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第22話 帝国流の決闘方法

「な、なんだぁ……? てめぇは……?」


 突然声を上げたセレスにエドガーは狼狽する。

 それもそうだ。いきなり【凶兆の紅い瞳】を持つセレスが出てきたのだから。


「留学生のセレスティア・ヴァン・アルトレイドと申しますわ。これが王国の決闘なのですね! ぜひ、私たちも混ぜて頂けませんこと?」

「あ、姐さん……!?」


 セレスはようやく落ち着いてきた場をしっちゃかめっちゃかにして、自分の面白い方向に持っていく。

 別にもっと早く俺たちが出てきて代理人としてフェルディナンと戦ってもよかっただろうに、わざわざエドガーとリオネルが出てきたタイミングで言うのだからタチが悪い。


「私は私の騎士グレンと共に、ルーシーの側につきますわ。二対二のドール戦、いかがかしら? 皆様も帝国の戦い方を見たくはありませんこと?」


 俺を引っ張り出しながら言うセレスに、観衆が沸き立つ。

 突然出てきたエレオノールの上に、さらに帝国の留学生が加担するというのだから物珍しい光景だろう。


「き、貴様……! まさか留学生の騎士だったとは」

「フェル、ここで退くわけにはいかねぇぜ」

「そうですね。王国の威信をかけて負けられない戦いになります」


 フェルディナンは明らかに警戒しているが、エドガーとリオネルはそうでもないらしい。

 こうなってはフェルディナンはこの決闘を受けざるを得ないだろう。


「いいぜ。帝国の鼻っ面をヘシ折ってやるよ。お嬢様?」

「あらあら、ご丁寧にどうも。よろしくお願いいたしますわ」


 エドガーはセレスを挑発するが、にこやかに返されて黙り込んだ。

 すると、次は俺の方を向いて圧をかけてくる。


「お前、知ってるぜ」

「おん?」

「たしか貧相なメイドを連れてたよなァ? 騎士つっても田舎もんの――フギッ!?」


 あっ、やべっ。


 反射的に俺はエドガーの顔面にパンチをかましていた。


「で、でめぇ! なにしやがる!」

「あぁ? 今、俺の妹のことをなんつった? 貧相とか聞こえたが聞き間違いか? ぶっ殺すぞ」

「や、やってやるよ!」


 マリンを貶されてブチ切れている俺は拳を鳴らしてエドガーを待ち受ける。

 その場で殴り合いをおっぱじめようとした、その瞬間――。


 ――シャキン、と音がして剣が俺たちの間に刺しこまれた。


 見ればセレスが腰の剣を抜いている。


「まぁまぁ、失礼を致しましたわ。今のは帝国流の決闘方法ですの。合図もルールもない、貶されたからにはその場で殺し合うのが帝国流ですわ。そうでしょう? ルーシー」


 そんなん初めて聞いたわ!


