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第35話 模擬戦開始

 通常、鋼像機ヴァンガード同士の模擬戦はコクピット内のシミュレーションプログラムで代用される。

 本国軍の方針で鋼像機ヴァンガードは制式採用機を一斉更新するため、機体同士の性能差はまず生まれない、という事情によるものだ。巨大モンスターとの戦いが通常の戦争形態ではなく、装備更新・慣熟などの隙を故意で突かれて大敗……といった事態の心配がまずないので、そういった大掴みな方針を取ることができる。

 鋼像機ヴァンガードの旧式機を残さない方針は、整備の観点からも作戦指揮の観点からも単純化できるメリットがある。

 まだ戦おうと思えば戦える機体を一斉破棄するのはもったいなくはあるが、全人類の工業力・労働力はどのみち集約されているのだ。古い機体の延命のために技術と資材を二倍準備しなければならないよりはマシ、という判断だった。


 だが、今回に限ってはシミュレーションでは足りない事情がある。

「つまんねえブラフかけられちゃ、はるばる来た甲斐がないからな。真剣勝負ガチンコでいこうぜ」

 ヘルブレイズと新型機スミロドン。

 どちらも開発をまだ進めている機体のため、蓄積データが不完全であり、特にヘルブレイズは製作したルティですら現状の性能を正確に把握できているとは言い難い。

 シミュレーションに反映するには、その想定が良すぎても悪すぎても問題だ。シミュレーションで可能だったアクションが現実では一発故障の無茶だったり、逆にシミュレーションで無理だった動きが実際には問題なかったりするのは、パイロットにとっても設計者にとっても不利益である。

 ゆえに、ルティはシミュレーターへのデータ入力は渋りがちで、ヒューガが特に強請った射撃訓練プログラムぐらいしか用意していない。

 当然、模擬戦は実機でやる以外に選択肢がないのだが。

「とは言っても鋼像機ヴァンガード同士の模擬戦なんて半分ご法度だろ……許可が出るのか?」

 ヒューガは呟く。

 ……鋼像機ヴァンガード鋼像機ヴァンガードの戦いというのは、言うまでもなく本来の用途の外だ。

 鋼像機ヴァンガードは巨大モンスターと戦うための進化を遂げてきた兵器であり、なおかつ人類陣営は一つしかない。その銃口が同種に向けられるということは、反乱という想定以外の何物でもないのだ。

 隊員同士のシミュレーションでの勝負は練度向上の名目で見逃されてはいるが、その技能をことさら磨くというのは、クーデターの準備と捉えられても仕方ない。

 それを大々的に実機でやらかそうというのはただでさえ心象が悪く、戦略的にも味方同士で実際に戦力を削るという不毛な行動である。

 どうやってノーザンファイヴの上層部を説得するつもりなのか、ヒューガには見当もつかなかった。

 が。

「許可ならもう取ってあるぜ。うちの所属都市ホームの司令官に口添えさせてな」

「マジで……?」

 ゴールダスがこともなげに言い放った言葉に耳を疑う。

 どれだけ横車を押すのが得意なのか。

「相っ変わらず本当に人に取り入るのが得意ねー……ケダモノみたいなツラしてるくせに」

「馬鹿言え。男同士、酒の一本も注ぎ合って腹を割って話をすりゃあ、どうしても動かない山なんてのはねえ。騙し合い探り合いなんてせず誠心誠意、今も昔もこれに限るってもんよ」

 ルティは心底嫌そうな顔をしているが。

(なるほどのう……ドワーフらしいドワーフというのを突き詰めれば、コミュ力お化けそのものってわけじゃな)

 リューガは感心している。

 ドワーフというもののイメージは、体力馬鹿で職人気質で酒好き、手先が器用で不潔で陽気、時々偏屈。

 不潔だの偏屈だのというマイナスイメージはともかく、それ以外の部分ではと非常に相性がいい。

 多かれ少なかれ体育会系の論理で生きているのが軍人だ。彼らにとってはドワーフ本来の気質はうまく噛み合うし、一押しでは頷けない話は酒の席を設けてクッションを置きつつ……という交渉方法も悪くない。それは長命種に属し気の長いドワーフの得意とするところだ。

 そして職人気質というのは、言い換えれば「自分の得意領域で頼られれば、可能な限りしっかり応える」という面倒見の良さでもある。

 元々鋼像機ヴァンガード技術者として稼いできた発言力も下支えして、ゴールダスが特に上層部と良好な関係を築く材料は万端揃っているのだ。

(本当にルティとは真逆だよなー……一人だから、そうそう軍の要請にホイホイ応えるわけにもいかないとはいえ)

