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第36話 正解の戦い方

 爆風で離陸するなど、本来は有り得ない。

 飛ぶのが紙飛行機ならいざ知らず、だ。

 20メートルの巨体が勢いよく浮き上がるだけの衝撃というのは、まともに考えればうまく飛ぶより翼が折れてバラバラになる危険の方が高い。

 が、リューガは迷わず実行した。

(思い切りが良すぎだろ……!)

(少なくとも戦う前に終了ってことにはならん。もし翼が吹っ飛んでもそこはそれじゃ。全速体当たりで戦えるヘルブレイズこいつなら、墜落してもそのまま戦闘継続できるじゃろう)

 正真正銘ただのギャンブルだ。

 が、実際にヘルブレイズは耐え、地上のスミロドン相手に主導権を渡すことは免れる。

(衝撃でモニタがイッちまってるなんてことは……もうないか。さすがルティだ)

(バランサーがパニクっとるが、想定内じゃ。足付けなければええだけよ)

 過日の二面砲撃戦で露呈した電装系の耐衝撃性は、きちんと強化されていた。無茶な揺らされ方にもかかわらず、今回はどこにも不具合は起きていない。

 水平を保つためのバランサーユニットは一瞬で処理を飽和させられて異常反応をしているが、空中での姿勢制御には関係ない。

 ここからが本番だ。

属性銃エレメントライフルのリロードは少しかかるな……できれば空中の有利を大事に、中距離戦をしたいところだけど)

(奴の飛び道具は手厚い。中距離なら有利というモンでもないぞ)

 スミロドンは両手に属性拳銃エレメントピストルという小型火器を装備して臨んでいる。

 より一般的な属性銃エレメントライフルに比べて射程・命中率・威力ともに下がるが、リロード速度はほぼ同じ。

 これが何を意味するかというと、単純に二倍射撃回数を稼げるので、牽制力が高いということ。

 また、通常は数機がかりで行う同属性弾の一斉射撃を単機で撃てるということでもある。

 同属性一斉射撃は、うまく集中できれば威力は足し算以上のものになる。確実に狙えるなら、単発の威力の低下を補って余りあるだろう。

 ネックはやはり小型であるために弾倉マガジン容量が小さく、長期戦には向かないことだが……一騎討ちの模擬戦だ。それを弱みと考えるのは間違っているだろう。

 さらにその上、到着時に見せた内蔵砲もある。全砲使ってバラ撒かれれば、回避は厳しくなるだろう。

 漫然とした撃ち合いで勝機を見出すのは難しい。

(かといって、接近戦が活路か……というと、それも怪しいな)

(あの瞬発力キレで動かれると、こっちが飛んでいるとはいえ間合いを支配はできんぞ)

 相手の射程外の遠距離戦は論外だ。大質量弾投射砲ヘビーランチャーはとっくに弾切れと破損でお蔵入り。そもそもあんなものを当てられる相手ではない。

 となれば。

(ヒット&アウェイで行くぞ、ヒューガよ)

(ああ。相手に好きにさせないのが第一だ)

 最高速は依然としてヘルブレイズが勝る。

 ならば一気に寄り、一気に離れる……の繰り返しで、相手にペースを握らせない戦い方ができる。

 的を散らす回避機動を仕込みながら強襲、深追いはせず、駆け抜けながら一撃ずつ。

 何度かわされてもやり直せばいい。

 スミロドンに乗るユアンも、こんな戦いをしたことはないはずだ。

 圧倒してみせる。

 ……その思考をまとめるまで、三秒。

 メチャクチャの空中姿勢から、リューガ持ち前の野性的な勘で強引に推進開始。

 鋼の翼を打った漆黒の巨体が、見ている側からは予測のつかない軌道で、獰猛に地上のスミロドンに迫る。

 頭から突っ込みながら、属性銃エレメントライフルで銃撃、さらに体当たりまで狙う。


 が。


『手に取るように読めるぜ』


 スミロドンは、両手に光刃剣スラッシャーを展開して待ち構えていた。

(なんだとっ!)

