とにかく出撃はしなければならない。
ヒューガはパニックしかけていたが、リューガのほうは素早く状況に適応した。
「チッ……ヘルブレイズ、出る!」
発進路を走る際も、あまり無神経に跳ねれば側壁や天井に引っ掛ける恐れがあり、元気よくは飛び出せないのが地味にストレスが強い。
ヒューガだけなら、この時点で苛立ちが限界に近付いていたかもしれない。リューガの図太い性格がこの時ばかりは頼もしく、ヒューガは目の前の操縦作業を彼に任せている間に、落ち着きをいくぶん取り戻していた。
(……どうするんだリューガ。要請通りに遠くの敵を叩きに行くのか)
(他に動きようもあるまい。ジュリたちに構って他を無視するわけにもいかん。……一瞬でも早く片付ければいいんじゃ)
(だけど「タイプアメーバ」だぞ……? 首切って終わりってわけにもいかない)
かつてはいろいろなモンスターをそれぞれ分類し、細かく種族名をつけていたらしいが、魔獣大戦後はそのほとんどは忘れられ、あるいは意味をなさなくなった。
巨大な魔力による変異が進み、あらゆるモンスターは独自の進化・発達を短期間で遂げるようになっていったのだ。
同一個体でさえ期間を置けば同定するのは困難となり、新しい特徴をいつの間にか獲得している。
大雑把な外見的特徴と、保有魔力量。
それだけがモンスターを見分ける指標となって久しかった。
タイプアメーバは不定形・ゲル状のモンスターに与えられるタイプ名称で、行動は比較的鈍いが魔力攻撃の適性が高いものが多い。
(今回は
(威力が読めねえんだよ、
(……接射からの大爆発や氷結でワンターンキルってわけにもいかんか……!)
現代の「魔法の杖」とも言われるそれは、かつて魔術師たちが戦場で振るってきた数々の破壊魔術を、極めて単純化した手順で再現することができる。
その威力を減ずる力を常に漂わせる大物モンスターとの戦いで、それでも充分に威力を発揮するための極意は、できるだけ至近距離で撃つこと……ではある。
が、問題は、ロクに試射もできていないこと。
ルティが実装した変圧器によって射撃自体はできるとはいえ、それが一般機より強いのか弱いのか、全くわからない。
焦ってゼロ距離から撃って、それが必要以上の大爆発を起こしてしまえば、無論ヘルブレイズ自身もダメージを受けるだろう。
そのせいで急ごしらえの翼が折れてしまったら、あとは普通の
そして無論、
傍若無人のリューガといえども、さすがに助けを求めるハンターをもろともに吹き飛ばして解決、とするほど悪党ではない。
となれば、様子見をしながら距離を調節し、適度な威力の攻撃で、かつ可能な限り迅速に決める……という、若干矛盾した戦法を取らねばならない。
(かえすがえすも、先の稼働テストでせめて一時間は動かせて欲しかったもんじゃな……!)
(それか、翼を付け替えさせて欲しかった。前の翼の加速なら、多少戦いに手間取ってもすぐにジュリたちのほうに駆けつけられたのに)
頭の中で口々にリューガと愚痴り合いつつ、ヘルブレイズは発進路を抜けて外に出る。
夕刻が近い空は黄金色。
障域の不気味で不自然なもやがなければ、さぞかし心に残る風景だろう。
「いくぞ」
リューガが呟き、ヘルブレイズがいよいよ本格的に走行を開始する。
翼の接触を気にしなくてよくなれば、墜落にも耐えられる強靭な骨格とパワーの恩恵は、常軌を逸した「走り」にも存分に発揮される。
普通の機体がヘルブレイズと同等のフォームと速度で走ろうとすれば、かなり早い段階で膝や足首の関節部が破損し、立っていられなくなるだろう。
だがヘルブレイズは、ヒトの10倍のスケールで、陸上競技者をも上回る動きで加速する。
発進ゲート付近を荒らすのはご法度だが、充分に離れてからなら、飛行のための巨大な力を地面に叩きつけられるのだ。
そして翼を広げて……大きく打って、離陸。
黄金の空に、漆黒の
(離着陸訓練ももう少し重ねたいな)
(翼がたびたび変わるのではせっかくの練習も無駄になるじゃろうが)
(ルティには各型で感覚変わらないように注文付けてくしかないさ)
前回の翼ならいきなり離陸からの高機動もできたのだが、今回の翼は加速が重い。
足で勢いをつける方が空中速度も出る……というのが、ルティの見立てである。
(しかし、この前の夜も思ったけど、本当に動きが重いな……まるでハンマー振り回してる感じだ)
(これで空中戦はマジやりたくねえのう)
これをハンマー、それも工事用の両手ハンマーだと例えれば、最初の翼は手ごろな角棒といった軽さだ。
重みがないというわけではないが、「振り回す」のに不自由する感じが全くなかった。
いくら被弾時に安全機能があると言われても、これで戦うのは怖さしかない。
目標地点までの中間位置目指して、ある程度高度を稼ぎながら、ヒューガは思案する。
今回も初撃は「スーパーヘルブレキック」で行くか、あるいはある程度の高度を旋回しつつ
空中機動中の射撃精度は我ながら信用は置けない。
