有名ミステリー作家・ツノダシオンが亡くなった。89歳の大往生だ。
彼女は長年の読者へ、1冊の小説となぞかけを遺していった。
「今日から、皆様に私の名前で5つの新作を発表いたします。
1作品は、私が生前、最後に書いた小説です。
しかし、それ以外の4作品は、私のアイデアをもとに4人の志願者様が書き上げた作品です。
これは私からの最後のなぞかけ、最大のミステリーです。
私の本当の新作は、どれでしょう?」
彼女のファンだけでなく、なぞかけに興味を持った人々もこの話題に夢中になった。
5つの本は飛ぶように売れ、人々は「これがそうだ」「いいや違う」と大騒ぎ。
1年、2年、3年……何年経っても評判は落ちない。どのミステリー小説も、本当に面白かったからだ。
さらに何年も過ぎ、いずれの小説もベストセラーと呼ばれるようになったころ。
ツノダシオンの担当をしていたという老編集者と、2人きりの飲みの席を設けることができた新人編集者が、こっそりと尋ねた。
「ところで、本物の新作ってどれだったんですか?」
「さぁね? 死人に口なし。あのばあさん、自分の長年の作家仲間に頼んだから……」
「まさか」
編集者はにやりと笑って、厳かに両手を合わせた。
「全員もう墓の下だ。解けない謎を遺せた、だなんて、きっとあの世で大笑いしてるぜ」
でも、と言いかけて新人はふと気が付いた。誰も、損をしていない。
読者は謎解きを6つも楽しめた。
小説を読んで作家を目指した人間も多い。
もちろん出版社は儲けたし、関係者たちだって、人々の楽しみを奪わないように気を配ってきたんじゃないだろうか。
思わず笑みがこぼれてきて、新人は何も言わないことにした。
「俺もいつか、そういう話を手掛けたいです」
「殊勝なことだ。気張れよ」
「はいっ!」
居酒屋には賑やかに、笑い声が響いていた。