次の日、俺はいつも通り工房に向かった。
当然だが、魔獣に壊された門はまだひしゃげたままで、痛々しい戦いの跡が残っている。
すると、なにやら俺の姿を認めると誰もがひそひそと話し始めた。
なんだ? と思っていると、同僚の一人が近づいてきて言う。
「よ、よぉ、グレン……。今日は四番騎の調子を見てくれ。あとは俺らがやるからよ」
「……? あ、あぁ、わかった」
おかしい。なんだか腫れ物に触るような雰囲気だ。
いや、元々別にフレンドリーだったわけじゃないが、明らかに気を遣われている。
仕方なく、言われた通り四番騎の調子を見る。
するとしばらくして、後ろからハキハキとした声がかかった。
「グレン殿でありますか!」
「え? ああ、そうだけど……」
見ればそれは四番騎の担当騎士だった。
まだ若く、髪も短く切り揃えた初々しい青年だ。
「ロイクと言います! 先日は危ないところを助けて頂き、感謝しております!」
ああ、と俺は思う。
そういえば四番騎とやり合っていた魔獣を仕留めたときのことを言っているんだろう。
「自分のゴーレムも整備して頂いたとか!」
いや、そっちが本業ですけど!?
俺は騎士からの慣れない礼に頭を掻きつつ、恐縮する。
「俺はただ乗ってただけだ。やったのはセレスティアお嬢様だよ」
「それでも、ドールは二人でしか動きません。グレン殿が乗らなければ自分は今頃……」
「え、結構いい勝負してたように見えたけど」
「無我夢中でした。闇雲に剣を振るっていただけです。日々の鍛錬もあれでは……ううっ……!」
すると突然、ロイクは顔を歪めて涙を流し始めた。
「ちょ、おい、泣くな!」
「うえぇぇ……!」
「と、とにかく座ってくれ! 話は聞くから!」
俺は泣き崩れるロイクをおろおろしながら近くの作業椅子に座らせる。
それから、ロイクは自分の至らなさを吐き出すのだった。
それにしても周囲の視線が痛い。なんか俺が泣かしてるみたいじゃん!
そうして話を聞いていくと、どうやら俺が【ペルラネラ】の騎士候補として挙がっていることが工房中に広まっているらしかった。
なるほどな。だからどいつもこいつも変な態度なのか。
そんな風に肩を落としていると、ロイクが鼻水を啜りながら不思議そうな顔をする。
「ぐすっ、なぜ落ち込んでいるのですか? 光栄なことでは……」
そりゃ、元から覚悟の決まってるゴーレム乗りからしたらそうだろうけども!
俺は頭を抱えながらロイクにぶちまける。
「俺は戦って死にたくないんだよ! 妹だけを残して死ぬわけにはいかないんだ!」
「少なくとも自分たちゴーレム隊よりかは長生きできそうでありますが」
うぐっ、ちょっと痛いところを突かれたかもしれない。
ロイクだってすでに実戦経験のある騎士だ。ガヴィーノも頭に怪我をしていたし、いざ戦争にでもなれば騎士というのはバタバタ死んでいくものなのだろう。
それに比べ、【ペルラネラ】の圧倒的な力は魔獣などものともしない頼もしさがある。
恐らく、相手がゴーレムなら一騎当千の働きができる。
だが――。
「敵にドールが出てきたらヤバいんだよなぁ……」
ドールは何も【ペルラネラ】一騎だけじゃない。
数は多くはないが世界中で出土していて、帝国でも王国でも複数騎保有しているはずだ。
そのうちの何騎かは主人公たちが乗って、武勲を立てていくんだけど。
「そのときは勝てば良いのです。負けたときのことを考えても仕方がありません」
「さっきまで泣いてたやつのセリフとは思えねぇ」
「恐縮です!」
褒めてないよ!
ただ、話をしているうちにロイクは元気を取り戻したようだ。
本当ならこういうやつが騎士なるべきなんじゃないかな、と俺は思う。
そして、あのとき【ペルラネラ】に乗ったことを後悔しっぱなしだった俺だが、ロイクを助けられたという点ではよかったのかもしれない。
俺の視線は不思議と工房の奥に安置された【ペルラネラ】に向いているのだった。
◇ ◇ ◇
俺はロイクと別れた後、【ペルラネラ】の騎乗席に昇っていた。
二度と乗りたくないと思ってはいたが、あくまで技師としてその調子を見ようと思っただけだ。
すると、騎乗席に入った途端、勝手にハッチが閉まる。
やっぱり。このドールには自我がある。
『おはよう、マスター👋』
乗り手を自ら選ぶだけあって……――ぇぇぇええええ!?
