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第40話 竜の体

 ヒューガの実戦経験は少ない。

 他の鋼像機ヴァンガード乗りが出撃機会を絞られる中で、人知れず経験を積んで……なんていうこともない。そんな勝手な運用ができるならルティも苦労はないのだ。

 純粋にパイロットとして見た場合、その強みはひとえに「6型ドラゴニュート」の特性として「異常なほど衝撃や加速度に強い」という部分であり……操縦技術や戦術知識といった面では、新人パイロットにしては筋のいい方かな、という評価が関の山である。

 あくまでヘルブレイズという機体にとっての最高のラストピースで、それ以上のことはないのだ。

 ……で、あるならば。


「……おいおい、そんなモンか?」

「そんなモンだってんだよ。これで満足だろ」

 待機中の量産鋼像機ダイアウルフのコクピットを借用して始まったシミュレーター対戦は、案の定、ユアンにはほとんど歯が立たない。

 そもそもユアンにとっては、ダイアウルフは慣れ親しんだ手足のような機体だ。この機体で幾度も修羅場をくぐった実績が、彼をエースたらしめている。

 それに対してヒューガからは、あくまでシミュレーション上の教習機というだけでしかない。ヘルブレイズが本格稼働する前、基本操作を覚えるためにデータを触ったのみであり、「全体的に重くて鈍い」という印象が残るだけだ。

 そんな条件では勝負どころではない。5戦やって5敗。

 少しでも勝ちに手が届きそうだったのは、ユアンが警戒して動きが消極的だった初回のみ。大して捻りのない動きしかできないことはすぐにバレて、あとはまるで戦いにならない。

「俺の操縦技術テクはヘルブレイズに特化してんの。量産型こっちは訓練も実戦経験もねえの。だからアンタらの方が全然強い。ほら、納得したらもういいだろ」

「三味線弾いてんじゃねえのかぁ?」

 ゴールダスはなおも食い下がる。

 が、その頃にはとっくに騒ぎが伝わって、ルティが現れていた。

「ヒューちゃんにこんなの練習させてないからねー。……互角の性能での戦いなんて、そもそも鋼像機ヴァンガードのコンセプト的にはのはずでしょー」

「シュティルティーウ……いや、そうは言うがよう。あんな戦いをやった坊主が、三日経ったらこの体たらくってのは」

 ゴールダスは歯切れが悪い。

 その様子を冷めた目で一瞥して、ルティは溜め息。

「ワンチャン『ヘルブレイズのパイロットが超天才だったせいで負けた、スミロドン自体は劣ってない』って筋書きで納得したかったんでしょーけどー。元々ヒューちゃんにそういう器用さは求めてないわよー。……そもそもヘルブレイズは、鋼像機ヴァンガードとは出発点も到達点も違うしー」

「ど、どういうこった。あれは『超越級オーバードを単機撃破する鋼像機ヴァンガード』だろ? 大言壮語っちゃ大言壮語だが、目指すところはスミロドンだってそう違うモンじゃねえぞ」

「アホにもわかる価値はそれだ、ってだけのことよー」

 肩をすくめて、ヒューガに親指で「研究室に戻れ」とジェスチャー。

「……ヘルブレイズが鋼像機ヴァンガードなのは、ただ、目指すものに一番近いのが鋼像機ヴァンガードだから。それだけの話よー」

「……どういう意味だ?」

鋼像機コレに人生半分払ったアンタには難しい話かもしれないけどー。……私にはこれよりずっと、大事にすべきものがあるのよー」



 街に繰り出すのは明日でもできる。

 どうせ夜に外に出ても、高校生のヒューガにとって、そう楽しい場所があるわけでもない。飲み屋やピンクの通りはこんな未来的な街にもしぶとく残っているが、そんなものを目当てにしていたわけではなかった。せいぜいちょっとした買い物を楽しもうという魂胆に過ぎない。

 とはいえ、せっかくの自由を邪魔されたのはなんとも不満だ。

 不貞腐れてベッドに身を投げ出すと、ちょうど誰かがシャワー室から出てくる音がして、またガバッと起きてしまう。

 この研究室で寝起きをしているのはルティとヒューガ、それにツバサだけ。

 ルティはヒューガに引っ込むよう促して、今はまだ鋼像機ヴァンガード隊の格納庫のはずだ。つまり。

(……まあ気持ちはわかるが、さすがに挙動がキモいぞ?)