 だが、気圧されたルーシーはこくんこくんと無言で頷いた。


「ですがここは王国、ご無礼を働いたことを謝罪いたします。貴方も、帝国にいらっしゃるときがあればお喋りにはお気をつけになった方がよろしいですわ」


 そう言って見えない速度で剣を収めたセレスに、エドガーは呆気にとられる。


 セレスが止めるのだ。これ以上の揉めごとは避けた方がよさそうだ。


「グレンも謝罪なさい」

「アッハイ。すいませんでしたー」


 誠意の一切こもっていない謝罪をすると、エドガーは俺を睨みつけつつ下がった。

 ここから先は決闘の場でやればいい。マリンを貧相だとか抜かしたことを後悔させてやる。


 そうして緊迫した空気がほどけたところで、観衆の中からジェスティーヌが出てきた。


「フフッ、貴女は本当に面白い御仁だな」


 そうセレスに言って、持っていた扇子を広げた。

 そして、俺たちとフェルディナンたちの間に立つ。


「この勝負、このジェスティーヌ・ヴィル・ロンデクスが預かる! 勝負は二対二のドール戦! 場所は闘技場! 日時は追って伝える! では皆の者、散れ!」


 ジェスティーヌの言葉に、観衆は言われた通りに散っていった。


「フェルディナン様……」

「安心しろリース。お前と俺、そしてエドガーとリオネルがかかれば造作もない」

「そうだぜ。あの野郎、覚えとけよ……!」

「エド、あまり頭に血が昇っていると足元をすくわれかねませんよ」


 残ったフェルディナンたちがそんな会話をしている。

 俺たちはといえば、発端となったルーシーを囲むようにしていた。


「あ、アタシ、姐さんたちまで巻き込むつもりは……!」

「だって、せっかく決闘なんですもの。大勢で楽しまなくては損ではありませんか」

「損って……。君も、どうしてアタシの味方をしてくれたの?」


 セレスの言葉に呆れつつ、ルーシーはエレオノールの方を向く。


「それが、私のすべきことだからです。ルクレツィア様」

「すべきこと……?」

「それがどんな結果をもたらすかは私にもわかりません。ですが、これだけは言えます」


 エレオノールはルーシーの前にひざまずき、手を差し伸べた。


「貴女は選ばれし者。そして私は導く者。どうか私を、そして貴女のドールを信じてください」


 ルーシーは不思議そうに開けていた口をきゅっと結んで、その手を取る。


「君の名前は……?」

「エレオノール・ヴィル・シュタイン……。エリィとお呼びください。騎士様」



 ◇   ◇   ◇



「勝手なことをされては困ります! セレスティア様!」


 その日の夜、自室で俺たちはアンナさんに叱責を受けていた。


「帝国からいらして数日で決闘など、これでは友好の証の留学という名目が立ちません!」


 俺としては止められなくてスンマセン、といった感じだが、肝心のセレスは椅子に座って欠伸をかみ殺している。


「今からでもご辞退ください。セレスティア様」

「なりません。帝国の威信もかけて、一度参加すると宣言したからには取り下げることはいたしませんわ」


 意に介さないセレスの様子に、ぐっとアンナさんは苦しい顔になった。


 この人、俺たちの補佐という話で王国から派遣されてきたようだが、実際にはお目付け役なのだろう。

 それが留学一週間も経たないうちに決闘騒ぎに参加してしまったのだから、アンナさんの立場がない。


 それをセレスもわかっているのか、態度を軟化させて言う。


「では、こういたしましょう。今回、ルーシーは決闘にその身をかけています。私たちも同じようにこの身をかけて戦うというのは」

「そ、それは……」


 セレスは椅子に座り直して、紅い瞳を光らせた。


「今回の決闘に私たちが負ければ王国はドールとその騎士を手に入れることができる。そう考えれば王国の利を優先すべき貴方にも多少の理由ができるのでは?」

「ですが、貴女がたが勝った場合には……」

「それは勝ち負けの世界。仕方ないことと割り切って頂けなければ困りますわ」


 アンナさんは短く息を吐いて考える。

 そして、しばらくして重い口を開いた。


「決闘の相手であるフェルディナン殿は現在、序列一位の実力者。そしてエドガー殿も序列四位です。あの平民出身のルクレツィア生徒と共闘して、勝ち目があるとお思いですか?」

「そんなものは学校内の序列に過ぎません。しょせんは学校という箱庭の中の順位……。私たちはすでに実戦を経験していますわ。それに決してルーシーは弱くない。それはこれまでの成績でわかっているはずでしょう?」


 たしかに、ルーシーはリースに離れられるまで調子のいい成績を残していたはずだ。

 まったく勝ち目がないともいえない。というより、やるからには勝たなければいけない。


「……そのような覚悟がおありでしたのならば、承知いたしました」

「わかって頂けて嬉しい限りですわ。他になにか?」

「いいえ、失礼いたします」


 そうして、アンナさんは俺たちの自室から出ていった。

 静かになった部屋の中で、俺はセレスに言う。


「……ルーシーは弱くないって本音か?」

「いいえ? ですが、これから強くさせればいいだけのお話です」

「簡単に言うな……」

「貴方様もあの場で手を挙げようとしていたではありませんか」

「まぁな」


 ルーシーはもう、俺たちにとって立派な妹分だ。

 何もできず、周囲から見放されたルーシーを放っておくなんてことはできない。


「明日から忙しくなりそうですわね」


 決闘の日まで、そう長い時間はないだろう。

 それまでにルーシーがフェルディナンに勝てるまでの技量と、エリィとの同調に慣れさせなければいけない。


 まずは【オリフラム】の具合を見てみるか。


 【ペルラネラ】とは別のドールのことも知っておきたい。久しぶりに元エンジニアの血が騒ぐ俺だった。

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