「おいゴルアァアァァァァ! マリンを返せええええええ!!」
ルイーズ婆さんから事を聞いた後、俺はそのまま領主の屋敷に殴り込んでいた。
門の前の衛兵たちが何事かと目を丸くする。
「な、なんだお前!?」
「技師のグレン・ハワードだ! あの女……セレスを出しやがれ!」
衛兵たちに槍を突き付けられながら、俺はそう怒鳴った。
恐らくマリンを連れていったのはセレスの所業だろう。悪いようにはしない、そんな風に言っていた。
だが……相手が領主のご令嬢だろうが関係ない。マリンを助けるためなら俺は命だってかけられる。
「こいつ……! 無礼な!」
「知るかぁ!」
ずんずんと進んで中に入ろうとする俺に、衛兵の一人から槍が繰り出された。
すると、それは随分と遅い突きに見えて、俺は体を捻って避ける。
そして槍が伸び切ったところを引っ張って、衛兵がつんのめったところに肘鉄を入れた。
「ぐあっ!?」
首に入った強打に衛兵が崩れ落ちる。
あれ? 俺ってこんな強かったっけ?
まぁいい。このままセレスのところまで行ってやろう。
「止まれ! 手加減はせんぞ!」
「上等だよ!」
いつもの俺ならその鋭利な槍の切っ先に怯えていただろうに、なぜか今はその脅威を感じない。
武器を持った衛兵に囲まれ始めた、そのとき――。
「待て」
重みのある声が響く。
それはガヴィーノだった。
そして武器を下げるよう衛兵たちに制すると、こちらに近づいて言う。
「グレン・ハワード。案内しよう。君の妹君のところに」
◇ ◇ ◇
「あっ、お兄!? 見て見て! 似合う?」
「とってもお似合いよ。マリン」
ガヴィーノに連れて来られた部屋で、俺が見たのは――メイド服を着てはしゃぐマリンの姿だった。
傍ではセレスが手を合わせ、暖かい目でその様子を見守っている。
「マリン、お前……なんで」
「お兄のおかげで領主様のお屋敷で雇ってもらえるようになったんでしょ!? 言ってよ! びっくりしたんだから!」
は? え? そんなこと聞いてない。
俺が事態を飲み込めずに口をパクパクさせていると、セレスが前に出てきてそっとマリンの肩に手を置いた。
「そうよ。これからマリンには私の御付きになれるよう、頑張ってもらいますからね」
「はい! お嬢様!」
マリンは嬉しそうにガッツポーズをしてみせる。
そんな様子に俺はつい頬を緩ませそうになったが、頭を振って正気を取り戻した。
「セレス、ちょっと来い」
「あら……あらあら?」
俺はセレスの手を引いて一度部屋を出る。
そして、廊下の壁際に彼女を追いやって睨みつけた。
「どういうことだ?」
「言ったでしょう? 悪いようにはしないと」
「人質にでも取ったつもりか?」
「もう……。そんな風に思わないでください。この屋敷で働けるということは、マリンにとって決して悪いことではないはずでしょう?」
それは……そうかもしれない。
領主の屋敷で働けるというのはある種のステータスだし、給金も悪くないだろう。
だが俺の心の中はもやもやとしたものでいっぱいだった。
それをどう言っていいのかわからず、俺は絞り出すように呻く。
「俺からマリンを奪って……」
「あの子は誰のものでもないわ。いずれ、必ずあなたの元から巣立つ日が来る。それが少し早まっただけ。それをあなたもわかっているでしょう?」
正論だ。マリンだっていつまでも子供じゃない。
マリンにだって見たい世界はあるだろう。行きたい場所もあるだろう。好きになる男もいるだろう。
すべては俺の我儘だとわかっている。
だが、セレスというこの魔女の手のひらの上で転がされているのが我慢ならないのだ。
「やり方が汚いんだよ……!」
「欲しいものを手に入れるのに、私はとても優しいやり方をしていると思うのですけれど……」
壁際に追い詰めたはずのセレスが、一歩前に出てくる。
俺の睨みを真っ向から受け止めるその視線に、こちらが息を呑んでしまった。