 さすがにリューガも面食らい、射撃のタイミングを速めて離脱軌道に修正を計る。

 属性銃や内蔵砲も侮れないが、光刃剣スラッシャーの攻撃力は桁違いだ。

 基本的に斬れないものがないとされる限定魔剣の鋼像機ヴァンガード版なのだ。一瞬の交錯でも致命傷になり得る。

 しかしそれでもスミロドンは例の瞬間加速で追い、二本の光刃剣スラッシャーを軽やかに振り回す。

 そのうちの一撃が、ヘルブレイズの翼を斬る。

「っっ!!」

『はっはぁ! 言っただろうが!!』

 地を転げ、それでも必死に距離を取るヘルブレイズを見送り、ユアンは勝ち誇る。

『スペックを振り回すだけの坊ちゃんがよう! 型破りだったのは一手目だけだな!』

(……チッ……!)

(確かに安直が過ぎたか……動き出しが見えれば、もうその先は予想の通りってわけだ)

 ヘルブレイズは圧倒的な性能のゴリ押しで戦ってきた。

 裏を掻くような戦い方など、必要がなかった。

 ユアンは、だからこそリューガの攻撃パターンを見切ってしまった。

 スミロドンという分厚い迎撃手段を持つ相手に、超高スペックの飛行型鋼像機ヴァンガードでどう挑むか。一番単純な答え以外ないのなら、タイミングを合わせるだけの話でしかないのだ。

 だが、だからといってどんな搦め手の戦い方ができるだろう。

 武器は標準型の属性銃エレメントライフルと、徒手空拳のみ。未だ光刃剣スラッシャーは持たされていない。

 飛ぶことはできなくなった。かろうじて片翼を使って機動の補助はできるが、スミロドンの例の動きと互角にやりあうのは難しい。

 ……いや。

(受け身で考えた答えを頼ったのが間違いじゃ。「一番マシな攻め方」は、奴には読まれる! は捨てる!)

(でもあいつエースだぞ!? 奇をてらったやり方で捉えられるのか!?)

(それでもやるしかねえじゃろうが!)

 地を這うように低姿勢で再び突撃開始するヘルブレイズ。

 その様子を見てスミロドンは光刃剣スラッシャーを納め、背部から伸びる細いサブアームに預けていた属性拳銃エレメントピストルに改めて持ち替える。

「……そのためだけのアームがあるのかよ……!」

『ゴールダスの奴は元々そういうゴチャゴチャギミック大好き野郎よー。まだまだ隠し玉はあるものと思いなさいー』

 ルティの声が通信に入ってくる。

 そして、それに呆れたようなゴールダスの言葉も。

『まだやらせんのか? さすがにちょいとユアンも大人げねえ。一旦ハンデってことで修理させてやってもいいぜ?』

『黙れヒゲダルマ。……うちのヒューちゃんとヘルブレイズは、強いのよー』

 リューガは、そんなルティの力強い信頼に微笑む。

「チッ。……それじゃあひとつ、見せてやるかなァ」

 リューガの気配が変わる。

 体を共有するヒューガには、彼の意図するところがわかる。

(お、おい……っ)

 皮膚が硬化する。鱗を形成する。

 筋肉が盛り上がり、瞳孔が縦に長くなり、歯が本格的に変形する。


ヘルブレイズわれらは、まだまだここからぞ……!」


 身を低くして駆けながら、漆黒の機体から舞い散る禍々しく赤いオーラが、金色に染まっていく。

 走行速度が目に見えて上がる。


『そう。それが本当の正解よー。……見せてやりなさいリューちゃん。格の違いってやつを』


 竜貌の鋼像機ヴァンガードは、乗り手の魂に呼応して、軋む。

 彼女の設計通りに、軋んで歪む。


 そうなるべくして、造られたのだ。

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