「お前、喋れるのか!?」
機械的な女性の声と共に、ディスプレイに文字が並んでいた。
『肯定😎👌』
「いや、なんで絵文字付きなんだよ!」
『当方は感情の表現が得意ではない。故にこういったもので表現する👏🤣』
「ユーモアに富み過ぎじゃない?」
『肯定🤪』
頭が痛くなってきた……。
確かに音声は無機質で、感情のようなものは読み取れないが、まさかそれを絵文字で補うとは。
というか、ドールにそんな自我があるということ自体、知らなかった。
ゲームではドールはただの戦闘用の魔導具で、喋ったりはしなかったのだから。
「マジか。というか、待て。俺が入ってきた途端、お前が喋り出したってことはやっぱり……」
『ご明察の通り😊 当方はマスターをマスターとして認識した😘💖』
「ハートやめろ!」
『喜べ😳』
「喜べるか!」
なんで俺は機械と漫才みたいなことやってんだろう。
俺は呆然とした頭で前部の座席に座り込む。
「……なんで俺なんだ」
『当方が認識した個体の中、現時点で最も同調率の高い人間――それがマスターであるから😛👉』
「セレスはどうなんだ。あいつはマスターじゃないのか?」
『肯定👍 マスターとして登録するのは一人である。だがあの個体はコ・パイロットとして優秀であり、推奨する😚』
「推奨しないでぇ……」
どうやら、完全に【ペルラネラ】に選ばれたのは俺の方みたいだ。
俺はしばしシートにもたれかかって悩む。
今からこいつを奪って妹を連れて王国に行くか?
いや、駄目だ。ドールは一人じゃ動かせないし、妹もこいつに乗せたくない。
あいつはどこか騎士に憧れている節がある。
それともセレスをマスターにするよう命令できないだろうか?
俺は思い立って【ペルラネラ】に問いかける。
「なぁ……今からでもマスターを変更できないか? 俺はお前を操って戦えるような人間じゃないんだ」
『……🤔』
「頼むよ」
そうぐったりと頭を下げて言うと、ガシャンと音がしてシートの横に何か筒状のものが出てきた。
『仕方がない😤 そこに腕を💪』
「え? こうか?」
俺は言われた通りに筒状の機械に腕を通す。
これでマスターを変更できるんだろうか?
そう思って首を傾げていると――。
『痛かったら手を挙げてほしい🤚』
「は? ――って痛い痛い痛い痛いいい!!」
俺の左腕に激痛が走った。何か腕にされているようだ。
だが引っこ抜こうとしても固定されて抜け出せない。
そんな中でも【ペルラネラ】は機械的に言う。
『施術中💉 動かないように🚫』
「無理無理無理無理! 手ぇ上げてんだろ! 下手くそな歯医者か!? ぐああぁあぁぁ!?」
そうして、やっと痛みが治まった。
あまりの痛みに目がチカチカする。
すると、筒に入っていた腕がすぽっと抜けた。
そこには宝玉のついた黒い腕輪が嵌められている。
それを見て、俺は間抜けな声を出してしまった。
「……ふぇっ? なにこれ」
『マスターの証㊗』
ぱんぱかぱーん、とめでたい音が騎乗席の中に鳴り響く。
「はあああぁぁぁ!? てめぇハメやがったな!?」
『😗~🎵』
「こいつッ! このッ! これ外れねぇしッ! チクショウ!」
やられたッ!
こいつは俺を逃がす気はないらしい。
ならこちらにも考えがある……!
「こんなことしたってぜってーお前には乗らないからな! ここでずっと動けないままだぞ!」
『当方はそうは思わない✋ マスターは必ず、再びここに来る🙂』
「うるせぇ! 早くここを開けろ!」
そう怒鳴ると、素直に【ペルラネラ】は騎乗席のハッチを開けた。
俺は怒り心頭の中、逃げるようにその場を去る。
『マスター。そのときが来たら、名を呼んでほしい』
騎乗席から出る間際、【ペルラネラ】は相変わらず無機質な声でそう俺の背中に言うのだった。
◇ ◇ ◇
その日は結局、四番騎の整備を午前中に終えて、昼時には家に帰れることになった。
まさかドールの証らしい腕輪を埋め込まれるとは思わなかったが、早めに帰れるのは嬉しい。
久しぶりに妹を連れて遊びにでも行こう。そこで何かアクセサリーでも買ってやろう。
そう自分を元気づけて家の扉を開けるが。
「マリン。帰ったぞ。マリン?」
マリンがいない。ひょっとして買い物にでも行ったのだろうか。
それにしても妙だ。朝食の食器も片付けずにテーブルに置かれている。
不思議に思っていったん外に出てみると、声がかけられた。
「グレン! アンタ……大変だよ!」
「ルイーズ婆さん。どうしたんだ?」
ルイーズ婆さんはお隣さんだ。
なぜか血相を変えておろおろとしている。
そこで、俺は驚愕の事実を聞いた。
「マリンちゃんが……領主様のとこのお偉いさんに連れてかれたんだよ!」
「なんだって!?」