ジュリエットの大活躍と、ヘルブレイズの二正面作戦から、数日。
『各種観測値から総合的に判断して、n149障域は解消したと思われる。……これにより空いた領域の奪い合いで、近隣の
「そーねー」
司令部からの通信を聞き流しつつ、ルティはヘルブレイズのメンテナンス指示を専用
かつては低機能ゴーレムへの作業命令も効率化が捗らず、つきっきりで出さなければならなかったが、今はタスクキューを用意するだけでいいので格段に手間が減った。
とはいえ、低機能ゴーレムはその名の通り、あえて低機能に抑えた代物。
気を利かせてくれるような判断力は期待できず、不確定要素があればすぐに行動停止してしまう。それは動かすべき部材が破損しているとか、汚れているとか、数が合っていないとか、そういうことでも作業が止まることを意味する。
複数体の低機能ゴーレムを効率運用しようとすると、この融通の利かなさは壁になる。それを解消するシステムもあちこちで作られてはいるが、今のところ、イレギュラーだらけの試作機整備に効果があるものはない。
ヘルブレイズの特異な構造と、整備のための作業手順と、個々のゴーレムの行動速度を頭に入れたルティが、パズルのようにそれを組み立てることでなんとかしている。この大きさの兵器となると、手作業でなんとかなる部分はごくわずかしかない。
「障域が消えたなら次はなーにー? 開拓ー? 隣にもう一個前線都市でも作るー?」
『前線都市として機能する拠点の建設は、何より初期人員の確保が課題だ。急にできることではない』
「冗談よ冗談ー。てゆーか作るにしたって先に農園でしょー?」
『……その通りだ』
ノーザンファイヴを始めとする「前線都市」は、単独で少なくとも数年単位の自給自足ができ、なおかつ
都市機能を維持するための住民の数はともかく、防衛要員の方は、供出することになる本国軍にも余剰は多くない。
いざとなればそれぞれが「最後の砦」として単独活動し、あるいはまだ見ぬ「新国家」の基部として期待される前線都市。そこでの軍事活動の指揮を取る人材は、高度な知識と統率力、判断力を求められる。
末端の兵はともかく、指揮官は椅子ができたからといって急に用意できる類のものではない。
対して、農園建設はどこの前線都市でも急務だ。
魔力生成ペーストの発明によって、完全孤立状態でも餓死の心配だけはしなくてよくなったが、感覚的に自然食品の方が圧倒的に好まれるのは間違いなく、生産用地は増えれば増えるだけ余裕ができる。
旧来ののんびりした畑作・畜産は魔獣大戦以降は途絶え、機械的・魔法的に効率化を極めたプラントが主流になったが、それにしたって場所は取る。
前線都市内のスペースで生み出せる量では、とても住民全員に不自由なく行き渡る……というわけにはいかない。
しかし、要塞化された前線都市の外部では、モンスターの襲撃への備えが難しい。
それでも障域が完全に解消されれば、モンスターへの備えは旧来の害獣避け程度で済む。
晴れて堂々と農業プラントを大規模展開し、農園を形成できれば、住民の満足度も大きく上がり、本国からさらに人を呼び込んで街を広げることもできる。
そうして人の生存圏を再展開していくのが、今の人類による勝利へのロードマップだ。
『ひとまず、隣接区域に最新型農業プラントを20基ほど建設し、操業させる予定だ。従来型より最低設置面積が15%小さくなっているので防備もたやすい。生産作業員のほか、対人警備のための雇用も作れる』
「相変わらずヒト相手の警戒が先に立つのねー、軍の計画ってのはー」
『モンスターにやられるのであれば、むしろ誰もが納得するさ。だが中で作られるのはヒトにこそ価値のあるものだ。犯罪を想定しないのは幼稚な性善説だろう』
「そこはタテマエでも害獣対策要員ってことにしときなさいよー。そんなだからアンタら人気ないのよー」
『……検討する』
コンソールでの作業をひとまず終え、どさっとオフィス椅子に腰を下ろして一回転。
それからルティは疲れた顔を隠そうともせずに通信画面を睨み、口を開く。
「で?」
『…………』
「まさか、そんな改めて話すまでもない雑談で私の仕事の邪魔しようってんじゃないでしょーねー? さすがの私でもキレるわよー? 今ガチャガチャやってんのはアンタらがハメ同然に押し込んだ緊急配備の結果なんだからさー」
『……障域が晴れれば、観測距離が伸びる』
「はいはい。当たり前の話はもーいーからー」
『……未確認の空中移動体がレーダーにかかっている。断定できないが、全長は概算2キロを超える』
「……キロ?」
うんざり顔だったルティが初めて表情を変えた。
「移動体……キロ超え。しかも瘴気が晴れてレーダーにかかるっていうなら、新手のモンスターって線はないわねー……」
『結論から言う。本国の情報室で該当しうる存在を特定した。……魔王大戦時の空中都市だ。それに匹敵し得るほどの構造物を、未確認のどこぞの国が建造したのでないならば』