「グレン、貴方は私が――お嫌……?」
頬を優しく撫でられて、吐息がかかる距離にまでセレスは近づいてくる。
胸に柔らかいものが押し付けられて、彼女の紅い瞳に吸い込まれるように視線が外せない。
そこで――。
「ねぇ、お兄、なにやって……あ」
――時が止まったように感じられた。
開いた扉からマリンが見てはいけないものを見てしまったような顔で固まっている。
そして、マリンはおずおずとあらぬ方向を見て扉をゆっくり閉めた。
「ご、ごゆるりとぉ……」
パタン、と何事もなかったかのように廊下は静かになった。
「あらあら、バレてしまいましたね。私たちの関係が」
「勘違いされたんだろうがあぁぁぁぁ!!」
◇ ◇ ◇
結局、マリンはそのままお屋敷で雇われることになり、その日から住み込みで働くことになった。
そして家に帰って一人、俺は自分のベッドで横になっている。
もうじき戦争になるとはいえ、領主の屋敷で働けるというのは妹にとって良いことだ。
この領地が無事ならばそれでよし。
もし王国側に占領されたとしても、メイドとして働いていたという経験があれば働き口には困らないだろう。
主人公たちが順調にストーリーを進めていけば、戦争はすぐに終わって平和が訪れる。
せめてその戦火に巻き込まれないよう、いや、巻き込まれてもすぐに逃げ出せるよう準備をしておくべきだ。
だが、今日の去り際にセレスが言った一言が、俺の脳裏に蘇る。
『私は待っていますわ。グレン。貴方が再び私の手を取ってくれると信じています』
信じられたって、困る。
俺はセレスのように戦いに生きがいを感じるような人間じゃない。
両親のように勇敢に戦えるような人間じゃない。
この世界を平々凡々と生きてきた、ただのモブなのだ。
主人公たちが巨悪と戦うのが王道なように、モブにはモブの生き方というものがある。
俺は英雄になんてなれない。
『眠れないか? 悩みか? マスター』
「どわぁぁぁ!?」
そんな風に浸っていたら、聞き覚えのある無機質な声が部屋に響いた。
俺が驚愕して飛び起きると、例の腕輪が光を灯していた。
そこにはウィンドウのようなものが表示されていて、「げっ」と俺は声を上げる。
『びっくりしたか? マスター😆』
「お前、こっちでも喋れんのかよ……」
『肯定🙆』
マジかよ。まったく、これじゃプライベートもあったもんじゃない。
『悩みなら聞く😉』
「逆に聞くけど心当たりとかないのぉ???」
『不明🤔』
「お前のことだよ!!」
悩みのタネがいけしゃあしゃあと……。
セレスはともかくとして、物理的にくっついてしまっているコイツは一番の悩みだ。
【ペルラネラ】に選ばれたのが俺だと知られれば、領主どころか国単位で追われる可能性がある。
「なぁ、頼むから俺じゃないやつを選んでくれよ。俺は戦いなんてまっぴらごめんなんだ」
『だからこそ、マスターを選んだ😀』
「は?」
意外な答えに俺はつい聞き返した。
すると、ウィンドウに戦いの映像のようなものが流れる。
『過去、人類はその力を持て余し、戦いの末に滅んだ。当方はその力の一端とも言える。他の機体も同様だろう』
「それが?」
『マスターならば、当方を不要な戦いに使用しない。そう判断した』
絵文字も使わず、【ペルラネラ】はそう言い切った。
何を根拠に、とは言えない、なにかを知っているような言い方だ。
『それでも、マスターが戦うときは来るだろう。そのときになって、初めて当方の判断の是非は問われる』
「俺が戦うときだと?」
『肯定。未来を知る、マス――』
――そのとき、ノイズと共にブツンとウィンドウが消える。
同時に外から爆発音が聞こえて、俺は外へと飛び出した。
やがて、一昨日にも聞いた警笛の音が街中にこだまする。
見れば、空が赤く光り、火の手が上がっていた。
それは領主の屋敷と工房がある方向だった――。