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第34話 来訪者

 ルティの読み通りというべきか、金色の鋼像機ヴァンガード「スミロドン」の操縦をしていたのはゴールダスではなかった。

「ユアン・エディントンだ。……知ってる奴は知ってるだろう。知らねえならそれでいい。都度都度経歴語るほど暇じゃねえ」

 両手をパイロット用ジャケットのポケットに入れ、ゴールダス以上に傲岸不遜な態度を隠そうともしない三十絡みの男。

 彼の名を聞いて強く反応する者と不思議そうにする者は綺麗に分かれた。

「サーク隊長。有名なんですか、あれは」

 女パイロットのエリーがサーク隊長に小声で尋ねる。ただならぬ反応を示していたからだ。

 サーク隊長は自らを落ち着けるように顔の下半分を撫でつつ、エリーに頷く。

「前に話しただろう。鋼像機ヴァンガードによる超越級オーバード討伐……数十機動員して半数は死亡っていうデタラメな難易度の戦いだが、それに合計四回参戦して生き残った奴がいる。それが、奴だ」

「参戦だけなら……」

。それを踏まえた上で、その事実をもう一回考えてみろ」

 全ての鋼像機ヴァンガード乗りは、操縦系切断スイッチを作戦司令部に握られている。

 言うまでもなく、それは鋼像機ヴァンガードに逃亡と反逆を許さないための安全装置。乗機をただの棒立ちの棺桶にされたくないならば、勇敢に、無謀に奮戦するしかない。

 つまり、ただ参戦しただけで何もせずに終われる戦いなどというものは、ない。

 それでも、四度もの修羅場で戦い抜いた。

 一度ならば、ただの強運で片付けることもできるだろう。

 だが四度となると、間違いなく超一流。

 何より、あの圧倒的な暴力による蹂躙に、曲がりなりにも立ち会ったのなら、わかる。

 あれに向かっていくなんて、狂っている。それもヘルブレイズのような画期的戦力ゲームチェンジャーでもなしに、地力で勝負しなくてはならないのに。

 そんなユアンの横……というより斜め下で、ゴールダスが愉快そうに彼を親指で指し示しながら。

「コイツ生意気なもんだからよう。いくつもの部隊で司令部の命令蹴っ飛ばして、何度もギリギリの真似して干されかけてたからよ。ウチのテストパイロットとして引き抜いたんだ。やっぱとことん限界を試せる奴がいなけりゃ、性能を盛っても張り合いがねえからな!」

「フン。聞こえよがしに感謝でもしておくべきかい、ボス」

「ガッハッハッ。この調子だぜ。そりゃあ可愛がられねえよ!」

 腕は折り紙付きだが性格に難ありのパイロットと、鷹揚で破天荒な設計技術者。

 ヒューガたちとは形が違うが、これはこれで噛み合っているのだろう。

「で、こいつはスミロドン。ダイアウルフの発展型だ。……とは言っても現状じゃ量産ラインにはまだまだ乗せられんぐらい尖ってるが、その分、使いこなせりゃ一騎当千の戦いもできる」

 鋼像機ヴァンガード隊の面々やルティ、ツバサと一緒に、改めてハンガーに佇むスミロドンを見上げる。

 金をメインにダークシルバーを差す派手なカラーリングだ。

 しかし力のありそうな手足には豪語を裏付けるような説得力があり、滑稽な派手さではない。

 こうして見ると、野獣の毛並みのような攻撃性とも思える。

「そのうち出番があると思ってデビューの機を窺ってたんだが、そっちの新型がほぼ単機で超越級オーバード討伐なんて、これ以上なくパンチの効いた登場してくれたからよ。ここはもう、やるしかねぇなと思ったわけさ」

「うっっっざ」

 ルティは言葉通りの酷い顔で吐き捨てる。

「アンタの遊び相手やるために作ってんじゃないわよこっちはー。目立ちたいなら勝手にやってろってのよー」

「……というか」

 ヒューガは疑問に思ったことを口にする。

「どうやってここまで来れたんだ? ゴールダスさんの開発局は東部都市群イースタンのはずだろ。鋼像機ヴァンガード単独で抜け出してこれるはずがない」

「はっ、賢いねえ、シュティルティーウんとこの子犬は。だが覚えておけ。大人の世界にはいろんな動かし方があるんだぜ」

「はい、いいトシこいてカスの武勇伝フカすやつ出たー。死ねばいいのにー」

「そこまで言われるほどダーティな真似はしてねえよ! 性能試験名目で堂々と仮出向しただけだよ!」

(そんなので手続き通るのか……)

(あのドワーフが日頃からいい関係作っとるんじゃろ。どう見てもルティとは真逆のコミュ強じゃし)

 基本的に、鋼像機ヴァンガードは勝手に都市間移動などできるものではない。

 だが、あくまで「勝手に」であって、充分な信頼と計画性があるのであれば、「正式に」別の都市に向かうことはできる。理屈の上では。

 ルティにそれができないのは、「単機で超越級オーバードを圧倒する鋼像機ヴァンガード」ヘルブレイズを開発する……という冗談のような計画をほぼ独力で進め、ノーザンファイヴ防衛の情勢に相乗りして試験運用する……という極めて勝手な動きをしているせいだ。

