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第37話 変異加速

 ヘルブレイズは前傾で走る。まるで転げるように。

 ……いや。転げているのだ。

 重心のコントロールができていない。手をついて、壊れかけの片翼で無理矢理バランスを正し、デタラメな動きで加速している。

(バランサーがイカれたままでやれるのか……!?)

(やれるに決まっとろうが。我を誰じゃと思うとる)

に「誰じゃと思うとる」とか言われてもなぁ)

 しかし、ヘルブレイズが実際に走行できているのは事実。

 その動きはまるで獣のような有様。

 コクピットも前傾のまま、妙な形の荷重がかかっている。まともなパイロットならコントロールできるものではない。

 が、リューガはもとより根っからの感覚派。マニュアルになど頼らない。

 機体にかかる衝撃や荷重、警告音やインジケーターの暴れ具合すら、五感の代替として使い、動く。

 そういう芸当が可能なのが、人間をやめ……「竜化」を深めたリューガという生き物なのである。

 6型ドラゴニュート。

 とうに世界から忘れ去られた、人のまま竜を目指した狂気の実験体。

 ヘルブレイズという機体は、パイロットが6型ドラゴニュートであることを前提としている。頑強な肉体を当て込んだ無謀なまでの敏捷性アジリティ、現代人には不可能なまでの魔力を要求するフレーム強化システムと、それがもたらす異常な機体強度に依存した戦闘スタイル。

 しかしもちろん、常にそれが発揮されるようになっているわけではない。コクピット内の各種センサーでヒューガの変異段階を観察し、それに合わせて出力制限機構リミッターは慎重に解除されていく仕組みだ。

