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第6話 悪い女に騙された兄

「こ、こんな! こんなみすぼらしい男がお前の騎士だというのか!? セレスティア!」

「ええ、そう申し上げたはずですが」


 牢屋から連れ出され、手錠をはめられたまま俺は領主の屋敷へと来ていた。

 そこで、汚れた作業着のみすぼらしい男、もとい俺は椅子に座らされて事の成り行きを眺めていた。


 言い合っているのはこの土地の領主、アルトレイド辺境伯とセレスだ。


「あり得ない……! あのドールは本来、我が家の優秀な騎士を乗せるものだったんだぞ!」

「ドールは相応しい乗り手を自ら選ぶもの……。優秀な騎士とて選ばれるかはわかりません。先にお父様がお乗りになられては? それとも、もう実際にお試しになられたとか?」

「な、なぜそれを……」


 図星だったのか、辺境伯はたじろぐ。

 それを見てセレスは口元に手を当てて笑い、父親に向かって見下すような視線を送った。


「あら、そうなのですか? ふふっ、でもよかったではないですか。これでお父様は安全な場所で指揮を執るだけで済みますわね?」

「言わせておけば……!」


 余裕の笑みで父親を挑発するセレスに、辺境伯は顔を真っ赤にする。

 そんな状況に俺は横に立っている隊長――ガヴィーノに話しかけた。


「……なぁ」

「なんだ」

「なんで俺は連れて来られたんだ?」

「セレスティアが貴様こそ騎士に相応しいなどとのたまうからだ!」


 その問いに答えたのはガヴィーノじゃなく、アルトレイド辺境伯の方だった。


 おお、怖い。

 そりゃドールに選ばれたのが自分じゃなく、ただの技師だったという事実は貴族様には耐えがたい屈辱だろう。

 けれどその心配はない。なぜなら――。


「俺はあのドールに乗る気はないですよ」

「なんだって……?」


 あっけからんと言ってみせると、辺境伯はぽかんと口を開けた。


「俺はただ巻き込まれただけです。魔獣を倒したのも、ドールを動かそうとしたのもあなたの娘さんだ。セレスさえいればドールは動くのでは?」


 そう。俺はあんなものに乗って戦うのはまっぴらごめんなのだ。

 しかもゲームの隠しボスと一緒だなんて、破滅の未来しか見えない。


 すると、意外にもセレスはそれを肯定するように言う。


「あらあら、そうかもしれませんわね。ではお父様、私と一緒にお乗りになりましょう? あのドールで戦場を駆け抜ければ、国中が驚く活躍ができるやもしれませんわ」

「ふ、ふざけるな……! 誰がお前などと一緒に……!」

「怖いのですか?」

「ぐッ……! 馬鹿馬鹿しい!」


 辺境伯はそれ以上我慢ならなくなったのか、悔し気な表情で部屋を飛び出ていく。


 まぁ、そりゃそうだろう。

 ゲームでの隠しボスだと知らなくとも、誰だって【凶兆の紅い瞳】と一緒にドールになんて乗りたくない。


 まぁ、なんとなく辺境伯には同情する。

 せっかく貴重なドールが領地内で出土したというのに、まさかのセレスがそれを動かしてしまったのだから。


 そうして静かになった部屋で、メイドの手によって紅茶が入れられる。それを啜ってセレスは微笑を浮かべた。


「ありがとう。エリアナ。とっても美味しいわ」

「はっ、はい……。そ、それでは私はこれで……」


 エリアナと呼ばれたメイドは青い顔で一礼し、そそくさと退室していった。

 それを見送って俺は首を捻る。


「お前、冷遇されてたんじゃないのか」

「昨日まではね。でも今は違いますわ。ドールは国にとって大きな戦力ですもの。私が【ペルラネラ】を動かせてしまったから、私の存在意義が大きくなった……。つまり私の存在を隠し通せなくなったというわけですわ」


 なるほど。セレス的にはもう【ペルラネラ】に乗ってやりたい放題するのは決定らしい。

 だからこそ父親にもあれだけの態度が取れたというわけか。


「そりゃよかったな。じゃあ早くこの手錠を外してくれ」

「ええ、その前に」


 セレスはティーカップを置いて笑みを投げてくる。


 あ、嫌な予感がする。


「グレン・ハワード。私の騎士に――」

「お断りします」


 ふぅ、とセレスは紅茶を一口啜った。

 そして、再びニコッと笑みをこちらに投げてくる。


「ちょっと聞こえませんでしたわ」

「全力でお断りします」

「もう一度」

「辞退致します」

「そこをなんとか」

「無理でぇぇぇす!」


 何度同じ問答をさせるつもりだよ!?