 ゴールダスはおそらくそれとは逆に、普段から所属都市の鋼像機ヴァンガードの面倒もよく見ていて、なおかつ本人がこんな風にイレギュラーな動きをしても、他の開発局員がその穴を充分カバーできるように配置されているのだろう。

 本当にいろんな意味でルティには真似できない話だ。

「ってわけで、遠路はるばるここまで乗り込んできてやったんだ。……スミロドンの力はさっき見せた通り、ダイアウルフ相手じゃチラ見せにもならん程度に強ぇぜ。お前の新型はどうよ、シュティルティーウ」

「あのねー……ロールアウトっつっても別に完成はしてないのよー。六割調整でも足りる状況だったから使っただけー。ただでさえ作りかけの鋼像機ヴァンガードで、アンタのお遊びに付き合ってやる義理はないのー」

 ルティの面倒臭そうな言葉に、逆に他の鋼像機ヴァンガード隊員たちのほうがザワつく。

「六割……六割で超越級オーバードを叩き潰したっていうのか」

「確かにあの機動力で飛べるアドバンテージは大きいけど……」

「飛べることより、あの勢いの体当たりを何十発も繰り返せる異常な強度が武器だろ?」

 その彼らの狼狽を見て、ゴールダスはさらに楽しそうな顔をする。

「へっ。さすがは大賢者シュティルティーウってか。何の工夫もない基礎スペックで超越級オーバードに圧勝、しかも未完成も未完成でそれってのは……さすがに俺でも耳を疑っちまうぜ」

「信じなくていいからとっととお帰り下さいー。そっちで存分にナンバーワン気取ってていーからー」

 シッシッとあくまで塩対応のルティ。

 ……ここまで庫内フェンスにもたれて流れを聞くともなく目を閉じていたユアンが、やおら目を開き、声を上げた。

「随分勿体ぶるんだな。逆に興味が出てきちまった」

「逆もクソもないわよー。別にアンタらのその金ピカが大活躍して私らの出番ゼロになっても、こっちはなんにも損しないんだから勝手にやっときなさいよー」

「だそうだが? お前はそれでいいのか、少年」

 急にユアンはヒューガに話を振る。

 えっ、とワンテンポ反応が遅れるも、そもそもヒューガには何も決定権はない。

「……ルティがいいって言ってるなら別にそれで」

「そんなタマじゃないだろう、お前さんは」

 やけに挑発的にニヤつきながら、ユアンは何か見透かしたようなことを言う。

「そのトシで鋼像機ヴァンガードに乗ってるんだ。それも、今まで一番強いと言われてた鋼像機ヴァンガードに。……こんなジジイとババアのダルい喧嘩なんかとは別に、自分がこんな金ピカオモチャに負けるわけがないって自負があるはずだ。あの程度の真似は自分にだってできると思ってるだろ?」

 ……ヒューガは無表情を保つ。見え見えの挑発だ。

「違うなら『いやいや、俺ごときにあんな見事な操縦できるわけありません』ってヘラヘラしてみせろよ? それができてない時点でお前さんは、シュティルティーウに話を預けきれてねえぜ。……ま、実際お前さんには多分あんな動きはできねえんだがな」

「……なんだと」

 無表情という「隙」を看破された動揺で、続く挑発に、つい乗ってしまう。

 実際は隙でも何でもない。そもそもルティはヒューガをパイロットだなどとは言っていないのだ。

 黙ってスルーして「何で俺に話をしつこく振るのかわからない」という風に構えておけばよかったのだが、それができなかった。

「所詮スペックを振り回してるだけで終わってる奴は、俺みたいなかわし方はできない。それでもダイアウルフみたいな雑魚には負けようがないだろうが、スミロドンコイツは違うぜ。お前さんの攻撃は当たらないし、俺の攻撃はかわせない。一方的な展開になる」

「ヘルブレイズを何も知らないわりには随分ビッグマウスだな、おっさん」

超越級オーバード相手に何度も生き残るっていうのは、そういう話なんだよ。……そしてお前は、掛け違った時に何もできずに死ぬのさ」

「わかった風に……!」

 つい、いきり立ってしまう。

 ……背後でルティの巨大な溜め息が聞こえた。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……。ったく、クソドワーフは子分までクソみたいな奴ねー……!!」

「ガッハッハッ、さすがにそんなガキに大人げなさ過ぎるが……新型にはそいつしか乗せてねえんだろう、どうせ?」

 ヒューガはそこでようやく、彼らはヘルブレイズのパイロットに見当はついても、はっきりとは知らなかったのだ、と気が付く。

 しらばっくれようと思えばできたのだ。

 しかしルティはもう諦めたようだった。


「はいはい。ったくもー……ヒューちゃん、理解ワカらせてやりなー」

「……ああ!」


 竜貌の黒と、凶相の金が、対峙する。


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