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ばつつけ
狐路ゆかり
文芸・その他ショートショート
2024年10月09日
公開日
2,285文字
連載中
 さあ、始まりました! 期末テストの丸つけのお時間です!

第1話

「さーてやりますか!」

 それはとある寒い日のこと。期末テストの答案を抱え、花丸優子はなまるゆうこはデスクへと戻ってきた。封筒には『社会科』と書かれている。どのクラスからつけようかな~、という優子に、隣の席の秀美ひでみはどこからでも変わんないわよ、と冷めた様子で言った。

「いやいや、変わるもんね……高得点行きそうなクラスは最後にしよっと。ご褒美がわり」

 みんなが職員室にいるうちに、大変なクラスからつけちゃおっと、と言いながら、優子はB組と記載がある封筒から答案用紙を引っこ抜いた。

 とんとん、と紙をそろえて中央に置き、模範解答を左において、赤ペンを手に持つ。

「これは……バツ、これも……バツ!」

「ねえ、口に出さないで出来ない?」

「難しく作ったつもりないのにぃ~!」

「優子うるさい」

「なんなのよこのミミズがのたくったような文字は! 読めないっての」

 しゃっ、しゃっ、と音を立てて、バツがつけられていく。その横では、秀美がしゅるっ、しゅるっ、と丸を付ける音が響いていた。

「秀美のクラスは優秀だね~」

「別に……これだけはやれ、っての教えてるだけだし……」

「ぶっ」

 唐突に優子がふきだした。秀美は何、と振り向く。

「ねー、見て! 国民の三大義務……」

 ここでいう模範解答は、「教育」「勤労」「納税」だろう。秀美のクラスは既につけ終わっているが、正答率は八割は超えていた。

「食う、寝る、遊ぶ!」

 ぎゃはははは、と優子が爆笑する。

「やばくない!? これ義務だったら最高なんだけど! あたしもこの義務果たしてぇ~!」

「欲望だだ漏れでやばい」

 ひいひいと引き笑いしながら優子は次の設問へ移る。そして、また大笑いを始めた。

「もう、次は何」

「だははははは! 江戸城を築いたのは?」

「え? ……大工さん」

 秀美の答えに、すん、と優子は真顔に戻る。

「……なんで当てちゃうの」

「毎年いるでしょ、そういうヘリクツ回答の子」

「まあ、この問題も悪いけどね……。家康の前に上杉氏の家臣の太田って人が基礎作ってるってのもあるし……」

 黙って教科書の内容覚えりゃいいっちゃいいんだけどさ、と言いながら優子はまたペンをしゃっ、と走らせた。

 しばらく静かに丸つけをしていたかと思ったら、次は唸りだす優子。

「んんん~」

「何」

「ねえ、これって、『あ』だと思う? 『お』だと思う?」

 秀美に差し出された答案には、殴り書きの『あ』とも『お』とも取れない文字があった。

「……あんたがそう見えた方でつけるしかないんじゃない」

「だよね」

 と言って、優子はあっ、と声を上げる。

「どっちにしてもこれの正答『え』だわ」

「私に聞かなくてよかったのでは」

 それから5分後か。今度は優子が叫びだした。

「うおおおおお」

「今度は何」

「鎌倉幕府の成立1185年って答えてる子いるううう」

「あーね」

 わしゃわしゃと頭を掻きむしる優子に、秀美はため息で返した。現行の教科書的には「いい国作ろう鎌倉幕府」ということで、源頼朝が征夷大将軍となった1192年を鎌倉幕府の成立とする説が有力だが、何をもってして『鎌倉幕府』の成立とするのか、という問題が付きまとう。鎌倉幕府の制度、機構が確立された1185年の方が成立年としては正しいのではないかと言われると、ぐうの音も出ない。

「どっちも教えた?」

「教えた」

「それじゃあんたの出題ミスじゃない。1192年って答えさせたいなら、頼朝が征夷大将軍になった年って聞くべきだったんじゃない」

「……だなぁ……どうしよう」

「どっちも正解にして返却の時に解説だね」

 どっちも書いてる子いるでしょ、という秀美に、優子は小さく「うん……」と返した。


 それ以降しゅんとしてしおらしくなり、真面目に丸つけをしていると見えた優子だったが、また急に眼をきらきらさせて秀美に話しかける。

「ねえねえ秀美!」

「はいはい」

「見て!」

 ずい、と目の前に差し出された答案、優子が指さす先には『モソソン号事件』と書かれていた。

「もそそん号」

「いや、……うん、そう見える」

「これ点数あげるべき!?」

 秀美もさすがに唸る。どう見てもモソソンだ。モリソンには見えない。何度見ても『もそそん』である。

「私なら注釈付き丸か、二点配点ならマイナス1かな」

「あっ、これ2点問題だ」

 じゃ、三角で1点つけるか! と言いながら、優子はモソソンの上に三角マークを書いてその中に1と記載する。

「この感じだとモリリン号もありそうだよね」

「モソソソ号もあるかも」

「すげー船の名前爆誕しちゃってる」

 もしかして、生徒たちってあたしらが丸つけの時退屈しないようにしてくれてんのかな! なんていう優子に、秀美は冷静に「それはない」と言い放ち、コーヒーを一口すすった。外を見れば日はとっぷりと暮れて、生徒も下校しているからか校内の暖房は極限まで下げられている。

「もー! 全然丸がないよ! こんなんじゃ丸つけじゃなくて『ばつつけ』だわ! 気分転換にあったかいココア買ってくる!」

「はいよ」

 財布を持って、優子はぱたぱたと職員室を出ていった。近くのコンビニまで行くだろうから、15分くらいは戻らないだろう。

 秀美は、はー、と深いため息をついた。

 後ろのデスクの島から若い男性の声がする。

「平先生、ずっと花丸先生に絡まれてましたね」

 くすくすと笑う男の声に、秀美は苦笑した。

「はは、あの子、珍解答あるたびに報告してくるんだもん」

 ま、そうでもしないとやってらんないのもわかるけどさ。と付け足す。


 奥の教頭席では、静かに書類整理をしていた教頭が密かに花丸優子の業務成績メモに『おしゃべりのしすぎ、同僚の業務に軽微な支障、×』と記載していた。


 ばつは誰がつけるもの?

 ばつは誰につけられるもの?

 ――何をもって、ばつと為す?


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