(う、うるさいな。単にダラけたところを見せたくないというあれでだな)

(自分に言い訳してどうする。……たかが湯上がり姿にそうまで反応するのがキモいと言っとるんじゃが)

 別人格に腹の底は隠せない。

 とはいえ、この年頃の少年にとって、自分よりほんの少し年上の女性の、そういうほのかな色気というのは強烈なのである。

 特にヒューガの場合、そういう年齢の相手と仲良くなる脈絡が見つからない身の上なのだ。まさにクリティカルである。

「……ヒューガ? いるの?」

「い、いるぞ」

 案の定、ツバサは髪を拭きながら、大きめのTシャツに生足(下半身は何か穿いているのか穿いていないのか見えない)という、年頃の少女としてはかなり無防備な姿で出てきた。

 研究室といっても、頭上にはヘルブレイズが佇む巨大空間だ。

 ヒューガとルティは元々子供の時から生活空間を分けていないのでいいとして、ツバサも200年前の冒険の経験がそうさせるのか、特にプライバシーへの配慮を求めたりはしない。さすがにヒューガに対して裸を見せびらかすようなことはないが、放っておけば下着がチラ見えするような着替えでも、特に「あっち向け」とか「出て行って」なんて言い出すこともなく、淡々と済ませてしまう。

 単にヒューガのことを男としてカウントしていないのかもしれない。いや、過酷な魔王大戦の道中は、いちいち着替えのために仲間を遠ざけるような真似をするのはナンセンスだったのかもしれない。

 ともかくそんな僅かな役得が、ヒューガの抱える恋のような性欲のような執着のような何かしらの感情を日々掻き回して増大させているのだが、それを知っているのは頭の中に住むリューガだけである。

(ホントお前、ジュリにはああもカッコつけとるくせにクソチョロいのう……)

(べ、別にいいだろっ。っていうかカッコつけてるわけじゃないし)

(つけとるわい。つけとらんのなら今ごろオトしとるわ)

(お前、俺と同じで恋愛経験ないくせに、何でやけにそっち方面の自己評価高いの……)

 茶化すリューガとのやりとりは、鋼像機ヴァンガード操縦中と違ってなかなかのスローペース。

 ヒューガ自身でもそうなる理由ははっきりわからないが、やはり勝利への協力作業である戦闘時のそれと平時のつつき合いは、脳の使い方が違うのだろうと思っている。

 そんなヒューガの前にツバサはスタスタと近づいてくる。さすがに金属作業の現場でもある中、地面にどんな鋭い破片が転がっているともわからないので突っかけサンダルは履いているが、やはり目の毒な素足。

 そちらに目を奪われていると思われないようにあえて視線を外して見上げ、ヘルブレイズが気になっている振りをしつつ、やっぱり油断すると裾のあたりに目がいってしまう。

「もう完全に戻ったの? それなら言ってくれればいいのに」

「別に……言って祝うような話でもないし」

「まあ、そうなのかもしれないけど。でもあのウロコ状態、好きじゃないんでしょ?」

「カッコ悪いからな」

「本気出した証なんだから、そこまで恥ずかしがらなくたっていいんじゃない? ……昔の仲間に、本気で魔法使うと一時的に老化しちゃう体質の人がいたけど、別にカッコ悪くは思わなかった」

「そういうのとはまた違うと思う」

 魔獣兵器忌避という面倒臭い話もあるし、自分の回復中の醜さは老化の方がまだ見栄え的にマシなんじゃないかというのもあるし。

 ……だが、それを丁寧に説明しても、ツバサは相変わらず「そんなに変わらないよ」と言うだろう。

 彼女の人徳というより、ヒューガが自分の言葉をいくら弄したところで、彼女が自説を曲げる姿が思い浮かばない、というだけではあるが。

「だけど、それが元に戻ったっていうのは、嬉しいタイミングでしょう? そういう時に声をかけてくれる程度には、仲良くなってると思いたいのだけど」

「……ま、まあ……そうだな」

 ツバサもツバサで、どうやらヒューガと仲よくしようとはしているらしい。

 これは脈があるということなのか、あるいは親戚の弟分みたいな感覚なのか。ヒューガの感情はまた掻き乱される。

(そういうところでうまいこと返せんからクライスに抜け駆けされるんじゃぞ)

(されてないだろ!? ……多分!)

