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第39話 変異明け

 地下深い場所のさらに奥に研究施設いえがあるというのは、こんな時にはありがたいものだ。

 自分で出ようとしなければ誰からも接触されずに済む。

 学校に出なかったことで幾度かスマホに友人たちからの連絡が入っていたが、完全に無視を貫き通す。うっかり映像通話をして現在の姿を見られては敵わない。

 鏡を見るたびにそう思うほどに、ヒューガの変異は異様な姿だった。

 鱗状に硬化した肌は、内側が人間に戻るにつれてただの無駄な角質として剥がれる。すると半透明の異様なかさぶたが全身に浮いた状態になり、それも一気に剥げるのかというとそうでもなく、場所によっては無理に剥がすと真皮が露出してしまったりして痛々しい。

 ヒューガの肉体の再生力は常人よりかなり高いので、無理して剥がしまくってしまってもいいのだが、結局尻尾がまだ生えているので肌だけなんとかしてもどうしようもない。

 尻尾は時間とともに退化している。元々ない器官なので、切断したらどうなるのか、というのも少し興味はあるが、触ってみると普通に感覚があってぶつければ痛いので、そこに刃物を振り下ろす勇気は出なかった。

 ……そしてそんな姿でも、ヒューガはルティの食事作りからは逃れられない。ついでにツバサの分も。

 ルティは生活費に困るような身分でもないので、外に出られるなら食堂などで食べてくればいいのだが、ルティは基本的に外に出たがらないし、ツバサも積極的には開拓する気はないらしい。

 何故ツバサまでもがそうまで引きこもりムードなのかというと、空中都市で活躍して以降、知らない相手に面白がられてスマホを向けられがちらしい。

「上手くあしらえないのか」

「放っておけばいなくなるタイプならいいけど、調子に乗ってインタビューとかしてくる奴に会ってね」

「あー……」

 だいぶ鬱陶しい手合いだ。

 きちんと段取りのあるインタビューなら気分よく受けられるかもしれないが、街でたまたま話題の人物を見かけてそれをやる奴には、そんな行儀の良さは期待できない。

「面倒臭くて黙らせたら騒ぎになっちゃって」

「黙らせた……? どうやって?」

「文字通り。沈黙呪法で」

 対象に一切の発声を許さなくする魔術。

 現代ではほぼ使用されなくなった術だ。そもそもにして現代人は呪文詠唱で魔術を使うことがほとんどないので、習得する必要性が激減している。

 ……というのを抜きにしても、躊躇なく他人に魔術を使うのは社会生活において当然マナー違反である。

「色々説明して放免されたけど、またああいうのに会うとキリがないし。できれば市街うえでは食べたくない、かな」

「……一応、基地内したにも食堂はあるぞ」

「一度だけ食べに行ったけど後悔したわ」

「…………」

 ヒューガは何も言えずに目を逸らす。

 基地内、つまり軍の食堂で供されているのは、魔力生成ペーストに強めの調味料を加えて強引に食べやすくしたもの。

 ラストミールなどと呼ばれている。

 他地域からの食糧補給が経たれた極限状態を想定し、それでも魔力生成ペーストと水だけは、理論上は装置さえあれば十年安定供給することが可能なため、このラストミールに慣れておけば長期間の籠城戦もできる……という、悲壮な前提の代物である。

 味は……ヒューガはまあまあ食べられるのだが、大半の軍人は「任務でなければ二度は食べたくない」と言ってはばからない代物。

 提供する側の調理係すら「余裕があるなら他行って食べた方がいいよ……」と弱々しく言うほどだ。

「わかった。作る。作るけど俺だって別に料理が得意なわけじゃないからな」

「私が作るより全然マシだから」

「そんなに料理に自信ないのか……?」

「……何年か前……っていうか200と何年かになるけど。持ち回りの関係でやらざるを得なくてやったら『テーブルの全てから食べちゃいけない匂いしかしない』とか『加減というものを異世界に置き忘れてきたのか』って大絶賛されたわ」

「そこからスタートして地道にやっていくのが黄金パターンなんだけどなあ」

「……それに時間を使うより大事なことが多かったし……」

 まあ、料理の修業なんていうのは平和な時しかできないものかもしれない。

 彼女が異世界から召喚された魔王大戦の時代。

 彼女が召喚されてから決戦までの間、誰とどんな生活をしていたのかはまだまだ聞けていないが、決して便利な時代ではなかったはず。

 食材も充分に手に入らないのなら、それを失敗作にしてしまうのは仲間全てのダメージでしかないし、無論戦うための修業の方が大事だから料理は得意な人間に任せて……というのは合理的ではあるだろう。