 ついに奇声を上げた俺に、ガヴィーノが怪訝そうな顔で聞いてくる。


「なぜだ? これ以上ないほどの名誉だぞ」


 なぜって……。そりゃもしここが王国だったなら話は別だ。

 主人公たちが活躍し、戦争のきっかけを作った謎の組織に勝つまでのサクセスストーリーに乗っかることができるだろう。

 だがここは帝国、最終的に負ける側で、しかも隠しボスとなればどんな状況に巻き込まれるかわかったもんじゃない。


 そしてなにより――。


 「俺は妹を守らなきゃいけない。ドールなんかに乗ってたら傍にいられないだろ」


 ――俺は名誉よりも妹を守る方が優先だった。


 今更だが両親は騎士だった。ただし、冒険者上がりの一代限りの騎士。

 その両親はまだ幼い妹と俺を残して行方不明になってしまった。


 きっと、どこかで戦死したんだろう。


 戦争がなくとも死が身近にある世界だ。珍しくもない。


 だから、俺は妹を一人にさせるわけにはいかなかった。


「そうですか……。仕方ありませんね」

「わかってくれたか」

「もう少し考える時間をあげましょう」


 ずるっと椅子から滑り落ちそうになった。諦めが悪いお嬢様である。


「言っとくが考えは変わらないぞ?」

「そうですか? ふふっ」


 セレスを睨みつけながら言うと、笑みを称えながら俺の方に近づいてきた。

 その手に握っているのは小さな鍵。


「とりあえず、おうちに帰って妹さんを安心させてあげてください」


 ふわりと甘い香りが俺の鼻孔をくすぐる。

 セレスは俺に耳打ちして、手錠を外してくれたのだった。



 ◇   ◇   ◇



 結局、俺は一日半ぶりに家へと帰ることになった。

 家の扉を開けると、リビングにいた妹――マリンが勢いよく立ち上がって飛びついてくる。


「お兄! どこ行ってたの!? 心配したんだよ!?」


 ああ、愛しの妹よ。やっぱりお前は世界一可愛いよ。

 俺が思わずその体を抱き締めると、「なんか臭い」と言って突き放された。


 そりゃ風呂入ってないからだけど、ちょっと悲しい……。


「牢屋にブチ込まれてたんだよ! お前こそ、魔獣騒ぎは大丈夫だったか……? 怪我とかしてないか?」

「そりゃこの通りだけど……牢屋!? なにしたの!?」


 個人的には「なにもしてないよ!」と言いたいところだったが、それは説明にならないだろう。

 俺は結局なにをして、なにをされたんだろうと頭を捻ってみる。

 そして――。


「――要約するとな」

「うん」

「悪い女に捕まった」

「ダサッ」


 そんな塩対応なところも大好きだよ。お兄ちゃんは。



 それから、俺はシャワーを浴びてから、一日ぶりの食事を取ることにした。

 テーブルの対面では、マリンが昨日の魔獣騒ぎについてオーバー気味なアクションを交えて話す。


「――それでね。遠くから見てたんだけど、いきなり出てきたでっかい女の子がこう、ぐいー! ってやって、ズコー! ってやって倒しちゃったの」

「……ああ」


 なんだか擬音が多くてよくわからないが、全部知ってる。なにせあれに乗ってたのは俺なんだから。

 マリンはそうとも知らず、どこか憧れを抱くような目をして呟いた。


「すごいよねぇ。お父さんとお母さんもあんな風に戦ってたのかな」

「マリン」


 俺は少し声を重くして妹の名前を呼んだ。

 マリンははっとして気まずい表情になる。


「あ……ごめん。お父さんとお母さんの話はしない、だったよね」


 それはマリンが幼いときから言い聞かせてきたことだった。

 両親の死というものを実感できなかった、当時のマリンのためにした約束。

 同時に俺自身が、「両親がいつか帰ってくるかもしれない」という希望を捨てるために必要なことだった。


「……わかってるならいいんだ」


 俺は食べ終わった食器を片付けながら言う。

 すると、マリンは俯きながらも「うん」と答えてくれた。


「明日も仕事だ。もう寝よう」

「うん……。お休み、お兄」


 そうして、俺は自分の部屋の扉を閉める。

 最後に扉の隙間からマリンの寂しそうな顔が見えて、俺はどうにもできない気持ちにため息をつくのだった。

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