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第14話 空中換装

 さすがに戦う前から片腕がなくなるのは想定外だ。

 しかも、属性銃エレメントライフルを持っている方の腕。

 もしかして間違ったレバーを操作してしまったのか。

 このヘルブレイズは試作機なのでコクピット内は洗練されておらず、用途のよくわからないスイッチやレバーは多数ある。ルティが少し手を入れればそれが増えたり減ったりする状況だ。

 通常の操縦に使うものは手元足元にまとめてあり、そこらは滅多に変えないので不便を感じることは少ないのだが、だからこそヒューガも使わないスイッチ類には興味は薄く、言われたものを間違えてしまった可能性は多々ある。

 しかし、だとすればとんでもない失態だ。

 一瞬を争う今、リカバリーができるのか。

 片腕で?

 単純な打撃では効果が薄いタイプアメーバを?

 手間取れば手間取るほどにジュリエットたちへの救援が難しくなる。取り返しがつかなくなる。

 このたった一操作が、全てを失う原因に──

「ルティ! 次はなんじゃ!!」

 またも、ヒューガの口が……リューガが、呆然自失のヒューガの代わりに叫ぶ。

 自分の首筋の皮膚がパキパキと音を立てるのが聞こえた。

 リューガの出方が、強まっている。そうしなければならないとリューガが判断したのだ。

「まさが腕捨てて終わりとは言うまいな!?」

『そんなクソみたいなギャグ、このおねーさんがやるわけないでしょー? ……5カウント。ゼロになったら、今引いたレバーを戻す。簡単でしょー?』

「説明はせんのかい!」

『急いでるキミに配慮してあげてんのよー。それじゃー、5! 4! 3!』

 リューガがレバーを握り直す。

 腕をメインフレームから切り離したレバーを、戻す。

 そんな行動になんの意味があるのか。

 ヒューガはなおも説明を求めていたが、リューガの意志がそれを封じた。

 一瞬を争っているのは変わらない。口を動かしてその一瞬を浪費する価値を、リューガは認めなかった。

『2! 1! ……ゼロ!』

 ルティは切れる女だ。信じる。

 と、リューガは強固な動作で表現した。

 レバーを前に押し戻すと同時、再び機体に強い衝撃が走る。

 今度はなんだ、と、ヘルスチェックモニターをもう一度見るヒューガ。

 ……赤かった右腕の表示が、通常色に切り替わる。

 そして、右腕には腕というより「柱」がくっついたようなシルエットが表示されていた。

「なんだこれ!?」

 カメラを切り替え、腕の状態を確認。

 まさに表示された通り。関節のないまっすぐな棒状のものが肩関節に接続されている。

 さすがにヒューガもピンときた。

「大砲……」

『ぴんぽーん♪』

「ていうかどうやって出した!?」

『ルティおねーちゃんをナメんじゃないわよー。たった10キロや20キロなら鋼像機ヴァンガードパーツひとつ転位させるくらいワケないわよー♥』

「転位……転位っ!?」

 愕然とするヒューガ。


 転位魔術テレポート

 数百年前には多用されたと伝えられつつ、現代にはほとんど技術も使用者も残っていない伝説級の魔術だ。

 ルティがエルフ族の中でも「大賢者」と呼ばれているのは知っていたが、その使い手であるというのは初耳だった。


 何故そんなものを突然、ここで。

(なんか他のもん転位させた方が意味あったんじゃねえの!?)

 たとえば鋼像機ヴァンガードそのものを災害級ディザスターの眼前に送るとか。

 危機に陥っているハンターたちを都市に強制帰還させるとか。

(そんな便利ならやっとるじゃろ。……あの口ぶりなら、実際は距離にも転位対象にも制限はあろう)

(……さすがにそこまでなんでもアリってわけないか)