そもそもシミュレーター訓練にそんなデータがないのだ。
汎用のダイアウルフのデータで
だいたいにして使えるデータが不足過ぎるのだ。ただの実働テストであんな渋られようでは、ぶっつけ本番で動きを修正していくしかない。
しかし、一秒を争うこんな状況で「実戦で射撃練習」なんて。
(馬鹿馬鹿しすぎて悪い夢にしか思えない)
(愚痴は後じゃ。幸い我とお前は、「二人分」の余裕がある)
(……そうだな)
やって駄目なら、いつでも交代ができる。
それだけで、精神の負荷が半分以下にもなる。
人知れず、ヒューガとリューガはそうして「操縦」を譲り合って生きてきた。
それはこのヘルブレイズの「操縦」でも、同じように活きる。
内面のヒューガは相応にヘタレる高校生でしかないが、その「二人分」の余裕と自信が、ジュリエットをして「ヒュー兄は強い人のはず」と見立てさせているのかもしれない。
「突っ込むぞ」
呟いて、リューガは操縦桿に力を籠め、上昇の頂点から斜めにダイブして
その瞬間に、通信の通知音。
『こちらノーザンファイヴ。ヘルブレイズへ。……先ほど貴機が指摘したL41-D150地点だが、
「今っ……!?」
ジュリエットたちが当たっているはずの場所。
しかも、タイプビーストは「四足獣」が巨大化した分類。
総じて人類に対する反応が苛烈で、見逃してくれる確率が特に低いと言われている。
『当面
「よりによって……!」
何故ジュリエットたちに当たる位置に、何故そんな危険なモノが。
……考えるまでもない。
先日の
巨大モンスター同士は決して仲間というわけではないが、それでも本能で緩い不可侵協定を成立させて、土地を分け合う傾向がある。
そしてそれは、もちろんどれかが死ねば「失効」する。
一体の大物が死ねば、どこまでの縄張りを自分のものにできるか探る過程で、本来いるはずのない位置にだって
ヒューガのせい……というのは背負い過ぎだが、少なくとも知らない何かのせいではない。
これでジュリエットたちがやられでもすれば、今日がヒューガの「人生が狂った日」になってしまうかもしれない。
「くそっ……!」
当初の標的を強引にでも一瞬で倒してジュリエットたちの方に向かうか。
あるいはジュリエットたちの方のビーストを強引に横殴りして引きつけつつ、アメーバの方に引き寄せて両方相手取るか。
真っ向戦うだけなら、二対一でも負ける気はしない。
ただ、どう転がしてもムシのいい想定が必要になってくる。
ロクにやったことのない射撃がうまく当たること。
何かしら希望的観測を外れれば、アウトだ。
『……はいはーい、ヒューちゃん。お待たせー☆』
と、妙に楽しそうな養母の声が唐突に通信に割り込んできた。
「なっ……ルティ!?」
(何がお待たせなんだ……なんか頼んでたっけ?)
(我やお前はなんも頼んどらんぞ。待ってもおらん)
内心で確認し合い、改めてルティに対応する。
「何がお待たせなんだ!?」
『んもー。わかってるく・せ・に♥』
「なんもわかんねえから聞いてんだよ今忙しいんだ与太なら後にしてくれ!!!」
『うふふー。……覚えておきなさいー。ルティおねーちゃんがお待たせって言ったら、秘密兵器の出番よー♥』
「秘密兵器なら
『シュティルティーウ博士。軍に承認されていない兵器を使用するということか』
「ほら怒られてるじゃん!! アホ言うタイミングじゃ……」
横入りしてきた司令部の声に、しかし余裕でルティは返す。
『使うわよー。ただ軍が知らないやつじゃないわー。……お蔵入りしてただけー♥』
『お蔵入り……?』
『資料D-10042077を読んどいてー。はいあとはすっこんでてー。ここからは親子水入らずよー♥』
「だから今秘密兵器とかってタイミングじゃ……」
『ヒューちゃん。今の位置じゃ低い。もっと上へ。最低1000メートル以上』
「……ルティ?」
『早く。時間ないんでしょー』
少し真面目なトーンで言うルティに圧され、ヒューガは言う通りに高度を上げる。
そして。
『では今から秘密兵器を出しまーす♥』
「……なんだよ、機体に仕込んであるのか?」
『まっさかー。臨戦待機してたんだから、いじったら怒られるじゃーん。……というわけでー。ヒューちゃん、右の2番モニターの下の黄色いレバーをがっちょんしてー。前に倒れてるはずのやつを後ろにー。がっちょんって』
「……がっちょん」
仕込んでいないのにどうするのか。レバーを引いたらどうなるのか。
全然わからないまま、引っ張られて幼児のようにルティの言葉を繰り返しつつ、ヒューガはレバーを後ろに引く。
がっちょん、と機体からも大きな音がして、バランスが大きく崩れた。
「!?」
何が起きたのか、とヒューガは機体のヘルスチェックを見る。
……右腕部分が真っ赤になっている。
どういうことだ、とモニターを慌てて全部見ると……下方カメラに、1000メートルの空から落ちていくヘルブレイズの黒い右腕……と、それが握っていた
「ちょっ……腕がもげたーーーっ!!!」
ヒューガは絶叫した。