「やぁ! たぁ! とりゃあ!」
翌日、剣の鍛錬の時間に、俺はルーシーの相手をしていた。
威勢のいい掛け声と共に打ち込まれる剣は威力こそ中々だが、読みやすい。
俺の【
――右足の踏み込み、左からの斬り上げ、その後は袈裟斬り。
俺はその踏み込みに合わせてルーシーの懐に体をねじ込んだ。
そして、大振りな斬り上げを封じてから肘を前に突き出した。
「うぐっ!?」
途端に小柄なルーシーの体が後ろへと突き飛ばされる。
俺はふぅ、と息を吐いて剣を下ろした。
「くそっ! もう一回お願いします!」
ルーシーは素早く立ち上がって剣を構える。
もう何度もこんな感じだ。
俺としては【
「ねぇ、ルーシー。まるで剣に集中出来ていないように見えますわ。それでは鍛錬になりませんよ」
「うっ……」
離れた芝生に腰を下ろしているセレスから声がかかる。
すると図星だったのか、ルーシーが苦い顔になった。
俺からしても今のルーシーは闇雲に剣を振るっているだけで、相手の裏をかこうという気が感じられない。
これでは打ち込み台に剣を叩きつけているのとあまり変わらないだろう。
どちらかというと剣を振るって気を紛らわせている、といったところか。
そう俺の【情報解析】が告げていた。
「でも、でもアタシ、強くならなきゃいけないんです!」
「それは結構ですわ。でもどうしてですの?」
「え?」
「なぜ強くならねばなりませんの? 理由がおありでしょう? たとえば……今すぐ斬り殺したい相手がいるとか」
たとえが物騒だな!?
だが、セレスの言う事はもっともだ。俺は木剣を地面に突き立てて腕組みする。
「お前、なんか焦ってるだろ。悩みがあるうちに戦っても痛い目を見るだけだぞ」
「うぅ……姐さんたちには言いたくなかったんですけど」
「なんでだよ」
「カッコ悪いとこ見せたくないじゃないですか」
いや、初見で十分にカッコ悪いところを見ているから今更なんだが……。
俺は地面に顔から突っ込んだ【オリフラム】を思い出しながら、ルーシーの前に出た。
「いいから言え。それとも剣をブン回しながらなら言えるか?」
主人公がこうも塞ぎ込んでいると、色々と困る。後の世界平和的な意味で。
俺が木剣を再び構えると、ルーシーは顔を上げて決心したような表情を見せた。
「じゃあ……言います!」
「よっしゃ、来い!」
俺が言うや否や、ルーシーは真っ直ぐに剣を打ち込んでくる。
「ッ! アタシが悪いんです!」
それを斜めに受け流して一歩下がって俺は横薙ぎに剣を振るった。
身をかがめて躱すルーシー。反撃の突きが来るとみる。
見ればルーシーの目には涙が浮かんでいた。
「アタシが弱いからッ! アタシが情けないやつだから……!」
突きを首を捻って回避すると、ルーシーのコンパクトに振るった三連撃を剣で受ける。
その調子だ。
剣に感情が乗って、それ故かルーシーの元々の太刀筋と思われる素早い動きが出来ていた。
鍔迫り合いになり、俺は肩でルーシーを押しやる。
「うっ!? だからっ……だから!」
突き飛ばされたルーシーは体勢を崩すことなく、バックステップして下がり、足に力を込めるのがわかった。
「だからリースにフラれたんですうぅぅぅ! うわああぁぁぁ!」
はぁ!?