ヒューガはその話をルティから聞いて、きょとんとした顔をした。
「魔
「魔獣大戦はついこのあいだー。魔王大戦は200年ぐらい前の話よー。学校ってそーゆーの教えないのかしらー」
「本国の建国からの歴史と魔獣大戦後の話は授業でしっかり覚えさせられるけど、200年前あたりは空白期間だな……」
「はー。やーねー、ろくでもないローカリズム。世界唯一の現存国家とか事あるごとにドヤるくせにさー。……魔王大戦ってのは旧バルディッシュ帝国を中心とした大戦乱のことねー。当時、召喚魔術がやけに流行ってねー。その頃召喚されたっきり放置したモンスターが定着しちゃった種が結構あってー。それが魔獣大戦に繋がる一因になるんだけどそれは置いといてー」
「結構デカいじゃんかそれ」
「うんうん。デカいんだよー。歴史ってのはいずれどっかで繋がるんだから、選り好みせず学ばないと駄目なんだよー。……まあ話戻すと、その頃モンスターだけじゃなくて人間とかも召喚しててー。……その中にとんでもないのがいたの。それがのちに魔王と呼ばれたやつー」
「呼ばれた?」
変な言い方だと思った。
魔王。
大仰な言葉だが、歴史上でそう呼ばれ、大戦の冠にもなっているのであれば、異論の余地はないだろう。
だからこそ、ルティはその扱いに納得しかねるものを抱えている、と直感する。
「もしかしてお前、そいつに関わってた?」
「関わってないよー。当時は引きこもりだったしー……まあ最終的にはヒキったまま終わるわけにはいかなかったんだけどー」
少しだけ、やるせない顔をして。
「バルディッシュ帝国は当時、世界に覇を唱えようとしててー。その戦力を召喚魔術で賄おうとしたのねー。というか国総体としての戦闘力は実際世界最高だったんだけどー、人間の悪癖で皇帝が無駄に子供作りまくって後継争いでドンチャカドンチャカ。下手に内輪のレベルが高いもんだから大惨事ってゆー」
「よくある話ではあるな……」
「それで第四皇子が召喚で引いたのが『魔王』。これがまたヤケクソに魔力高くて、一度は帝国を第四皇子が握り込むに至ったんだけどー。そこで皇子と決裂して当然皇子が殺られて、最強国家を『魔王』が丸呑み。んでいよいよ火の手が世界中に回る、ってところで別大陸に亡命してた第一皇女が対抗して召喚しまくった異世界人が運よく仕留めたっていう、ねー」
「……仕留めた異世界人はどうなったんだ」
「少なくとも、その後のバルディッシュ帝国史には記録されてないねー。まあバルディッシュ自体が当然ガッタガタになってその後三十年もたなかったんだけどー」
「いろいろとひっでえ話だな……」
「……でまあ、当時のバルディッシュ帝国が総力を挙げて作ったとされてるのが、今回問題になってる空中都市ってやつー。……何度か噂はあったんだけど、海の彼方に行ったとか時々転位するとか高空にいるとか、まあとにかく捕まらないんで伝説になってたのよねー」
「その帝国はなんでそんなもん作ったんだ……?」
「さーねー。発表があったわけでもないからさー。……時期も時期だし、たぶん兵器なんじゃないかって言われてるけどー……案外、イモ引いた皇族が土地ごと外に逃げようとしただけかもしれないわねー。まあなんにせよ、どうやら今も飛んでるらしい、というところまでは確定ー。というか他に考えようがないのよー。それこそ魔獣対策にどこぞの限界な国が、似たようなもの異世界召喚したとかじゃない限りねー」
「そういう可能性、あるんじゃないか? だって……」
「それ言い出すと本当になんでもアリだからー。なんでもアリの妄想は推測って言わないのよー」
ルティは溜め息をつきつつ、ヒューガの焼いたパンケーキを頬張る。
疲れが溜まるとルティはとにかく甘いものしか食べなくなる。餓死寸前まで粘るので、ヒューガは諦めて食べさせることにしている。
……まあ、餓死寸前まで執拗に魔力生成ペーストを食べさせようとするのも、だいぶ大人げなかったと思うし。
「まあ、いいや。それが飛んでるとして……その話、俺らに関わってくんの?」
「むぐ。……空飛んでんのよー」
「そりゃ空中都市だから飛ぶだろ」
「飛んでるってことはねー。今の人類にとっては、乗り込むのめちゃくちゃ無理ゲーってことなのー」
「は? あるじゃん飛行機とか」
「アホなのキミはー。飛行機から飛行機に飛び乗れると思ってんのー?」
「いや、着陸して……」
「飛行機が着陸するには広くてながーい平らで頑丈な土地がいるのよー。空中都市にそんなの都合よくあると思う?」
「…………ええと」
今の人類に……少なくともノーザンファイヴには、ヘリコプター的な乗り物はない。
短距離空中輸送は、古くはペガサスやワイバーンといった使役獣によってまかなわれていた分野だが、魔獣大戦の結果、それらは使用不可能になった。障域周辺で彼らを乗り回せば漏れなく制御不能になるのだ。
そのニッチを埋めるために近年、安価で暴走しても危険の少ないドローンが発達してきているが、それでも人間を安全に輸送する段階には至っていない。
