「四番騎行けるぞ! 道を開けろ! 踏み潰されるぞ!」
俺は先ほどまで整備をしていたゴーレムの固定器具を一つずつ外し、叫ぶ。
すると、ゴーレムが立ち上がり、蜘蛛の子を散らすように技師たちが工房の門への道を開けた。
「騎士たちはどうしたんだ!? なんで四番騎の担当だけしか来ない!?」
「知るか! 今動かせるゴーレムを出すのが優先だろうが!」
同僚の叫びに俺は怒鳴り返す。
お世辞にもここの騎士たちは士気が高いとは言えない。
国境沿いを守る役目を負った領地ではあるが、ここ最近は戦争や魔獣被害に襲われていないからだ。
まぁ、そんな平和を帝国側からいきなりブチ壊すんだけども……。
とはいえまだ戦争になっていない平和の時だ。
最悪、騎士たちは今頃、酒でも飲んで床に転がっているか、ビビってどこかに隠れているのかもしれない。
唯一、誰よりも先に到着したのが騎士になって間もない若者だけというのがそれを物語っている。
「一番騎、いけるか!?」
すると、肌着だけを着た大柄な男が走ってきて俺に言う。
ゴーレム隊の隊長だ。様子からして待機ではなかったはずだが、着の身着のまま駆けつけたんだろう。
「魔力の充填が終わってないが行ける! おい! 一番騎の充填管を外せ!」
「あ、ああ!」
事態に動揺し、その動きを鈍くさせていた同僚たちに叫ぶと、やっと彼らは作業に取り掛かった。
どいつもこいつも何を優先すべきかを判断できていない。
慣れていないのだ。俺だってこんな状況は初めてだ。だが、俺の【
俺はタラップを駆けあがって一番騎の騎乗席に駆け寄ると、中の隊長に声をかけた。
「四番騎はもう出てる! 武装はどうする!? 魔力量は約半分だ!」
「どうにでもなるさ。相手は魔獣だ。剣と盾を持っていく」
「了解! 閉めるぞ! ――ふっ!」
そう言って俺はゴーレムの胸の開放部を押し上げ、装甲板を外部から固定する。
すると魔導炉の起動する独特の重低音が響き、水晶で出来たその目に光が宿った。
『一番騎、出るぞ!』
「外せ!」
俺の合図で一斉にゴーレムの固定器具が外される。すると、一番騎は先ほどの四番騎とは違う、軽快な歩調で出口へと向かっていった。
これで二体のゴーレムを出すことができた。
魔獣相手ならばこれで十分かもしれない。
ふぅ、これでなんとかなりそうだな。
そんな安堵の雰囲気が流れた――その瞬間。
『ぐああぁぁぁっ!?』
今しがた出ていった一番騎が鉄製の門をブチ破って工房内に転がってきた。
……嘘でしょ?
一瞬、何が起こったのか俺でさえわからなかった。
なんで一番騎がピンポン玉みたいにブッ飛んできたの?
なんで左腕が変な方向に向いて千切れかかってんの?
なんで――工房の出入り口からドでかい闘牛みたいな化け物が顔を出してんの?
「ひ、ひいいぃぃ!」
他の技師たちが恐怖に逃げ出す声に、俺は我に返る。
魔獣が城壁を破って、そしてこの工房までやってきたのだ。
こんな状況でも、俺の感情とは別に、祝福が状況を理解する。
そして、俺は思い出した。
今、魔獣が吹き飛ばしたらしい一番騎の後ろには、セレスの乗ったドール――【ペルラネラ】が控えている。
立った状態で安置されているあれは、魔獣が興味本位で小突いた程度でも転倒するだろう。
そうすれば騎乗席に乗ったセレスは無事では済まない。
もがきつつも剣を振りかざす一番騎の横を走り抜けて、俺は【ペルラネラ】の席までの道のりを走った。
そうして騎乗席を覗く。
そこでは――。
「あら、大変なことになっていますわね」
――セレスが頬杖をついて事の成り行きを傍観していた。
まるで映画鑑賞でもしているような雰囲気だ。
もしポップコーンがあったらドリンク片手にもしゃもしゃやっているだろう。
その落ち着きように一瞬、俺は言葉を失うが、はっとして叫ぶ。
「逃げるぞ! ここにいたら死ぬ!」
伝えるべきことを単刀直入に、急かすように言うが、セレスは相変わらず表情も変えない。
「ここから逃げても、きっとすぐに殺されますわ」
プラプラと足を揺らしながら言うセレスに、俺はさらに困惑した。
なんだこの女は!? 今、すぐ目の前まで魔獣が迫ってきてるっつうのに冷や汗一つかいてない!?
むしろこの状況を楽しんでいるような様子に、俺はつい怒鳴りたくなったが――。
「まぁまぁ、こちらへ。きっとここが一番安全だと思いますわ。だってこの子は人を守るために作られたのですもの」
――俺は手を引かれて騎乗席へと誘われた。
すると、セレスが何かを弄った様子もなく、胸部の装甲が閉塞する。
驚いて俺が振り返ると、真っ暗になったはずの騎乗席に光が灯った。
「えっ……。えっ、なんで動いてんの?」
それは外部の視界だ。周囲の風景を、【ペルラネラ】の目を通して投影している。
つまり、このドールはすでに起動しているということだ。
「きっと貴方を歓迎してくれているんですわ。ほら、貴方の席もそこに」
セレスが言うと、後部の座席がレバーの位置を開いてわずかに動く。
――それはまるで座れと言われているかのように。
あり得ない。貴族のように魔法を扱うことのできない俺が、ただの技師であるはずの俺がドールに迎えられるはずはない。
そう頭では考えつつも、状況がそれを打ち消してくる。
「ドールは乗るべき者を己で選ぶ。貴方は選ばれたのですわ。グレン・ハワード」
席に座ってニコリと微笑むセレスに、俺は一種の恐怖を抱いた。
自分の歩むはずだった道を強大な力で捻じ曲げられたような、そして、心臓を鷲掴みにされたような圧力。
既に決定権は俺にない。
あるとすれば、何もせずに死ぬか、それともこの女に従うか。
俺はごくりと唾を飲むと、傍らに座るセレスへ聞いた。
「お前は……なんだ?」
その問いに、彼女はこれまでで一番魅力的で、そして嬉しそうな笑みを浮かべる。
「私はセレスティア・ヴァン・アルトレイド。凶兆の紅い瞳の忌むべき女。そして――」
彼女は手を差し伸べた。
俺は恐怖と誘惑の入り混じった感情の中で、無意識にその手を取る。
「今この瞬間、貴方と運命を共にする者ですわ」