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第38話 解放形態

(トランスフォーム……変形っ!? 何も聞いてないぞ!?)

 ヒューガは突然ポップアップした表示に混乱する。

 が、リューガは対照的にやる気満々だ。

(ルティが仕込んだのなら意味はあるじゃろ! とにかく変形じゃ!)

(どういう変形なのかわかんねえじゃん!)

(ルティがネタ変形なんぞ黙ってつけるわけあるか!)

(信頼しすぎだろお前……ルティだぞ……?)

 実際には脳内でのやり取りなので、一瞬もかかってはいない。

 ヒューガは懐疑的だが、リューガは確信していた。

 ヘルブレイズは、ルティがエンジニアとして蓄積した技術の集大成だ。少数の再生産すら念頭に置かず、ただひたすら理想を突き詰めて生み出そうとしている、史上最強の一機だ。

 そこに、無価値な機能など実装するわけがない。

「変形」というのがどれほどの変化なのかは想像するしかないが、大きく外形が変わるのであれば、フレーム設計段階から用意していなければ説明がつかない。それだけの規模のシステムであるなら、なおさらつまらない冗談であるはずがなかった。

 何より。


(ここまで本気出したんじゃ……甘んじて負けるわけにいくものか!)


 数十トンの巨体同士の戦いだ。重い物には相応の慣性というものがある。

 回避をしようにも、コクピットの操作が実際の動きに反映されるには、どうしてもいくらかの時間差ラグがある。

 属性拳銃エレメントピストルの魔法弾は弾速が遅い。

 だが、発射を見てから回避するのはさすがに無理だ。今まさに弾体が向かってきている。

 短銃身、弱装の属性拳銃エレメントピストルなので、即座に戦闘不能にはならない。数秒間ほど動きが鈍る程度だろう。

 だが、それだけ隙があればスミロドンにはいくらでも駄目押しのしようがある。

 連続攻撃ラッシュの端緒。既にできることはそう多くない。

 敗北を座して待つより、賭けるべきだ。リューガはそう考えている。


 ヒューガの躊躇は、リューガの覚悟と闘志が蹴り倒す。

 二つの人格が共存する精神は、そうやって果断を実現する。


(……頭の上のレバーだ。いつの間にか降りてきてる。このタイミングで変形操作があるなら、そいつを使うしかない)

(おうよ!)

 リューガは人間離れしつつある顔で獰猛に笑い、勢いよくレバーを掴む。

 可動方向は、前。

 祈りを込めて、一切の躊躇なく、押し込む。


[Accepted.]


       ◇◇◇


 竜を模した頭部が、動く。

 ただのデザインのはずの竜の貌ドラゴンフェイス

 目が黄金に輝き、閉じられた口が開き、全身から溢れ出ていたオーラが、一気にその中に集中する。

 ガコン、と首が頭一つ分ほど前に伸びる。伸びながら、オーラの塊を前方に自動投射。

 迫ってきた魔法弾を相殺し、炸裂させながら、なおも黒い巨人は変形を続行する。


 肩は折り畳まれていたように外側に展開。

 股関節も大きく横に広がり、スマートなシルエットが獣に接近する。

 最後に、折り畳まれていた第五肢しっぽが、バックパックから腰部ジョイントに接続され、背後に振り出される。

 短い第五肢には先端はない。それは重量バランスを取るための尾ではなく。

 青白い光を灯し、尾部光刃剣スラッシュテイルとしてヘルブレイズの新たな姿の最後の一画を成す。


       ◇◇◇


「うおおっ……!?」

 レバーを押し込んだ瞬間に、リューガは体調に異常を感じた。

 リューガの変異にヘルブレイズがついてくるのではなく、ヘルブレイズがリューガの活性を引き上げる。

 では足りない、と告げられたような気分だった。

 変異がさらに一気に進み、骨格がさらに音を立てて変化。

 そして、ついに尻から太ももと同等の太さの尻尾が生え、ズボンを突き破る。

「マジかっ……!?」

 さすがに予想外だった。

 ここまでの変異は意識的にやったことがない。幼い頃に自意識が定まらず、暴走しかけた時以来だった。

『ハッ……切り札ァ残してやがったか。参ったね。渾身の仕込みだってのによ』

 ユアンが呆れたような、うんざりしたような口調でボヤくのが聞こえる。

『だがっ!』

 サブアームを完全展開。ショルダーパーツの裏に畳んであったのが一本ずつ、バックパックに接続されたものが二本。元の腕と合わせて六本の腕を使い、属性拳銃エレメントピストル四丁と光刃剣スラッシャー二本で一気に決着をつけに来る。

 しかし、変形したヘルブレイズは全身のパワーが格段に上がっている。

 距離を詰めに来た瞬発移動に対し、逆に這うような低姿勢タックルをかけ、肩でスミロドンの脚を刈って空高く跳ね飛ばす。

『がっ……なんだそりゃっ……!?』

 正面衝突なら光刃剣スラッシャーの餌食だった。

 だが、変形してスタンスが広がったことで剣の想定していない低さまで姿勢を落とすことが可能になり、爆発的に疾駆して、比較的低重心のはずのスミロドンをも跳ね上げてみせたのだ。

