その日は休日で、よく晴れていた。
「他人をコクピットに乗せて飛ぶのは初めてだな」
「あんまり乱暴な操縦しないでねー。おねーさんヒューちゃんほど頑丈じゃないしー♥」
「敵が出たらそうも言っとれんわ。頭打たんよう自分でなんとかせいよ大賢者」
「あ、リューちゃんのほうかー」
リューガはルティをシートの裏に乗せている。
二人乗りは想定されていないが、なんとか一人くらいは体を滑り込ませられるスペースはある。もっともリクライニングのための
ほとんど全てのモニターが青い。
こんなにいい景色をリューガは初めて見た。
「しかし、よく
「つまりー。それでアレを逃がす方が、損がずっと大きいって本国の方でも判断したわけよー」
ヘルブレイズの前方に見えるのは、高度2000メートルの空を飛ぶ、大きな「島」。
「バルディッシュの空中都市。世界七不思議扱いされてるらしいわよー♥」
「なんでそんなに嬉しそうなんじゃ」
「完全に私関わってないやつだしー♥ 技術屋としてはどんなカラクリなのかめっっちゃくちゃ気になるじゃないー♥ もし、今も進路を操作できるなら、それだけで物流革命だしー♥」
「そんなうまい話あるかのう……」
「ヒトが作ったものならヒトが動かすのが道理でしょー♥ なら、なんとかなっても不思議はないわよー♥」
「お前、なんでもアリの妄想は推測とは言わん……とか言っとらんかった?」
軽口を叩きながらもリューガは滑るように機体を左右に蛇行させ、不意の迎撃に備える。
もしも迎撃の類が来るようならば、この巨大構造物を調査するのは諦めなければならない。
その先鋒がヘルブレイズなのだ。うまく乗り込めたのなら、後続も追いつく手筈になっている。
現状、最高の空中戦能力を持っているのがヘルブレイズなので、それで手に負えない迎撃機能があるなら、後続は全て撤退させなくてはならない。
そういうことさえ有り得るのが、
果たして。
「……なんも飛んで来んな」
「200年物だからねー……さすがに迎撃機構があったとしても保たないかー」
ゆっくりと近づくヘルブレイズに対し、都市は沈黙していた。
「一応、最初に
「わざわざ藪をつつく真似はせんでええんではないか」
戻したての翼でアクロバット飛行はしたくないリューガだが、ルティはチッチッチッと指を振り。
「甘ーい。ヘルブレイズと他は推進器が違うんだから、同じ象限だけ飛べるとは限らないよー。安心して飛んできた子が撃たれて運悪かったねーで終わったら、先鋒の意味がないでしょー」
「……了解。
「心配性ねー。ちゃんとワンドも持ってるから大丈夫よー」
古めかしい杖をポンポンと叩くルティ。この鉄と革とポリカーボネートのコクピット内ではひどく浮く、古木製の骨董品だ。
が、ルティにとっては
しかし。
「何十年も戦っとらんのじゃろ。出る前にボソッと言っとったの聞こえとったぞ」
「し、仕方ないじゃないー。技術屋やってる私が直で戦うことになる事態ってもう最後の最後だしー?」
「今って最後の最後かのう……」
「だーいじょーぶよー。いざとなったら自分だけ転位だってできるんだから」
「……それを出されるとな」
さすがにリューガも、それが強力無比な手段であることに異論はない。
空中都市の着陸できそうな平地を探して着陸し、ハッチを開けてルティを出す。
「通信は通るはずじゃ。スマホは通話にしておけよ」
「なーに
「どう見てもガキの風体じゃろうが!」
ヘルブレイズの手を登場ゴンドラ代わりにして降りる彼女の姿は、やはりどう見ても10歳児にしか見えない。
心配しつつ、リューガは空中都市の周囲を飛び回る確認作業に戻る。
全周を確認するには手間がかかり過ぎるため、ノーザンファイヴに向いた半球面だけをチェックしたが、やはり迎撃の類はなかった。
「ノーザンファイヴへ。こちらヘルブレイズ。可能な限りの安全確認を終了。後続部隊発進を要請」
『こちらノーザンファイヴ。要請を承認。後続を発進させる。エスコートを頼む』
「了解」
都市近傍空域で翼を羽ばたかせ、ホバリングするヘルブレイズ。
噴射型の推進器だとホバリングはあまりにも燃費が悪く、継続するのは難しいが、ルティは独自設計したそれによって加速性と航続性、低速安定性を見事にクリアしている。
ただ、ヘルブレイズ以外の
そのため、「後続」であるノーザンファイヴの
『ヘルブレイズへ。こちら
(サーク隊長だな)
(奴はええんじゃがなー……)
噴炎を背負って上がってきたダイアウルフに、手信号で着陸地点を示す。
ルティを降ろした場所の近くだ。ルティにはスマホ越しに退避を指示してある。
「都市」であるなら、さしずめ正門広場といったところか。
サーク隊長のダイアウルフは加減の難しい推進器をやや危なっかしくもなんとかコントロールし、ズン、と三点着地してみせる。
『……ふう。着陸成功。エスコート感謝する』
「次の着陸機に備えて端へ移動してくれ。……念のため、衝突を警戒して」
『了解』
「次!」
『こちら二番機! これより目標地点に接近する! ……こんな
『油断するな! 飛んでいるうちはいいが着陸には細心の注意を払え! さもないと……』
『おわぁっ!?』
サーク隊長が警告したそばから、二番機は乱暴な着地でガシャンと足を
ヘルブレイズに比べて手足が太く、頑丈に思えるダイアウルフでも、速度と高度を充分に殺さなければ軟着陸というわけにはいかない。
自身の身長の倍程度の崖でも、普通に落ちれば場合によっては戦闘不能の損傷を受けるのだ。
ヘルブレイズの後続隊として派遣された
そのうち3機が、歩行に問題を生じる損傷を負ってしまったのだった。