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第19話 空中都市へ

 その日は休日で、よく晴れていた。

「他人をコクピットに乗せて飛ぶのは初めてだな」

「あんまり乱暴な操縦しないでねー。おねーさんヒューちゃんほど頑丈じゃないしー♥」

「敵が出たらそうも言っとれんわ。頭打たんよう自分でなんとかせいよ大賢者」

「あ、リューちゃんのほうかー」

 リューガはルティをシートの裏に乗せている。

 二人乗りは想定されていないが、なんとか一人くらいは体を滑り込ませられるスペースはある。もっともリクライニングのためのなので、加重がかかったらシートに潰される可能性も捨てきれないのだが……まあ設計者のルティがそれを知らないはずもないだろう。放っておく。


 ほとんど全てのモニターが青い。

 こんなにいい景色をリューガは初めて見た。

 鋼像機ヴァンガードが向かうのは基本的に災害級ディザスター以上の脅威であり、前面に雲のような霧のような障域がないことは有り得ない。シミュレーターでさえその前提で作られている。

「しかし、よく鋼像機ヴァンガードを出すのを司令部が認可したもんじゃな。あんなに『原則、巨大モンスターとの戦闘目的以外の出撃は認めない』ってゴネとったのに」

「つまりー。それでアレを逃がす方が、損がずっと大きいって本国の方でも判断したわけよー」


 ヘルブレイズの前方に見えるのは、高度2000メートルの空を飛ぶ、大きな「島」。


「バルディッシュの空中都市。世界七不思議扱いされてるらしいわよー♥」

「なんでそんなに嬉しそうなんじゃ」

「完全に私関わってないやつだしー♥ 技術屋としてはどんなカラクリなのかめっっちゃくちゃ気になるじゃないー♥ もし、今も進路を操作できるなら、それだけで物流革命だしー♥」

「そんなうまい話あるかのう……」

「ヒトが作ったものならヒトが動かすのが道理でしょー♥ なら、なんとかなっても不思議はないわよー♥」

「お前、なんでもアリの妄想は推測とは言わん……とか言っとらんかった?」

 軽口を叩きながらもリューガは滑るように機体を左右に蛇行させ、不意の迎撃に備える。

 もしも迎撃の類が来るようならば、この巨大構造物を調査するのは諦めなければならない。

 鋼像機ヴァンガードに比べてさえ大きすぎるそれは、いくらルティが明晰な頭脳を持っているとしても一人で調べられるようなものではなく、チームで乗り込まなくてはならない。

 その先鋒がヘルブレイズなのだ。うまく乗り込めたのなら、後続も追いつく手筈になっている。

 現状、最高の空中戦能力を持っているのがヘルブレイズなので、それで手に負えない迎撃機能があるなら、後続は全て撤退させなくてはならない。

 そういうことさえ有り得るのが、異常技術遺産オーパーツというものだ。

 果たして。


「……なんも飛んで来んな」

「200年物だからねー……さすがに迎撃機構があったとしても保たないかー」


 ゆっくりと近づくヘルブレイズに対し、都市は沈黙していた。

「一応、最初に仮着陸タッチできたら周辺ルートも飛んでみてー。都市内からの視野の問題で射角が取れてないだけかもしれないし、特定角度だけセンサー死んでるだけかもしれないからー」

「わざわざ藪をつつく真似はせんでええんではないか」

 戻したての翼でアクロバット飛行はしたくないリューガだが、ルティはチッチッチッと指を振り。

「甘ーい。ヘルブレイズと他は推進器が違うんだから、同じ象限だけ飛べるとは限らないよー。安心して飛んできた子が撃たれて運悪かったねーで終わったら、先鋒の意味がないでしょー」

「……了解。ルティおまえはタッチ時に降ろすぞ? 乗せたまんま急旋回するハメになったら目も当てられんからの。……いや、何がおるかもわからんのに一人で降ろすのもマズ手か?」

