を開け、外を眺めながら、この夢みたいな現状を整理する。

 あの、『布団に包まっていたら、乙女ゲームの悪役令嬢になっていた事件』のあと、私の背負い投げによる轟音のせいで地下室は衛兵に見つかり、私と男騎士は捕まった。


 地下室には、魔王崇拝者であることを証明するようなヤバイ物件だらけだったが、その後すぐに地下室そのものが崩壊したので、あらゆる証拠が消滅。

なんか怪しい事してたっぽいけど、証拠が何もないからとりあえず解放ということになったのだが、それから大変だった。


 まず私は、自分の頭の中にレムリアの記憶が入り込んできて、その場で気絶し、起きたのは救助3日後。

 異世界転生もので見る、転生先と転生前の記憶の融合による脳のキャパオーバーだろう。

 今は、姫野葵の記憶ベースで、レムリアの一部の記憶……おそらく、あまり強い印象がなかった、当たり前の日常レベルの記憶が入り混じった状態になっている。


 そして、おそらく最も大変だったのは――


「レムリア様~! そのお顔を見せてくださ~い!」

「くそっ! また突破された!」

「あのパワー……聖騎士とはいえ、本当に人間なのか!?」


 ――人格まで変わってしまった男騎士……ロナード・シュトロハイムだろう。


「ああっ、レムリア様! 本日もお顔が見れて、僕は幸せ……」

「毎日毎日しつこいです~!」


 窓から飛び降りてロナードの元へ、そして背負い投げをかます私。

 轟音と共に頭から地面に刺さるという、ここ最近の日常茶飯事を繰り返す。


「ギョ……ギョウモ、アリガトウゴザイマフ」


 今でも信じられないが、このなんだか残念なのが、あの男騎士。

 勇者と並んで、人類の守り手とされる『聖騎士』の称号を受け継いだ者でありながら、実は魔王崇拝者で、魔王復活のためならなんでも利用し、どぎつい拷問すら笑顔こなすという、属性モリモリキャラだ。


 だが、私の背負い投げで打ち所が悪かったのか、こんな残念な人になってしまった。


「お見事です、レムリアさま!」

「お手をわずらわせて、申し訳ありません!」

「あ、いえ……いつも通り、追っ払っちゃってください」

「はい!」


 地面から引き抜かれたロナードと一緒に、去っていくルーゼンシュタインの門番さんたち。

 本来ならレムリアを真似た方がいいのだろうが、登場キャラクターの前ならともかく、身内なら許されるだろう。


「それにしても……」


 さっきまでロナードが刺さっていた地面のクレーターを見る。

 魔法が当たり前の世界でも、この破壊力は異常だ。

 精霊の力を宿したヒロインの勇者ちゃんならともかく、ただの公爵令嬢であり、魔法を使う事ができないレムリア……私に、こんなことができるわけがない。


 ならばなぜできるのか? 理由は簡単だ。


「……アポカリプス、使えちゃうんだよね。ものすっごくちっちゃいけど」


 手のひらの上に、野球ボールを一回り大きくしたような、黒い球体を作り出す。


 ――魔王となったレムリアが使う最強魔法、アポカリプス。


 儀式は成功していたらしく、今はレムリアである私も使える。


 どうやら複数の効果が発動しているっぽいが、基本的には重力と関係あるらしく、自分が望む対象をこの黒い球体に引き込んだり、逆に引き離したり、珍しいところだと、球体に触れた相手の重力を操作できるということだ。

 窓から高速でロナードのところまで移動できたのも、背負い投げが地面にクレータ作るような破壊力になるのも、全部アポカリプスの重力操作によるものだ。

 レムリアはもっと大きなアポカリプスで国を破壊していたが、あれは超広範囲の重力魔法のようなものなのだろう。


 ……まあ、私はどんなに頑張っても、この大きさしか作れないわけだが。

 同じ体になったはずなのに、このスペック差……神様はいつだって不公平だ。

 まあ、これぐらいの大きさでも便利で助かってる。

 なにせ、自分の前に発生させれば、引っ張ってくれるから歩かなくていいし、遠くにある物を引き寄せれば、わざわざ立ち上がって取りにいく必要もないのだから、ぐうたらな私には最高の魔法だ。


「……でもこれ、『魔王の力』なんだよね」


 魔王専用であるこの魔法が使えるということは、私は、ゲーム同様に、魔王を宿しているということ。

 ヤミヒカの世界の魔王は、300年前に現れ、当時の勇者に倒されるまで世界を破壊し続けたという存在であり、禁忌そのもの。

 私、レムリアが魔王の力を使えると知られたらどうなるか……答えは簡単。拘束&極刑だろう。


「……魔王として覚醒する前に、自らこの命を断つのもいたしかたなし! ってわけにもいかないんだよね。まあ、どうせ怖くてできないけど。」


 なんども見たバッドエンドの中にあったのだ。

 立ちはだかるレムリアを倒し、魔王に体が乗っ取られる前に殺してしまうというルートが。

 その場合、むしろ魔王が完全に解き放たれ、完全なる魔王として降臨、完全に世界を消滅させてしまう。


 ちなみに、全部のイベントを放棄して、普通に学校生活を楽しんだら……描写が無いから分からないが、それでもレムリアの魔王が覚醒する。

 勇者ちゃんが朝起きたら、学校も、王城も、王都も、すべてが消滅しており、近づいてきた仮面の女……魔王に覚醒したレムリアに殺されるという、最悪のバッドエンドだ。


「何かしてもダメ……何もしないでもダメ……あ~もう! どうすればいいの~!」

「……グッドエンドを目指せばいいのよ」


 いつのまにか、私のそばに非常に見覚えのある人物がいた。


「知っているだろうけど、一応、自己紹介させてもらうわ」


 よく聞く声、鏡で何度も見た顔……


「私の名前は、姫野葵。よろしくね、レムリア・ルーゼンシュタインさん」


 ……ただの女子高生である『私』、姫野葵が話しかけてきた。

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