思いもしなかった言葉に呆気にとられ、俺の反応が遅れる。
そこにバネのように飛んで振り下ろされたルーシーの剣が――俺の額に直撃した。
「あ痛ーっ!?」
「うわぁぁぁぁぁん!」
その場に泣き崩れるルーシーと、額を押さえてうずくまる情けない俺の姿が残るのだった。
◇ ◇ ◇
「あー……痛ってぇ。おでこ割れたかと思った」
「割れてましたわよ?」
「すんません……」
その場でセレスの治癒魔法で応急処置し、医務室で手当てを受けた俺はデカい絆創膏を額に張られた。
未だに頭痛が残る辺り、かなりの勢いで叩かれたと思われる。
ルーシーといえばしょんぼりした顔でベソをかいていた。
「いや、にしても従者にフラれるとかマジか。喧嘩でもしたのか?」
「それが姐さんたちに負けた日から急にそっけなくなって……。気がついたら別のやつとドールに乗ってたんです」
「あらあら……、それは私たちにも責任がありそうですわね」
うぐ、セレスは痛いところをついてくる。
つまり俺たちに負けたからリースに見限られてフラれてしまったと。
若干の罪悪感を感じて俺は後ろ頭を掻く。
「でもなぁ……。そう簡単に乗り換えられるもんじゃないだろ」
ドールに選ばれた側ではないとはいえ、従者を務めるというのはとても名誉なことだ。
負けたからはい次、といった具合にほいほい相手を選ぶことができるのは相当腕が立つ人間でないと難しい。
俺にはリースという少女にはそこまでの腕はないと見えていたし、そもそも腕が立つならルーシーたちは俺たちに勝てなくとも、いい勝負をしていたはずだ。
「それが乗り換えられてるから困ってるんですって! しかも相手がアタシの嫌いなやつで……」
「誰だ?」
「……見てみます?」
口を一文字に結んだルーシーに俺は頷く。
乗り換えたリース自身にも興味はあるが、その相手にも俺は興味があった。ドールに選ばれている人間は限られたキャラだけだ。
俺たちは医務室を後にして、ルーシーの言う相手を見に行くのだった。
◇ ◇ ◇
「たぶん、放課後は教室に残って……」
俺たちは廊下の角で息をひそめて今のリースの相手を待つ。
すると、ガラッと扉が開いて二つの人影が出てきた。
「あ! あいつです! あいつ!」
ルーシーが指し示したのは長髪の青い髪の男子生徒。そして、彼と腕を組んで仲睦まじい様子のリースだった。
俺は記憶の中からあの男子生徒の名前を呼び起こして、唸るように言った。
「フェルディナンじゃねぇか!」
あの男子生徒の名前は【フェルディナン・レイ・ナヴァーレ】。
俺たちの一つ上の学年の騎士だった。
侯爵家の跡取りで、性格は傲慢そのもの。
だが、実力は確かなもので、ジェスティーヌ同様、序盤の強キャラでもある。
ただジェスティーヌと違うのは、仲間にすることが簡単だということだ。
プライドの高いフェルディナンは媚びへつらっておけば勝手に仲間になる。だがそのデメリットとして、物語が進んでもパラメータが上がらず段々と戦力として使えなくなる。
さらにいえば仲間にしていると終盤、敵に寝返るというおまけ付きだ。
なんでよりによってアイツなんだ……。
「フハハ、リース。今日はお前のために用意した特別製の菓子があるぞ」
「え~? フェルディナン様やさし~! アタシ、フェルディナン様と一緒にいると胸がポカポカするの~」
うげぇ……。なんだあのリースのキャラは。
この間は泣きも笑いもしなかったリースがベタベタとフェルディナンに甘えている。わざわざフェルディナンの腕に胸を当てて誘惑している辺り、相当タチの悪い女に見えた。
だが、それを見てルーシーは「あぁ……。リースぅ……」などと涙目になっている。
「あらあら、随分滑稽なことになっていますわね」
「見てる分にはな……。ルーシー。お前、あいつを取り戻したいとか思ってるのか?」
「あ、当たり前じゃないですか! アタシの従者はリースしかいないんです!」
相当な入れ込みようだ。ルーシーは表情を曇らせて言葉を続ける。
「入学してまったく友達が出来なかったアタシに手を差し伸べてくれたのはリースなんです。リースのおかげで序列が八位まで上げられたんです! けど……」
「けど?」
ルーシーはギリッと歯を食いしばった。
「フェルディナンがリースを賭けて決闘を申し込んできたんです。あいつ、アタシよりも序列が上のくせに……。その決闘でリースもやる気がなくて、それで負けて……」
リースはフェルディナンに乗り換えるために決闘を申し込ませたんだろう。それでわざと負けた。
なんてこった。完全にどちらもリースの手のひらで転がされている。
「こっちに来ますわ」
仕方がない。ルーシーが困っているこの状況を、俺は見過ごせない。
俺は廊下の陰から出て、イチャつく二人の前に立つのだった。