「心配性ねー。ちゃんとワンドも持ってるから大丈夫よー」

 古めかしい杖をポンポンと叩くルティ。この鉄と革とポリカーボネートのコクピット内ではひどく浮く、古木製の骨董品だ。

 が、ルティにとっては属性銃エレメントライフルよりも断然、強力かつ柔軟な、頼れる武器らしい。

 しかし。

「何十年も戦っとらんのじゃろ。出る前にボソッと言っとったの聞こえとったぞ」

「し、仕方ないじゃないー。技術屋やってる私が直で戦うことになる事態ってもう最後の最後だしー?」

「今って最後の最後かのう……」

「だーいじょーぶよー。いざとなったら自分だけ転位だってできるんだから」

「……それを出されるとな」

 さすがにリューガも、それが強力無比な手段であることに異論はない。

 空中都市の着陸できそうな平地を探して着陸し、ハッチを開けてルティを出す。

「通信は通るはずじゃ。スマホは通話にしておけよ」

「なーに鋼像機ヴァンガードに乗ってるぐらいで保護者ヅラしてんのー。おねーさんの方がずっと年上なんだから心配しないのー」

「どう見てもガキの風体じゃろうが!」

 ヘルブレイズの手を登場ゴンドラ代わりにして降りる彼女の姿は、やはりどう見ても10歳児にしか見えない。

 心配しつつ、リューガは空中都市の周囲を飛び回る確認作業に戻る。


 全周を確認するには手間がかかり過ぎるため、ノーザンファイヴに向いた半球面だけをチェックしたが、やはり迎撃の類はなかった。

「ノーザンファイヴへ。こちらヘルブレイズ。可能な限りの安全確認を終了。後続部隊発進を要請」

『こちらノーザンファイヴ。要請を承認。後続を発進させる。エスコートを頼む』

「了解」

 都市近傍空域で翼を羽ばたかせ、ホバリングするヘルブレイズ。

 噴射型の推進器だとホバリングはあまりにも燃費が悪く、継続するのは難しいが、ルティは独自設計したそれによって加速性と航続性、低速安定性を見事にクリアしている。

 ただ、ヘルブレイズ以外の鋼像機ヴァンガードに応用するのは今のところ難しいらしい。

 そのため、「後続」であるノーザンファイヴの鋼像機ヴァンガード隊は、取ってつけたような円筒型推進器を背負って、地上から打ち上げられた。

『ヘルブレイズへ。こちら鋼像機ヴァンガード隊一番機! 着陸好適地へと誘導を頼む!』

(サーク隊長だな)

(奴はええんじゃがなー……)

 噴炎を背負って上がってきたダイアウルフに、手信号で着陸地点を示す。

 ルティを降ろした場所の近くだ。ルティにはスマホ越しに退避を指示してある。

「都市」であるなら、さしずめ正門広場といったところか。鋼像機ヴァンガードが5、6機は立膝で座っても余裕のあるスペースがあった。

 サーク隊長のダイアウルフは加減の難しい推進器をやや危なっかしくもなんとかコントロールし、ズン、と三点着地してみせる。

『……ふう。着陸成功。エスコート感謝する』

「次の着陸機に備えて端へ移動してくれ。……念のため、衝突を警戒して」

『了解』

「次!」

『こちら二番機! これより目標地点に接近する! ……こんな推進器いいモノ開発してたんなら次から現場で使いたいね!』

『油断するな! 飛んでいるうちはいいが着陸には細心の注意を払え! さもないと……』

『おわぁっ!?』

 サーク隊長が警告したそばから、二番機は乱暴な着地でガシャンと足を

 ヘルブレイズに比べて手足が太く、頑丈に思えるダイアウルフでも、速度と高度を充分に殺さなければ軟着陸というわけにはいかない。

 自身の身長の倍程度の崖でも、普通に落ちれば場合によっては戦闘不能の損傷を受けるのだ。

 鋼像機ヴァンガードで「飛ぶ」という新しい体験に浮かれたパイロットたちは、そんな現実を改めて理解する羽目になる。


 ヘルブレイズの後続隊として派遣された鋼像機ヴァンガードは5機。

 そのうち3機が、歩行に問題を生じる損傷を負ってしまったのだった。

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