 リューガになった時に副次的に出る程度の初期変異でも、これまでは充分だった。

 だが、悪運のトップエースには通用しない。

 ユアン・エディントンが戦ってきた戦場には、「公平なルールの勝負」なんてものはありえない。

 超越級の暴虐吹きすさぶ中で、鋼像機ヴァンガードは常に有象無象の弱者側であり、それでも生きるために食らいつくしかなかったのだ。

 弱点があり、刺さる武器があるのなら、あとはそれができる状況を作るだけ。

 そんな、言うだけならばシンプルな机上の空論を実現できる、膨大な経験値と鋭い勝負勘が彼にはある。

 貪欲にして冷徹、大胆にして繊細な彼の立ち回りは、単純性能で上回る程度では破れない。

 だから。


「圧倒的にいく……!」


 リューガは、枷を外す。

 体の奥底で滾る魔力の渦動を抑え込むことをやめ、全身の細胞がその異質なうねりに共振することを許容する。

 心臓から送り出された血が、自らの全身を焼いていくような感覚。

 みるみるうちに焼かれた場所が変異する。

 皮膚がうっすらと変色し、背骨周りだけでなく全身に鱗状のパターンが浮き出し始める。

 筋肉が発達し、骨格が変形し、全身がメキメキと音を立てる。

 痛みはある。違和感もある。

 だが、それを上回るほどの全能感が溢れ出す。

 リューガはそれに乗ってさらにテンションを上げ、ヒューガは不安と恐怖を抱きながら静観するしかない。


 ヘルブレイズのデタラメな突進が加速し、急角度の回避機動フェイントを複数回入れながらスミロドンに迫る。

「チッ……ヤケな動きしやがって……予想だけさせなきゃいいってか!?」

 スミロドンは属性拳銃エレメントピストルから電撃弾エレキショッカーを片方ずつ発砲。

 さらに隙を補うように内蔵砲を少しずつ吐き出し、ヘルブレイズに回避を強いる。

 弾種的に致命傷にならない威力とはいえ、食らえば格段に状況が悪くなるのは間違いない。

 しかしリューガは巧みに片翼を活用し、移動ベクトルを不規則に変えてそれを回避し続け、自らも属性銃エレメントライフルを発砲。

 こちらは必殺を期する爆砕弾エクスプローダーだ。当たればほぼ勝負がつくだろう。

 しかし、スミロドンは絶妙に瞬発的横移動を繰り出してかわす。

 そのまま背後に回る……ことはなく、互いに旋回機動で隙を見定め合う。


       ◇◇◇


「スミロドンのあの動き……あれでパイロットが保つわけがない。さてはドワーフあんたらお得意の地脈魔導ねー……?」

「はっ。すっとぼけてやりてえとこだが、どうせガンカメラ解析すりゃ割れることか。ここぞのとこまで取っとけとユアンの奴には言ってあったんだがな」

「初っ端にやらせといてなーにが『ここぞ』よー」

 格納庫のモニターで観戦しながら、ルティとゴールダスは横目で睨み合う。

「どうせ本来は友軍だ。いずれは共有する技術ではある。そこまで厳命するモンじゃねえさ。単なるサプライズのこだわりってトコだ。……ああ、ありゃドワーフの固有魔術を発展させたシロモノ。足の遅ぇ俺様たちが伝家の宝刀としてた『相対加速』の秘術をシステム化したモンだ」

「うまく誤魔化して使ってるわねー。あれ本当は最初の一瞬だけチートできるやつでしょー?」

 ルティの知っているその秘術は、ほんの一瞬、大地にその身を術だ。

 限られた戦闘空間に対し、より巨大な大地を主体に支えてもらうことで、最初の加速感……というより、打撃にすら近い瞬間加速の応力を無効化する。屁理屈のようだが、魔術とは往々にしてそういうものである。

 生身のドワーフが使えば、そのままストレートに突進するだけにしか使えないのだが、それでも古い時代は戦争で大戦果を挙げた恐るべき補助魔術だ。

「スミロドンはアレを有効活用するために重心下げて装輪ローラーつけてっからな。あの加速で緊急回避した後にドリフトでフォローしてやるのが戦術の肝ってトコだ」

「はー……こんなトコでお披露目するより、本国で大発表したら大ウケ間違いナシじゃないー……」

「へっ。あいにくと本国の連中のヨイショは聞き飽きててな。テメェを悔しがらせる方がナンボか有意義なんだよ」

「うっっっざぁ……」

「ガッハッハッ」

 鋼像機ヴァンガード開発の実質ツートップによる子供じみた会話に、ノーザンファイヴの鋼像機ヴァンガード隊員や整備員たちは困惑した顔を見合わせるしかない。


       ◇◇◇


 数度の交錯を経て、互いに決定打はなし。

 ヘルブレイズは時間が経つごとに運動性を上昇させ続けており、対するスミロドンは内蔵砲の残り弾数が尽きかけている。

 相応に巨大化しているが、モノとしてはクライスたちと見た使い捨ての簡易術式スティックと同じものでしかないので、一度発射すればそれっきりだ。

 ボディ前面の随所に仕込んてあったが、本来はもっと巨大で鈍重な敵相手に使うものとして想定されている。目まぐるしく避け合うような戦いでは役に立たないのは必然ではあった。

「そんな状態でよく粘るぜ。そんなにママに褒められたいのかよ?」

「挑発ならもっと気の利いたことを言え、オッサン」

 通信は繋がっているが、現在のリューガの姿は向こうには映っていないはずだ。

 今の姿を見られていたら、さすがにこんな軽い煽りで済むとは思えない。

 ……牙は目に見えて口からはみ出し、角質の鱗状化はさらに進んでいる。そろそろ人間と強弁するのも苦しいくらいになってきている。

(どこまでやるんだリューガ……これ以上進行させると取り返しがつかなくなるぞ!?)

(今の勢いなら押し切れる! このまま、もう少し……!)

 頭の中のヒューガに答え、リューガは最後の一押しとばかりに踏み込む。

 幾度か観察して理解した。スミロドンの瞬間加速は方向が一定だ。

 そちらを塞ぐように動き……。


「ああ、そろそろそっちに来るよなァ?」


 スミロドンが振り返り切れていない。

 裏を掻いた、と思った瞬間、今まで一度も使っていなかった新しい隠し腕サブアームが、ヌッとヘルブレイズに属性拳銃エレメントピストルを向けていた。

「……!!」

「お前が俺に勝てない理由は腕や勘の差じゃねぇ」

 ユアンは嘲笑うように、言う。


「切り札を切り合うような戦い、してねえだろ?」


 引き金が、引かれる。

 その瞬間、正面モニター上部に新しい表示が乗る。


[Transform READY.]

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