 しかしスナック菓子生活に拒否反応を示して渋々料理している自分をそうまで頼るのはどうなのだ、という気持ちは、どうしても顔に出る。

 ……そんなヒューガにルティがおごそかに言う。

「私とツバサちゃんには才能がない。ヒューちゃんにはある。……誇りなさい、今キミは美女二人の胃袋を掴み放題なのよー」

「このタイミングで自分を堂々と美女って言い張る図太さに痺れるぜ……」

「美少女って言ったらババアじゃんってすぐ言い出すくせにー」

「そこまでは言わねーよ!?」

 そのツッコミを迂闊にするとツバサまで流れ弾を飛ばす。ヒューガはそこまで無神経なつもりはない。

「大丈夫。買い物は任せて」

「つまみ食いはおねーちゃんに任せてー」

「……ったく。俺がこんな状態なのにさあ」

 頬を掻く。ゴツゴツとした感触が爪に返ってくる。

 ……口とは裏腹に、こんな不恰好な変異状態でも許容してくれる二人の姿勢に、少しだけ嬉しくなっている。


       ◇◇◇


 ヒューガが完全に人間に戻ったのは、三日後の夜だった。

 思ったよりは少しだけ早く尻尾が消えたので、あとのところはなんとか軍用の回復キットなどを使って体裁を整えた。

「よし」

 何度かシャワーを浴びてボロボロの肌に残った鱗の跡を剥がし落とし、髪も先ほどヘアサロンで整えてきた。頭皮もボコボコに鱗ができていたので、その影響で髪が抜けてしまった場所があったのだ。

 しかし今の技術なら、毛穴さえあれば髪はすぐに生え揃う。店員だって慣れたもので、何故そんな異様な状態になっているのか聞くこともない。

 思ったよりもすんなりと復活できてヒューガはご満悦だったが、さて今度こそ堂々と外に出よう、とスマホをいじりながら鋼像機ヴァンガード隊の格納庫を通ると、ドンと道を塞ぐように壁に手を突かれた。

「よう、三日ぶりじゃねえか、エース殺し」

 ユアン・エディントンが、薄ら笑いを浮かべつつ見下ろしている。

 ヒューガは嫌な顔をして、その手をくぐろうとしたが、回り込まれた。

「おいおい、無視するなよ」

「ウザ絡みしてんじゃねえよ」

「そうトンガるなよ少年」

勝負ようけんは終わっただろ。とっとと帰れよ」

「そういうわけにはいかねえんだなあ」

 ユアンの方が10センチほど背が高い。

 体格に勝る、そのうえガラも悪い不良軍人には、ヒューガとしては絡みたくはない。

 多少でも竜化すれば体格差など逆転できるくらいには身体能力が上がるので、怖いかというとさほどでもないのだが、せっかく強烈な変異を戻した直後なのだ。今それは遠慮したい。

 ……が、ヒューガからは見えない位置にいたゴールダスが頭を掻きながら割って入る。

「まあまあ。話だけでも聞いてくれねえか坊主」

「そういうのは司令部とルティを通してくれ。こっちは軍属だ。アンタらの指揮系統には入ってない」

 軍人と軍属は違う。

 軍属というのは「名目上は軍に所属している」というだけの半分民間の立場の者だ。

 ヒューガに関しては正式な立場としては高校生で、兼任のテストパイロットということになっている。

 特殊な実験体であることは軍の最高幹部クラスには隠しおおせないので、そこまで加味すると複雑な立場になるのだが、基本的には上司であるルティの命令以外は聞かなくていいはずだ。

 いくらゴールダスやユアンが立派な実績と地位を持っていようと、ルティを介さず手を出される筋合いはない。

「そりゃそうなんだがよ。結局んとこ、お前さんの腕がどんだけのモンなのか知りたくなっちまったんだよ」

「あんだけ派手に見せただろ?」

「いやいや。お互いフェアとは言い難かっただろう。まあスミロドンが色々セコかったのは認める。だが策に溺れちまったってのも否めねえ」

 ゴールダスは腕組みをして。

「だから今度はヒラで勝負してみてくれねえか。シミュレーターで、ダイアウルフ同士でよ」

「……大人げないにも限度があるだろ」

 ユアンとヒューガ。

 その実力差を素で計ったうえで、改めてスミロドンが劣っているのかどうかを再評価しようということらしい。

(リューガ。いけるか)

(乗るんかい)

(ユアンだけならまだしも、ゴールダスさんまで殴り倒して突っ張っていくのは体裁が悪い)

(回れ右してルティに言いつける手もあるがのう……)

(結局、話は変わらないだろ)

 ヒューガは溜め息をつきたい気持ちだった。


(すぐに終わるさ)

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