(せめて部下の二、三人もおったら話は違うんじゃろうがのう)

 ルティは普段は軍の要請は七割がた無下に却下している。ルティが気難しいというのもあるが、ルティが手を動かさなければ何も進まないので、持ち込まれる話に全部応えていたら何もできないのだ。

 そして、まるでその鏡のように軍もルティの申請はなかなか通さない。

 軍司令部の冷たい石頭な感じは、ヒューガにとってはルティの肩越しに見るしかないせいなのかもしれない。

「とはいえ複雑な状況設定は出来ねえ。やるのはシンプルな一騎討ちタイマン、一発勝負だ。……今、件の機体をバラしてるってんなら組むまで待つが、どうだ、シュティルティーウ」

「とっととやって終わりにしよー。ヒューちゃん、準備してー」

「了解」

 研究室に駆け戻り、昇降ゴンドラのスイッチを入れてヘルブレイズのコクピットに飛び乗る。

 少し遅れてついてきたツバサは心配そうに見上げる。

「ヒューガ」

「……大丈夫だ。見ててくれ」

「あのパイロット、嫌な気配だった。……気を付けて」

「なに? あいつ、何か……」

「ああいうタイプは、戦場では曲者。敵にも味方にも油断ならない奴が多いの。……200年前にも、ああいう奴がいた時は何度か腹の立つ思いをしたわ」

「……気を付ける」

 ツバサへの認識を少し改める。

 ここしばらくの少し危なっかしくも強烈な行動のせいで、彼女は神秘的なシャーマン系不思議ちゃんのようなイメージになっていたが、そもそも魔王大戦は立派に「戦争」だった。敵味方ともに人がいる、文字通りの。

 彼女は時代への適応が少し間に合っていないだけで、根本的にはそんなフワフワした娘などではない。いくつもの血みどろの戦場を踏み越えた歴戦の戦士なのだ。

(不穏じゃのう)

「今さら引けないだろ」

(ま、そうじゃが……そろそろ代わるぞ)

「頼む」

 服の喉元を少し引っ張り、体の主導権をリューガに渡す。

 目つきが変わり、首の後ろの皮膚が硬化し始める。


       ◇◇◇


 戦場に指定されたのは、瘴気の希薄なエリア。

 空中都市の件でハンターが地上にあまりいないのも手伝って、戦闘エリアの設定はスムーズに済む。

 そこで、黒く細身なヘルブレイズと、重厚な黄金のスミロドンが数百メートルの距離を置いて睨み合った。

『そいつがあのエルフの嬢ちゃんの機体か。確かに「レイザーエッジ」の面影があるな』

「…………」

 レイザーエッジとは以前ルティが設計した制式鋼像機だ。ダイアウルフによって更新され、現在は数えるほどの機体が本国に残るのみとなっている。

 ダイアウルフへの一斉機種転換があったのは5、6年も前なので、確かにユアンのようなベテランなら触っているはずではあった。

『何か言えよ、少年。どうせ模擬戦だぜ? そう緊張するなって』

「さっきとは随分言うことが違うなァ、アンタ」

 リューガは警戒感を滲ませた声で言う。

 先ほどの挑発はヒューガを土俵に乗せるための策略だったのだ、と理解はしても、そこから急に猫撫で声で世間話をしてくる理由はない。

 つまり。


『へえ。まるで別人みてえにクールじゃねえか』


 瞬間、黄金の機体がブレて視界から消える。

 いや、そう錯覚するほどの

 異様な軌道で背後を取りに来た。

 数百メートルの距離から。

 その距離からそれが可能なほどに、瞬発力キレのある地上機動。それがスミロドンの第一のアドバンテージなのだ。

(リューガ!)

「なるほど。ツバサの言う通りじゃ!」

 リューガは、ヘルブレイズがダランと下げていた属性銃エレメントライフルを、そのまま下に向けて撃つ。

 爆風弾ソニックブラスター。文字通り、巨大モンスターを弾き飛ばすほどの爆風を放つ弾。

 それが地面で炸裂する瞬間に翼を広げ、勢いよく空に舞い上がる。


『ハハッ……狂ってやがるな! それで離陸ってか! それで無傷でいられるのか!』


 背後に迫っていたスミロドンは地面を転がり、ユアンの嬉しそうな腹立たしそうな声が響く。

 戦闘開始の合図はなく、それで模擬戦は始まった。

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