「……
「あれを狙った場所に確実に飛ばすにはあらかじめマーキングがいるのよー。ナシでのぶっつけ転位だと200メートルくらいは位置ズレ覚悟しないとねー。……地上ならそれでも実用できるシーンないわけじゃないけどー」
「空中都市でそれだけアバウトだと真っ逆さまってわけか……」
「あと消費魔力的にしんどいから一日に何回もは無理ー。やれてせいぜい三回かなー……」
「結構制限厳しいんだな」
「昔の人はめっちゃ努力してたのよー。手紙でマーキングあらかじめ送り合ったり、転位魔術の使い手は他に何もさせないよう取り計らったり、転位用ぎゅう詰めボックスにみんなで入ったりー」
「そこまでするだけの価値があるってことか……まああるよな……」
その制限を考慮したうえでも、使える局面は次々に思い付く。
あの巨砲クラスのものが送れるなら、人間なら何人送れるだろう。
紙一枚でマーキングしておいた場所に出せるなら、爆弾などを送り付ければテロには最適だ。証拠も吹き飛ぶから残らないし。
そんな物騒な使い方はナシとしても、前回のジュリエットたちのような急場の応援に……いや、空間魔力が大きい場所だと妨害がかかるのか? それならば……。
「まー、なんにしても転位はナシってことで話進めてー。司令部の連中ともそれで話はつけてるからー」
「え? てっきり前回のアレでバレて酷使される流れなんじゃないかって」
「やんないわよー。基本的には軍としては見なかったことにしたいはずの魔術だしー」
「そうなんだ……?」
「私が結構エラいから文句付けられないでいるだけで、本来は禁術指定なのよ転位魔術ってー。……ヒト同士の暗闘に使うと際限なくなるからー。使い手にも発展研究禁止って通達が回ってるしー」
「あー……」
今さっき思い浮かべた用途を思い、納得するヒューガ。
「そもそも今の世代って胎児期に魔力制限措置受けて生まれるから、まず使えないんだけどねー。大賢者でさえ三回しか使えないような魔術、今のコが発動するには何十人分スッカラカンになるのかっていうねー?」
「そういやお前そんな称号あったな……」
昔は子供が強大な魔力を持って生まれるにあたり、母子にとんでもない危険があった。
個人の保有魔力は、一定値以内であれば呪文や魔法陣などの特別な発動技術を使わなければ大したことはできないが、いわゆる天才というやつで、この「一定値」の数十倍、数百倍規模の魔力を持つ子供が生まれることがある。
その場合、魔力本来の性質である「現実改変」が影響し、母体から過剰に生命力を奪ったり、胎内から出ることを拒絶したりといった事態が起きて、高確率で母子死亡という結果になっていたのだ。
それでも高い魔力を持った子供は、生まれることが出来さえすれば一族の莫大な利益になる。女性であれば、自前の魔力以下の子供であれば悪影響に抵抗して産むこともできるため、なお良しとされた。
このため、ある文化圏の女性は嫁いだが最後、腹の中の子供に殺されるか、あるいは有用な母体として、奪い合いに晒されながら数十人も産まされ続けるか……といった、地獄のような時代もあった。
だが、結局、社会というのは少数の優秀者だけでは維持できない。
圧倒的多数を占める労働者の生活には、魔術なんて不要なのだ。
ここ百年ほどは、胎児期にあらかじめ魔力を調整する技術が導入されたため、出産の危険が激減するとともに、低魔力保有者に合わせた社会体制の整備が進んでいる。
そんな現代で、古い社会の生んだ「大賢者」であるルティは、別格も別格の魔力量を持っている。
雑談の中でザッと聞いたことはあれど、それを実感させられたのはヒューガも初めてだ。
「……で、話は戻るわけだけどー。結局、あのバルディッシュ帝国の空飛ぶバケモノ、見つけといて見て見ぬふりってわけにはいかないでしょー? そこで私らにハナシってなるとまー、だいたい魂胆は絞れるわよねー」
「……つまりあれか。今、人が乗れて空飛べて、途中で襲われてもなんとかなって、離着陸にも不自由しなくて……っていうシロモノは」
「
「……なんで嬉しそうなんだよ。ヘルブレイズ整備しきれてないんだろ、まだ」
「えー♥ でもしょーがないじゃんー? ……さすがのシュティルティーウ博士もあの大帝国の
「……あ、そう」
厄介話は面倒がる傾向が強いルティだが、知識欲は人一倍だ。
疲れた顔にも、爛々と好奇心の火が灯っているのが感じられる。
「まー、長年デカい顔してた
「……焦ったという意味ではまあ、直近の方がキツかったな」
「いくらなんでも空中都市に
「……お前がやると決めたんなら俺に拒否権はないよ」
ヒューガは次のパンケーキを焼きながら上を見上げる。
ヘルブレイズは元の軽量翼に再換装され、落とした腕も再接続されていた。
見た目だけは元通りだが、肝心のコクピット修理が間に合っておらず、またルティは徹夜を重ねることになるだろう。
「次から次へと……休む間もなく大変だな」
呟いた言葉は養母への言葉か、
自分でもよくわからなかった。