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第41話 鉄道計画

 ヒューガたちが目を離している隙に一通りの空中都市探索は終わり、安全が確保された。

 いくら魔法文明爛熟期の構造物とはいえ、守護者がひとりでに無限に湧くわけでもない。そこまでしたら要塞というより、ただの人工災害だ。

 ツバサの情報提供によれば、200年前の時点で手ごわいものは大体討伐したはずで、残っているのは末端に隠れていたものの末裔ではないかという。

 繁殖能力、あるいは複製生産機能があったのか、現在の空中都市全域を合わせればそれなりの数だったようだが、いずれにせよ数日交代で乗り込んでいったハンターたちの人海戦術マンパワーにより、人間が入り込める場所からは駆除が完了している。

 もっとも、ハンター側にも死者を含め、それなりの被害はあった。

 しかし、それは普段の地上戦でも同じこと。それで騒ぎ過ぎるのは、荒事をやっている自覚が足りない、と逆に嘲笑される。

 概ね軍司令部および都市上層部の思惑通りに事は進み、あとは浮遊機関などのコアテクノロジー解析を残すのみというところまで来ていた。


 地上では縮小した障域に合わせて都市の拡張が始まり、それらに関連して建築オペレーションや天然食材農場の管理・警備などの働き口が増え、給料も良くなっている。

 銃を置いてそちらに仕事を絞るのも悪くない流れになっているが、一攫千金の夢に慣れたハンターたちは、さらなる狩り場に向かう者が大半だった。

 しかし、もう都市を出て数十分で気軽にモンスター退治ができる生息密度ではない。

 ならばどうやってハントするのかといえば、近くまで交通手段を整備するだけだ。

「ハンターのための『前哨基地アウトポスト』ってやつを新たに設定するみたいねー。ちょっとした砦作って、そこに鉄道通しちゃうんだってー」

「鉄道って……確か敷くのに凄い時間かかるんじゃないか?」

「普通ならねー。今は地権なんかあってないようなもんだから土地は連合政府の胸三寸だし、地面もわりとお手軽に地盤安定させる魔術式があるから、あとは線路敷設する低機能ゴーレムを何体か準備できればサクサクってなもんよー」

「瘴気薄くなったとはいえ、低機能ゴーレムを前に出しちゃって大丈夫か……?」

「いざとなりゃ属性銃エレメントライフル一丁で簡単に鎮圧できるようになってるから平気よー。まあゴーレム作る側からすると切ないけど」

 ゴーレムのような簡易知能を持つモノは、瘴気、つまり空間魔力の濃度によってはモンスター側に「洗脳」されたようにこちらを攻撃してくる場合があるのだが、低機能ゴーレムはそれに備えてわかりやすく破壊しやすい作りになっている。

 魔力は「願望」を反映する性質があるとはいえ、ゴーレムの構造ごと強化するような複雑な変化は、相当長期間かけなければ有り得ない。

 また、直接人類の脅威となるような弾体射出能力なども持たないように設計されるため、注意すべき攻撃も限られる。

 結果として、まるで射的の的のような哀れな存在になってしまっているのは、低機能ゴーレム設計も手掛けるルティとしては少々思うところはあるようだ。

 が、やはり安全あってこその急速発展である。

「前哨基地にはある程度の規模の宿泊所も置いて、泊まり込みでハントできる体制作るみたいねー」

「……実際は昼夜関係なく戦力置きたいからだろ」

 ハンターは概して昼間に戦い、夜は引き上げる。

 ただでさえ障域は雲の中のようで薄暗く、視界が悪いのに、夜になるとさらにモンスターを確認しづらくなるためだ。

 だが、モンスター側にそのペースに合わせた「休戦」なんてものはない。

 モンスターからの襲撃は時間に関係なく行われ、その時に備えがなければ破壊される。

 せっかくの拠点も一晩で無価値になってしまうのだ。

 最悪鋼像機ヴァンガードをノーザンファイヴから呼び寄せればいい……とは言っても、抗戦する人手は常に多いに越したことはない。

 相変わらず民間ハンターの自主性に頼った小細工で、それを透かし見るヒューガたちにしてみると嫌になる。

「いっそのこと、その前哨基地に鋼像機ヴァンガードを何機か常駐しちまえばいいのに。ノーザンファイヴにはもう全機置いとく必要なくなるんだろ? 障域が近くにないからこそ、拠点を前に押し出す必要が出てきたんだし」

「そうなんだけどねー。結局分散するとなると、相応の責任者を増やさなきゃいけなくて、それが軍の連中はすごく嫌っぽくてねー」

「空中都市に駐留させるのはアリで、地上では分けられない……とか、どういう理屈なんだ」

「空の上でクーデター開始は現実的に無理だからじゃなーいー? 結局奴らの頭にあるのはクーデターに繋がるかどうか。それだけよー」

「どんだけ裏切られるの怖いんだよ……」

「あはは。ま、互いに信用する理由がないのよー。今は名目上ひとつでも、ちょっと昔までふつーに殺し合ってた民族が同じ軒下に集まってるだけなんだものー」

 ルティは同情するような、見放すような一言で切って捨てる。

 彼女はいつだって、人類そのものに一歩引いていて、シニカルだ。

 珍しくて長命で、ペット同然に取引された時代もあるという「エルフ」という種族ゆえのものだと思っていたが……先日から少しだけ、ヒューガは他の意味もあるのではないかと思い始めている。

