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第18話 満面の笑みを鼻先三センチ

「ふふふっ、ジェスティの話は本当に面白いですわね」

「セレスこそ想像していたよりも愉快な性格であるな。私もつい興が乗って話してしまう」


 めっちゃ仲良くなってる!?


 放課後、俺たちはジェスティーヌに誘われ、彼女の私室でお茶会に参加していた。

 さすがは公爵令嬢。出てくるお茶もお菓子はどれも最高級のものだ。

 マリンの淹れてくれるお茶には負けるが、俺はその美味しさに夢中になってしまう。


 そんな風に話よりもお茶に関心が向いていたら、気がつけば二人は愛称で呼び合う仲になっていたのだ。


「やっぱりジェスティーヌのとこのお茶おいしー! ねぇ、リナおかわりー!」


 そして、辛辣な言葉で返されたルーシーもちゃっかり参加していた。

 リナ、と呼ばれたメイドが仕方なさそうに笑う。


「はいはい。ルーシー様、泥水ですよ」

「泥水おいしー!」


 もちろん淹れられたのは泥水じゃなくて、ちゃんとしたお茶だ。

 それに関してジェスティーヌが何も言わない辺り、ルーシーとの関係性は思ったより悪くないのかもしれない。


 そんなルーシーを横目に、ジェスティーヌが俺たちに向かって言う。


「ところで貴公ら。校内序列に関して興味はないのか?」

「校内序列と言いますと、生徒同士の決闘で決まるという?」

「そうだ。そこの三下が今は十四位。私が三位という具合でな。貴公らならば一位を目指すことも可能だろう」

「そうなるとジェスティと戦うことになりまして?」

「いいや、私はしょせん校内の順位などにはあまり興味がないのでな。そうなった場合には棄権させてもらおう。それに上位のものと戦って勝利すればその順位に入ることができるのだ。わざわざ一つずつ順位を上げていく必要はない」


 この辺はゲームのランクシステムと同じようだ。基本的には勝てばパーツやお金をもらえるので順々に戦うのもアリ。すでに主人公が強いのならばいきなり一位と戦うのもアリといった具合だ。


 それも、ある程度経験値を稼いでレベルアップし、【オリフラム】をカスタマイズした主人公ならば簡単に一位を取ることができる程度の難易度だったはず。

 そもそもドールに選ばれていない者はゴーレムで戦うことになるので、その点、主人公は最初からアドバンテージがあるのだが……。


 ルーシーが十四位というのはちょっと低すぎる気がする。


「アタシだってすぐに順位上げてやるもん!」

「たわけめ。ついこの間、順位を落とした者が何を言っている」

「うっ、だってあれはリースが……」


 それまで勢いの良かったルーシーは意気消沈したように肩を落とした。


「どうしたんだ?」

「いや、なんていうかちょっと失敗しちゃって……。あはは……。まぁまぁ、いいじゃないですか。アタシの話は!」


 詳しく話すこともなく、ルーシーはまたお菓子を頬張り始める。


 その様子に違和感を感じてジェスティーヌを見るが、やれやれと首を横に振るだけだ。

 語るべくもない、といった様子に、俺たちは深く追求できずに話題を変える。


「留学生である私たちがもし一位になってしまったら、王国の顔に泥を塗ることになってしまいますわ」

「フフ、そうだろうな。かといって貴女はそれを気にする性ではない、そうであろう?」

「あらあら、そんなに買われては頑張らないといけませんわね」


 いや、頼むからやめてくれ!


 ジェスティーヌは知らないのだ。この女の本性を。

 セレスがどこまで猟奇的な戦闘狂かを目の当たりにしていないのだから。


 果たしてこの学園ではどう動けば国際問題にならないのか。


 俺は笑い合う令嬢二人の間で頭を抱えるのだった。



 ◇   ◇   ◇



 ジェスティーヌの部屋からの帰りがけ。俺とセレスは廊下を歩く。


「まさかお前とジェスティーヌがあそこまで馬が合うとは思わなかったぞ」

「さっそくお友達が出来て嬉しい限りですわ。お父様が期待していらっしゃるようなことも、もしかすれば叶うかもしれませんわね」


 期待していること、といえば帝国と王国間の貿易の話だろう。しかも相手は公爵家だ。アルトレイド辺境伯からすれば願ったり叶ったりの伝手である。

 辺境伯は俺に色々と吹き込んでいたが、本来はセレスの役目なのだ。


 俺は後ろを歩くセレスに少し茶化すように言う。


「親孝行か?」

「ふふっ、あれでも一応は父親ですから、一つくらいは我儘を聞いてあげても罰は当たらないと思っていますの」


 酷い言い様だ。

 だがセレス自身、自分を屋敷から解放してくれた分の感謝はしているのだろう。


 下手をすれば嫁にも出せず、屋敷の中で一生を終えるかもしれない身だったのだから。


 俺はふっと笑って再び歩き始める。

 静かな廊下で俺たちの足音だけが響くが、不思議と沈黙が苦ではない。


 俺もセレスもお喋りな性格ではないからだが、それ以上に常に通じ合っているという感覚があるのだ。

 これもドールで心を一つにした影響なのかもしれない。


 そこで、ふと気になったことを言葉にしてみた。


「なぁ、セレス。ルーシーの様子、変じゃなかったか?」


 少し足を速めて隣に並んだセレスは人差し指を唇に当てて首を捻る。


「確かにそうですわね。何かあったのでしょうか」

「うーん、俺たちに喧嘩を売って学校から怒られたとか?」

「あの子はそんなことを長く気にする子ではないと思いますわ」


 まぁ、それもそうか。


 ついでに、順位を落としたというのも中々気になる話だ。

 俺が憶えている限りでは今は序盤も序盤。大して強い敵もおらず、チュートリアル期間中と言ってもいい。


 そんな中、決闘で主人公が負けるというのは相当に相手が格上だったのだろう。


 いったい誰と戦って負けたんだ?


「ん?」


 と、思考に耽っていると、廊下ですれ違う女子生徒に目がいった。

 肩の当たりで切り揃えたピンク髪に、見覚えのある顔。


 女子生徒は俺の視線に気づいたのか、少し頭を垂れて歩き去っていく。

 その顔には少し影が差していて、肩を落としている様子だった。


「貴方様……?」

「え? あ、ああ……すまん」

「今の子が何か気になりまして?」

「いや、ちょっとな……。ってひぇ!?」


 見れば、セレスは満面の笑みを鼻先三センチに近づけてきている。紅い瞳が煌々と光っていて、殺気に近い雰囲気が出ていた。


「どこか気になったのですか? 詳しく教えてくださるのですよね?」

「あ、いや、痛てててて!?」


 迂闊ゥ! セレスが隣にいるのに目で追ってしまったのがマズかった!


 どう言い訳しようか。それとも今まさにつねられている頬が千切れれば満足するかな……。


 だって仕方がない。


 あの特徴的なピンク髪はゲームのヒロインのものだったのだから。


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