 リューガにつつかれて嫌な焦りを覚える。

 ……が、そんな(ヒューガの中でだけ)忙しいやり取りを断ち切るように、研究室入り口のドアが開閉される音が響き、振り向くとルティが疲れた顔でてぺてぺ歩いて、コンソールの前の指定席に身を投げ出すように座る。

「ほんっっっとあのヒゲうっざいー……ライバルとか言ってないで一人でお山の大将やってろってのよー」

「何話してたんだ?」

「別に何もー。……しいて言えば」

 はー、と溜め息ひとつ置いて。

「ヘルブレイズはアンタの思ってるようなもんじゃねーって話、してきたくらいー?」

「……そう、か」

 ヒューガは改めて愛機を見上げる。


「昔々、この世界に。竜と呼ばれる生き物がいました」


 誰にともなく。

 ルティは、語り出す。

「竜は他の何よりも強く、何よりも気高い生き物でした。弱きものを守り、理不尽な暴力を跳ね返し、時に恐れられ、憎まれながら、それでも多くの小さな者たちがささやかに暮らしていける世界を長いこと築き、守り、伝え続けてきました」

 それは幾度も聞いた、昔話。

 誰もが知っている、ひとつの種の絶滅の歴史。

 ……他の誰も語らない、竜に肩入れした語り口の、物語。

「竜は自分たちが特別なことをよく知っていました。だから、みんなが自分を恐れていることをよく知っていたし、だから今守っている小さき者が、いつか自分を除こうとするだろうと理解しながら、それでも自ら定めた責務を果たすことをやめませんでした」

「…………」

 ツバサが、神妙な顔をする。

 その意味には、まだヒューガは思い至らない。

 ルティの話は続く。

「やがて小さきものは力をつけ、竜は彼らに敗れ始めました。……竜は成熟に数百年。とても増えにくい種族です。一度減り始めれば、狩られ始めれば、もうそこからは止まりませんでした。……何故狩るのか。ただ、怖いから。怖いものを放っておくことができなくて、人は竜を狩りました。……竜は命乞いなんかしません。それまで自分たちが過ごした長い歴史と同じように、勝ち取るのも敗れ去るのも、強者の宿命と諦めて。ただ、この世界を恐怖で押さえつけていた『悪』として、死んでいきました」

 ルティの声に、何かしらの感情が混ざる。

 それは哀れみのような、怒りのような、慈しみのような。

 やるせなく、切なく、未だ処理しきれていない何かの宿る声音。

「最後の竜が死んだのは、200年前。……竜とは、たった200年前までこの世界にいたもの」

「…………?」

 何度も聞いた話。

 だが、ヒューガは初めて、その数字に思い至る。

 200年。

 それは、ツバサの──。


「それから幾度も愚行を重ね。竜を『克服』した人間は、滅びかけています。自らの手で生み出したモノによって」


 ルティは、強い軽蔑を言葉に込める。

 竜というモノへの深い思い入れと、人類に対する失望。

 そして、それでも彼女を駆り立てる強い執念。

 ヒューガはいつも、この話を聞くたび、彼女の中に渦巻いている何かを突きつけられる。


「だから。私はヘルブレイズを造る」


 椅子から立ち上がり、コンソールに腰を乗せて、ルティはヒューガを見つめる。

「キミはドラゴニュートとして生を受けた。竜の体を持たない竜として。……竜になりそこなったものとして。でも、私はキミを本物の竜に近づけることができる。私は竜の時代を知る長命種いきのこりとして、それをする義務がある」

「……別に頼んでないけどな」

 ヒューガは何度言ったかもわからないことをまた呟く。

 彼女にその言葉は届かないと知りながら。

「キミがただのヒトとして生きたくても。まだ、ヒトは滅ぼうとしてる。鋼像機ヴァンガードはまだ、世界を取り戻す救世主足りえない。災害級ディザスターまではなんとかなるかもしれない。でも超越級オーバードに勝つのは何十機も力を尽くしてなお、運次第。……もとはたった一体の超越級オーバードから始まった大戦であることを思えば、ヒトの力はあまりにも足りない。この時代に、竜は要る」

 語るルティの目は、熱と狂気に染まっている。

 そしてその言葉にも反論は見当たらない。

 だから。


「キミがどう思おうと、私は造る。新しい竜を。キミを竜にする体ヘルブレイズを」


 ツバサもどこか痛ましげに見つめる中で、ヒューガはルティの狂気を受け入れるしかない。

 勝利の未来は、必要なのだ。

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