 竜という、滅んだ種族への強い共感も、自分が滅びゆく種族エルフであるからという理由だと思っていたが。

 ツバサの戦った200年前という時代。その時にドラゴンの最後の一頭が死に、ルティが「引きこもっているわけにもいかなくなった」という事実。

 断片的なそれらの事実を繋ぎ合わせると、抽象的な「共感」以外の何かの理由がそこにあるのではないかと思えてくる。

 だが、ルティにそれを問いただしても、のらくらとかわすだろう。

 その執念の理由をヒューガが知ってプラスになるのなら、とっくに彼女は言っているはずだ。そういう彼女の養母としての判断をヒューガは一応信用している。

 だから、今は憶測するに留まっている。


       ◇◇◇


 いつものように高層マンションのエレベーターからのルートを使って登校。

 その途中でクライスに会う。

「やあヒューガ」

「おはようクライス。もう空中都市は行かないのか、お前ら」

「もう募集終わっちゃったよ。軍内部そっちではそういう情報、民間より早いでしょ」

「俺だって軍の広報全部見てるわけじゃないんだよ。なんだ、もう一回ぐらい行くなら今度こそ相乗りしようかと思ってたのに」

 ヒューガはとぼけたことを言ってみせる。

 実際はわかっていて言っている。

 自分が軍のどこの関係者なのかを煙に巻く、コツコツとした努力である。

 内情に詳しいところを見せ過ぎると、妙な感じにヒューガを利用しようとしてしまうかもしれない。また普段自分がどういう風に「家族を手伝っている」のかというのをあまりチラつかせすぎると、ヒューガがパイロットであることもバレるかもしれない。

 結局のところ、鋼像機ヴァンガードのパイロットであるといっても、自由に何かができるわけでもない。教えることによるメリットは何もありはしない。

 あくまで「詳しくはわからないけど、軍関係者の家族のせいで時々忙しいみたい」という、曖昧な認識でいてもらうのが最善だと考えている。

「結構楽しそうだったしな、お前らの配信」

「あはは。まあ楽しそうなとこだけ切り貼りしたからね。あんまりタルい編集してると人気なんてすぐ落ちるし」

「なんだ。じゃあ言うほど面白くはなかったのか」

「いや、面白かったよ? 面白かったし、ヒューガにも是非ついてきて欲しいけどね。絶対ジュリちゃんも喜ぶし」

「ジュリが喜ぶからってのもどうなんだよ」

「ウチのパーティはジュリちゃんが要だからね。あの子のテンション次第で空気が全然違うから」

 傍目にもそんなにジュリエットに懐かれているというのは、なんだかくすぐったい。

 が、そのジュリエットを校門近くで発見すると、やけに憂鬱そうだった。

「なんだジュリ。体調悪いのか」

「あー……ヒュー兄かぁ。おはよ」

 輝くような金髪もどことなくしおれているように見える。

 クライスに「どうしたのこれ」と目で説明を求めると、「まあ、多分」と前置きをして。

「次のハンター活動、来週末まで行けないからじゃないかな」

「……なんで?」

「それこそヒューガの方が知ってるんじゃないかと思うけど……ほら、障域解消が進んじゃって、ここらにモンスターいなくなっちゃったじゃん。それで『ハンター鉄道』ができるまで、僕ら勉強に集中しようって話になってて」

「私たちが空中都市にかかってる間に誰かが狩りまくっちゃったらしくてさ。ずるいよね」

「いや、ズルいとかそういう問題じゃないと思うが……」

 狩りまくった「誰か」。

 ……それはツバサのことなんだろうな、と内心で少しだけ冷や汗をかく。

 200年間でなまった肉体のリハビリのつもりか、あるいはヒューガやルティが障域の不規則変動にヤキモキしていたのを見て手伝いのつもりだったのか、あるいは「戦いを宿業とする者」としてのことなのか。

 ツバサはここのところ暇を見ては近郊に繰り出し、手当たり次第にモンスターを見つけては瞬殺しまくっていた。

 小さいものは小犬ほどのものから、大きいものは鋼像機ヴァンガードで狩るべき災害級ディザスターまで。ワンド一本で片っ端から倒しまくるその姿は、いつの間にか「黒髪の死女神」というあだ名まで付けられて話題になっていた。

 何しろ本人があまり愛想がよくないので、他人と行き会っても滅多に言葉も交わさない。災害級ディザスターが出るような時はそれなりに瘴気も濃いので、余計に正体不明感が強くなる。

 あまりにも瞬殺なので、実際に戦っている姿を見られることは多くなく、大抵はひとりでスタスタ歩く当人とすれ違ったあとに、大小おびただしいモンスターの死体が転がっている光景を見ることになる。

 まさか今の杖一本の女か、と目を疑う思いが、そのミステリアスなような凶悪なような二つ名に謎の風格を添えていた。

 あくまでそれはまだ一部の噂なので、実際にそれをジュリエットたちが認識しているかは定かではないが、彼女が精を出したせいで前哨基地計画が本決まりになったのはおそらく間違いない。

「せっかく放課後にすぐハンターできる環境だったのに……」

「いや、冷静に考えてあんまりいい環境じゃないからな、それは」

 近場ではハンターとして立ち行かなくなったのは、平和になった証明だ。

 ……とはいえ、ハンター活動が「若者の憧れ、キラキラした青春のかたち」という今の世相からすると歓迎できない気持ちも少しだけわかる。

 多分歪んでるんだろうなあ、俺たちの世代の価値観……と思いながら、ヒューガは謎の凄腕ハンターを恨むジュリエットを撫でて宥め続けた。

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