 さらにそのまま腕を地面に突き立てるようにして急旋回。墜落するスミロドンに躍りかかっていく。

 その姿は怒り暴れる獣に他ならず、ゴールダスとユアンの焦った声が重なる。

『ま、待て坊主、そこまでだろっ!?』

『と、止まれぇっっ!!』

 躍る獣の振るう第五肢は、極太の尾部光刃剣スラッシュテイル

 直撃すればもちろん最新型鋼像機ヴァンガードといえども難なく真っ二つだ。

 ガードしようにも、スミロドンは空中姿勢をコントロールする能力はなく、ただデタラメに回って落ちながら光刃剣スラッシャーをメチャクチャに振るしかない。

 そんなスミロドンに対し、リューガは笑いながら。


「はっはぁっ!! 我らをナメるなよ!!!」


 一閃。

 ……尾部光刃剣スラッシュテイルは、デタラメに振られた二本の光刃剣スラッシャーをものともせずに正確にスミロドンの両脚を斬り捨てる。

 着地と、墜落。


「……切り札がどうとか知ったことか。ヘルブレイズが最強で、貴様らは及ばん。それだけよ」


 きっちりと勝ち誇ってから、リューガは頭上のレバーを戻す。

 ゆっくりと機体からの強制変異の圧力が収まっていき、ヘルブレイズも時間をかけて基本形態に再変形する。 


       ◇◇◇


「あんなんアリかよ」

 一部始終を見届けたゴールダスはどっかりと低いスツールに座り込み、唸る。

 反対にルティはご機嫌だった。

「ふふーん。こっちは本気で世界を変える鋼像機ヴァンガード作ってんのよー。アンタなんかと遊ぶためのオモチャじゃないのよー」

「にしたってメチャクチャ過ぎんだろうがよ!? なんだあの形態は! あれだけ振り回して人間が乗れるのか!?」

「人間だったら何回ブラックアウトしてるか分かんないわよー。ヒューちゃんだから扱えるのー」

「……何なんだ、あのガキは。本当に……人類の味方なのか?」

「さあ? アンタらが化け物と呼ぶのなら、いつかそうなるんじゃないー? 私はヒトの愚かさまでは知ったこっちゃないわよー」

 頭の後ろで手を組んで、微笑みながら。

「解放形態、ヘルブレイズ・ドラゴン。……これでようやく80%ってとこかしらねー」

 呟く彼女の瞳は、ほんの少しだけ懐かしげに、寂しげに揺れる。


       ◇◇◇


「なあルティ」

「いつまで恥ずかしがってんのよー。いいじゃないズボンとパンツの一枚や二枚や三枚や四枚ー」

「その話じゃなくて……いやその話なんだけどな」

 ヒューガはゴンドラからコクピットを覗き込むルティに大きく息を吸って、できる限り激しく叫ぶ。


「こういうシステムなら言えよ!!! 事前に!!!」


 ズボンのことも問題ではあるのだが、ヒューガの竜人変異は、ヘルブレイズの変形を戻しても解除されなかった。

 コクピットの変異促進システムは一方向のものらしく、機体は戻ってもヒューガ本人を戻してはくれないのだった。

 戦闘終了から二時間。鱗状に変異した皮膚は未だ柔らかさを取り戻す気配もなく、尻尾も退化してくれない。

「自然に戻るんだからいいじゃないー。っていうか使うにしても一度通信で質問来ると思ってたしー」

「いや元々積んでただろあの様子だと! 使ったらどうなるか、もっと早く言えただろ!?」

「今日のシステム更新でギリ機能するかしないかってとこだったのよー」

 あっけらかんと言うルティに不信の目を向けつつ、ヒューガはしばらく登校できないことをどう友人たちに伝えよう、と頭を悩ませる。

 少なくとも一日では戻らないはずだ。誤魔化せる状態まで三日……四日はかかるかもしれない。

 それと。

「ヒューガとルティさん、夕ご飯どうするの? 自慢じゃないけど私料理は全然できないわよ」

 すごく微妙なことを胸を張って宣言しているツバサをモニタ越しに見て、彼女にどう伝えるかにも頭を抱える。

 彼女には隠さなくてもいい気もするのだが、だからといって今の異様な姿をなんの気後れもなく見せる……というのも無理な相談だった。

 変異がグラデーションで進むこともあり、正直言って見栄えのいい姿ではない。

 オーガ族や獣人族のような独特のカッコよさがあるならいいのに、とヒューガは常々羨ましく思っているくらいだ。


 しかし料理ができない時の強い味方である煉瓦クッキーブリックは、案の定ツバサにもすこぶる不評で、結局ヒューガはルティとツバサに二人がかりで引きずり出されてしまうのだった。

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