 少しだけ落ち着くヒューガ。

 リューガは突然右腕の代わりに装着された大砲が翼に干渉しないか四苦八苦しつつ、ルティに今一度怒鳴る。

「こいつなら効くってことじゃろなァ!?」

大質量弾投射砲ヘビーランチャー。まー使い所どこよ? ってなツッコミでホコリかぶってたやつー♥ ……これなら、災害級ディザスターまでなら有効打になるわよー♥」

「……OK、つまりいけるってことじゃな!」

 答えにはなっていなかったが、リューガはとりあえず納得した。

 それをよそに、「大質量弾投射砲」という単語からヒューガは類推する。

 これでも格納庫育ちの人生だ。兵器の理屈くらいはわかっている。


 大質量弾。

 読んで字のごとく、弾そのものがシンプルに大きく重い。

 その存在意義は……この魔力兵装全盛の時代において全く逆を行くそれの特徴とは、つまり「放散魔力にかき消されない」ということ。

 魔力攻撃はより濃い魔力の中で、大きく威力を減じる。

 距離を詰めることで、魔力兵装でも強引に戦えてはいるが、本来は魔法系の攻撃よりも単純な物理力のほうが、威力をかき消されずに済む。

 ならばそれを軸にすれば、と言いたくなるのだが、やはりそれは容易ではない。

 威力を出すために重くすれば動きは鈍く、射程は短くなるのが物理法則というもの。それを兵器として成立させるには、どんどん図体が大げさになり、稼働時間が短くなり、状況への対応力も落ちていく。

 逆に言えばゼロ距離ならば、魔力兵装は100%近い力を発揮できるのだ。それでいいではないか。

 魔法というものがこの巨大戦時代より早くからあったこの世界では、それを活用せずに物理威力を研ぎ澄ますのは「馬鹿げたこと」になってしまうのだ。


 ……それでも、あえて「大賢者」であるルティが、これを出した。

 ならば、これにはこれの「理」があるはずだ。

 この武器が「使えない」理由はいくつか考えられる。

 反動の強さ。射程の短さ。滞空時間と、標的の移動速度。

 反動は……ヘルブレイズならばなんとかなる、と考えているからこそ、ルティも寄越したはずだ。

 射程は……短いとは言っても、遠距離戦を企図した発射機構に対しての問題だ。何よりそれは、飛行できるヘルブレイズならば「高さ」で解決できるだろう。

 滞空時間、標的移動速度。これは単純に数十キロの遠距離から狙う場合の話で、撃ってから着弾までにタイムラグがあるので、モンスターへの命中率が極めて低くなるのだ。

 特に「都市に迎撃砲を用意しよう」という話になると問題になるもので、特にモンスターが大型になると放散魔力で正確な位置が直接観測できなくなるため、大砲は結局有効性がないのではないか、と言われる原因になっている。


 だが、逆に相手を直接観測でき、なおかつ着弾までにさほどタイムラグを生じないのであれば。

 つまり、災害級ディザスターの斜め上空から攻撃できる状況であれば。


を、今キミは射程内に収めてる』


「!」

『二兎を追える、ってことだねー☆』

 ルティの声で理解する。

 二正面作戦。

 二体の災害級ディザスターを、同時に相手取れる。

 タイプアメーバを一撃で葬るのは難しい。タイプビーストジュリエットたちのほうを放置すれば致命度が高い。

 これなら、両方に有効打を交互に打てる。

 状況を支配できる。

 ガチン、と頭の中で歯車が噛み合った。

「任せろっっ!!」

 リューガが吠え、大質量弾投射砲ヘビーランチャーを大きく振って構える。

 トリガーを、引く。


 ゴォンッ!!


「っっっ……!!」

 何かに体当たりでもされたのか、というほどの衝撃がヘルブレイズを揺らした。

 思った以上に反動が強い。

(大砲、モゲてないだろうな!?)

(ヘルスチェックではまだ健在じゃ……! お蔵入りにするだけある、普通の鋼像機ヴァンガードでは反動だけで大惨事じゃな……!?)

(てか、こんなもんを転位で空中換装させるのがイカレてる。まともにフレームに接続し損ねたらどうするつもりだったんだ)

(自信があったんじゃろ。……奴は、ヘルブレイズわれらを何よりも信じとるからな)

 普通なら衝撃で気絶してもおかしくない。

 だが、揺らされながらもリューガは次弾装填操作を素早く行う。

 内装された弾は10発。交互に撃ち、どちらかを戦闘不能にすればいい。片方だけなら、例え片腕でも負けはしない。

「当たってるか!?」

『現地の端末情報から敵損害推測。至近弾だ。タイプアメーバ、未だ健在』

「チッ」

 司令部からの報告は迅速だが、芳しくない。

 だが、それを聞くヒューガ……否、リューガの顔にあるのは、獰猛な笑みだけ。

 戦う手段はある。だったら、あとは勝つだけなのだ。

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